第68話 遠き日の記憶
「お前、妙な術を使えるそうだな」
そして
「妙な術といっても、まじない程度ですよ」
それがきっかけだったのかは分からないが、
そして本日もまた、
「常河で氾濫が起きたらしい。治水に詳しいという李文啓を連れ、城歴に赴いてほしい」
「はい。ですが、私は捕虜の身です。不敬であることを承知で申し上げますが……このような大切な仕事を私に任せてしまっても良いのでしょうか?」
これ以上重用されてしまえば、他の臣下から自分に向けられる視線はどうなるのだろうか、と
「よいに決まっている。お前はよく働いてくれているからな。故郷を打ち倒した敵が……本当は憎いのではないか?」
「いえ、私はあの時に死ぬはずでした。ですが、このように生きながらえたのは、あなた様のお陰であるのです」
それは、
◆
一年後、治水が成功し、二人は褒美を王から賜った。李は城歴の地を封ぜられた。
今でこそ、剣を贈るのは縁起が悪いとされている。だが、この時代にはそのような話はほとんどなかった。
「お前が前に教えてくれた、太陽に鳥の文様を彫らせた。お前の身に災いが降りかかるのを防いでくれるだろう」
太陽に鳥の文様は、若き日の王が興味を示した”妙な術”――
しかし、災いを避ける短剣を賜った数年後、この邑では不作が続いた。明日の食べ物にも困るほどの民の困窮に、どうすることもできなかった。さらには病も流行り、当時のできる限りのことは行われたが効果はなかった。ただ、人が死んでいくのを見ていることしかできなかった。
「一体どうすればよいのだ……」
王は事あるごとにため息をつき、日に日にやつれていった。このとき他邑は、この邑に攻め入る隙を狙い、毎日のように小さな戦いが山と山の境で起こるようになっていた。
そして王は酒に、女性に溺れるようになっていった。現実から逃げるためであったのだろう。臣下など周囲の人間は、直接諫める者もあれば陰で悪口を言う者もあった。
酒や女性に溺れる王は今までにも居たはずで、それだけなら逃避しているだけだと思われるだけだっただろう。
だが実際は、それだけでは終わらなかった。王を諫めた臣下は皆、贄となることを命じられたのだ。贄をささげるだけの政を嫌っていたのは、ほかでもなく王自身であったはずなのに。
「呉植、張回が贄となった」
呉植たちは皆、王に忠実な臣下だった。
「どういうことですか? 王がそのようなことをするはずが――」
「王は気が触れたらしい、いつ殺されるか分からん。逃げた方が身のためだろうな」
その人はさっさとやめて出ていった。やめる者もいれば、贄とされる者もいて、人が減っていく。
「戦いについての報告です。昨日、参山の麓にて交戦した我が邑の者が五十名ほど死んだとのことです」
王の髪や衣は乱れ、部屋の中は投げつけられ壊れた物であふれていた。王の瞳は暗く淀んでいて、目の下には隈ができ、髭も整えられていなかった。王がため息をつきながら、ふとこのような言葉を
「…………お前を贄とするのは最後にする」
「ありがたいことでございます」
この頃、すでに民は王に怒り、臣下の数は片手で数えられるほどになっていた。もう終わりも近い。
先程の言葉により、王を止めることは無理だと悟った。目の前の人間はもう、聡明だった若き日の王とは別人なのだと思うほかなかった。
「私が、王を殺して差し上げねば」
何より、
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