第3話 正体

「今日は私が盆を差し入れてもいいだろうか?」


 蔚文ウェイウェンが常院楼の者に聞いてみると、思っていたよりもすんなりと受け入れられた。皆気味悪がって食べ物を支給するのを嫌がるか、悪ふざけをして食べ物に土を混ぜたり、まともに食べ物を支給しない者ばかりだという。官人の身分が珍しく役に立ったのかもしれない。


 これで中の生物が人間なのかどうかが分かるかもしれない。地下には見ての通り人との交流しか娯楽がない。褒められたことではないだろうが、謎の生物――その正体を知ることが劣悪な環境の中の小さな楽しみといえた。


 水の入った盆と小さな焼餅が載った器を一人で届ける。蔚文ウェイウェンたちに支給される食べ物とは何ら変わりがない。違う点があるといえば、焼餅がいくらか小さいくらいだ。木枠の隙間から、盆を差し入れる。


「おっと、危ない」


 木枠は狭くて盆を傾けるしかなかったが、慎重に運ばなければ焼餅や水がこぼれてしまいそうだ。木枠の間をやっとの思いで通し、布の向こう側に手をのばす。その時、布の向こうで動くものがあった。


「…………もしかして」


 蔚文ウェイウェンは盆を器用に使い、中を見るために布を引き上げた。短い間だが布の隙間から見えたのは――手足が細くて髪は伸び放題の小さな子どもだった。


「そんな……!! このような子どもが何をしたというんだ……! こんな狭くて暗い場所に閉じ込めるなど、常軌を逸している! 幼い子どもが大罪など起こすわけがないだろう!?」


 幸いなことに、見張りは周りにいない。必死になって小声で呼びかけてみるが、返事は返ってこなかった。


 嫌な考えが蔚文ウェイウェンの頭をよぎる。数日前に聞こえた、小さな動物の鳴き声か、遠い土地の言葉のような音。子どもは陽光の下育つこともできず、言葉すらも理解できていないのかもしれない、と。


 普段は穏やかな蔚文ウェイウェンであったが、沸々と悲しみと怒りの感情が湧き上がってくる。こんなにも蔚文ウェイウェンの心を激情が支配するのは、昔、長兄が小鳥を木箱の中に閉じ込めたとき以来だ。


 だが、労役の身である今の蔚文ウェイウェンには救う力もない。


「ならば、せめて……」

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