第14話 鳥は羽ばたく

「なるほど……。 見張りが死んだ理由は説明できるということですね。厄災とは限らない……か」


 そう呟いて冷懿ラン・イーは常河を見つめた。水が流れる様子は、川の氾濫が起こるような地だとは思えないほど穏やかだ。


「しかし、先程言ったようにすべては私の憶測だ。お前の言うとおり、あの子どもは本当に”厄災を招いた”のかもしれない。真実は私にも、お前にも分からない。厄災なのかどうか、ただ天のみが知ることだ」


 秋一睿チウ・イールイが念を押すように言った。


「分かりました。……私もあの少年を信じましょう」


  冷懿ラン・イーが納得した表情で頷き、新たな疑問が浮かんだのか、また質問をした。


「では、白虎殿びゃっこどのはどの時点で李氏を疑ったのです?」


「それはお前が出発前に噂話をしただろう?」

「はい」


 冷は話の続きを待ったが、秋が話を続ける様子はない。


「それだけ…… ?」

「それだけだが」


 短い秋の返答に、冷は頭を傾げた。その様子を見た秋が言葉を続ける。


「他は、そうだな。私たちが常院楼に着いた時に李紹成自らが楼を案内していた。李氏のような主は一般的に、奥の部屋で大きな態度で待っていることが多いだろう? 何か見せたくないものがあるのだろうか、と感じた。宴を早々に始めたのも不思議には思ったが、それくらいだ。だから、決定的に李氏を疑ったのは、お前の噂話だけだ」


 それを聞いた冷は何度も瞬きをして、いつもと同じように真面目な顔つきをしている秋を見た。


「では、私の言ったことが違っていたらどうするのです? もし違っていて、白虎殿に関する変な噂でも流れでもしたら…… 」


「私に関して変な噂が流れているのは今も同じだ。それに、お前のことを信用しているからな」


 さも当然であるという風に秋は言った。

 その言葉を聞いた冷は、な、と声をあげたきり、固まってしまった。


 不思議に思った秋がその顔をのぞき込むと、冷はぎゅっと眉間にしわを寄せた。


「どうした?何かおかしな事でもあったか?」

 秋は冷の様子が理解できないとでも言うように、首を傾げた。


 冷はまたため息をついた。


「なんというか、私が沢山の言葉を口に出しても、短い言葉で核心を突ける白虎殿には勝てないのだなと」


「…… 私はお前の師兄だからな」

 秋が口元を微かに緩めた。


 冷はすぐに切り替えて、手早く荷物をまとめてしまった。

「さて。少年についても、李氏についても、我らが政主の決定を仰ぎましょう」

 

「ああ。聞かねばならんこともあるしな」

 そう言って秋は黒い外套を正した。


「聞かなくてはならないこと?」

「それほど重要な事ではない。…… 準備は終わったか、行くぞ」

 冷は目を丸くして瞬きを何度かしていたが、秋が部屋を足早に出て行ったので、慌てて追いかけた。


 外で待っていたらしい少年は、秋と冷が宿の外へ出ると、すぐさま駆け寄ってきた。手には沢山の植物を持っている。


「他の人間はどうした」

 秋が周りを見回しながら言うと、すぐに後ろから数人の門下生が走ってきた。少年の護衛として置いていた者たちだ。


「白虎殿、お待ちしておりました。…… この少年、長年幽閉されていたにしては元気すぎます。危うく見失うほどの速さで駆けるものですから、肝を冷やしました」

 少年は常院楼で走ったことにより疲れ果てていたが、眠ったら元気がみなぎってきて外を走り回っていたのだ。


「…… お前たちに感謝する」

 秋が門下生たちに向かって言った。門下生はその姿に驚き、申し訳なさそうにしている。


 門下生の心配などつゆ知らず、少年は両手に持った植物を見つめている。

「これが草で、あれが空、あれが雲、あれが川。魚は川を泳ぐ。本当に、外には色があるんだ」


 そう呟く少年は、先程よりも穏やかな表情をしている。

 

 そのとき、ふいに少年が顔を上げ、遠くの空を見つめた。


 今まさに、茶色の羽根を持つ小さな鳥が飛び立ち、高い声で啼いたのだ。


「鳥が空を羽ばたいている……!」


 少年は空を飛ぶ鳥を指さした。秋や冷の目にも、少年の暗い色の瞳に城歴の様々な景色が映り、彩られていくのが見えた。鳥の姿は青い空の中を悠々と飛び回り、やがて点のように小さくなっていく。


 秋と冷、そして雪雲閣の門下生達も鳥が羽ばたくのをしばらく見つめていた。


 そして、少年を車に乗せて一行は城歴を後にし、雪雲閣への帰路につくのであった。

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