第13話 厄災の理由

 李氏の主を捕え、一旦指示を仰ぐために雪雲閣せつうんかくに送った。秋が斬った死体の中にもまだ動く者がいたため、調べるために何人か捕えて同じく雪雲閣せつうんかくに運んでいった。


 書部しょぶの数人が死体を運んでいったのだが、今まで見たことのないほど青ざめた顔で帰って行った。秋一睿チウ・イールイ冷懿ラン・イーはその様子を見て、落ち着いたら書部しょぶに差し入れをしようと思った。


 常院楼じょういんろうの後始末は意外にも半日たたずに終わったので、一行は今晩泊まるはずの宿に置いていた荷物を取り急ぎまとめることとした。李氏との交渉は長期となるかと思われたが、思わぬ出来事――李氏が禁術の研究をしていたこと――により、政主に決定を仰ぐために雪雲閣せつうんかくに戻らなければならないのだ。


 ”厄災を招く子”とされる少年は、現在門下生数人を護衛として外で待たせている。


 冷懿ラン・イーは部屋の中で荷を整えていた。秋一睿チウ・イールイはすでに荷をまとめてしまったため、泊まるはずだった部屋をうろついている。


「さて、後始末は一通り終わりましたが」

 冷懿ラン・イーがため息をついて、秋に話しかけた。


「”たが”?」


 丸い窓から城歴の外の景色―― 常河チャンフーを見ていた秋が振り向いた。その立ち姿はまるで画のようであった。


「ちゃんと教えてくださいよ、白虎殿びゃっこどのは少年をどこで見つけたのですか?」


 冷は荷を整えることを一旦止めて立ち上がって問いかけた。その問いかけに対し、秋は数回瞬きをして答えた。


「…… 白虎殿ではなく師兄と呼んでくれたら教えるが」


 秋の表情と声色は普段とほとんど同じだが、冷を少しからかってやろうという珍しい輝きが瞳に宿っている。


「駄目ですよ、白虎の役職についている者は白虎殿と言う決まりでしょう」


「昔は師兄、師兄と呼んで私の後をついて回っていたのにな」


 秋は昔を懐かしむかのように目を細めた。少しあどけなさを残している冷の瞳が丸く見開かれて微かに揺れた。


「な…… 白虎殿! 話をそらさないでくださいよ」


 慌てふためいた冷を見て口の端を微かに緩めた後、すぐにいつもの真面目な顔つきに戻った秋は理由を語った。


「少年とどこで会ったか、だったな。宴の最中に大きな音がしたのをお前も聞いたと思うが、それは少年が描いた陣が牢を壊した音だった。私はその音の出所をたどり、牢に着いた」


「なるほど……。少年は部屋を壊すほどの強力な陣を使う、と」


 冷がそう呟いて、秋の近くに歩み寄った。


「 あの、白虎殿。……そのような強力な陣を使える少年を保護して本当に良いのでしょうか。真偽は分かりませんが”厄災を招く子”とされた子でしょう? 見張りが次々と死んだことの原因も分かっていませんし……。 万が一何かがあるのでは、と嫌なことを想像してしまいます。あの少年に失礼だとは分かっているのですが…… 」


 冷は自身の拳を握りしめて、目を伏せた。冷は雪雲閣への思い入れが特に強く、”厄災を招く子”に対して不安を感じている。


「安心しろ、お前の言うことも理解できる。だが私の目には、あいつはただ陣が使えるだけの力の無い少年であるように見える。それに、長らく幽閉されていたはずで、邪道を修めている訳でもなさそうだしな」


 秋は牢の中で孤独に立っている少年を思い出し、一度言葉を切ったが、一呼吸置いて話を続けた。


「これは私の憶測でしかない。だから話半分に聞いて欲しいのだが、見張りが次々と死んだのには、厄災ではなく理由があるのではないかと私は考えている」


「あれは厄災ではないのですか? もしくは、李氏が邪術を使ったのだとばかり思っていましたが」


 冷が問いかけると、秋は逡巡するように宿の部屋を歩き回った後、口を開いた。


「見張りが死んだのを厄災だと仮定すると、疑問点が出てきてしまう。少年が一歳を超える頃に見張りが死ぬようになったのは何故だ? 生まれてすぐではなく、どうして一歳を超える頃だったのか?」


 秋が顎に手を当てて、部屋の中を歩き始めた。


「見張りが数多く死んだという部分についても謎がある。厄災だとしたら、少年の近くにしか起こらないのか? そういえば、部下であっても死ぬことがあったと李绍成リ・シャオチァンが言っていたな。その部下の仕事内容は? 地下の牢に関わる仕事もしていたのか? 李绍成リ・シャオチァンが詳しく言わなかったということは、禁術に関わる仕事だったのか?」


「言われてみると、不思議ですね。厄災っていうと、もっと大きい規模で起こるのかと思っていましたが」


 秋が冷の言葉に頷いた。


「厄災かどうかの疑問が出たところで、見張りが死んだ理由についても考えた。あの地下にあった牢を見て、私が思い出したのが”幽閉の刑”だ」


 後片付けをするために見に行った地下の牢を思い出して、冷は身を震わせた。

「あのように暗い牢は何も見えなくて、本当に恐ろしいです。それに、”幽閉の刑”ですか。幽閉の刑の名前は聞いたことはありますが……」


「”幽閉の刑”はむちを打った後、目を潰し、狭く暗い部屋で手足を拘束し、死なない程度に少しずつ食事を減らしていく刑だ。娯楽もなく、人間としての営みもなく、最後には衰弱して気が狂う。…… 私も内容を聞いただけで、見たことがないがな」


 幽閉の刑は長い間を要し部屋や食事も用意せねばならず、数回しか行われなかったという。現在では幽閉の刑と同程度の罪を犯した者は死刑にされることが多い。


「…… その幽閉の刑と見張りの死には、どう関係があるのですか?」


「少年が幽閉されていたのは、とても暗い部屋だった。見張りも同じ場所にいた。幽閉の刑とまではいかなくても、暗い部屋での見張りというのは娯楽がない。食事や睡眠もまともに取れなかったのかもしれない」


 秋は部屋を歩き回るのを止めて、冷を見つめた。


「殺し合いが起きた事については、見張りの仕事内容に目を向けたい。見張りの顔ぶれも長い間同じならば、そりの合わない者同士で小さな諍いから殺し合いに発展することもありえるだろう。途中から見張りを罪人にした、と李氏は言っていたので尚更血の気も多いだろうしな」


 冷は荷をまとめることを忘れてしまったかのように、秋の顔を見つめ返している。秋はいつもなら短い言葉ですぐに話すのを止めてしまうのに、珍しく長く喋っているので、少し不思議でもあった。


「自殺も同様に、暗い部屋で食事や睡眠をとれなくて狂ってしまったのではないだろうか。事故が起こったことについては、そうだな、あそこは暗く、通路も狭い。河川が近く地下だからか、地面も湿っていて所々水たまりができていた。床にあった物に躓いたり水で滑って打ち所が悪くて死ぬ、ということもあり得るのではないか。流行病については……動く死体の研究というのは見るからに衛生的に悪そうだ、死体だからな」


「…………」

 冷は顔を顰めた。常院楼じょういんろうの後始末をする際に、ほとんどは秋が切り刻んでしまっていたのだが、常院楼じょういんろうの地下から数え切れないくらい沢山の死体が出てきたのだ。


 冷はその様子を思い出し、常院楼じょういんろうで沢山の人が死んだ事実に心を痛めた。


「これは李氏は語らなかったことだが、少年が言っていた。動く死体たちは人を貪り食うのだと。友人が殺されたのだ、と。ということは、死体の研究により死んだ者も居るのではないか? ならば、それは本当に厄災だったのか?」




 



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