第54話 炎の中
「ここは、どこ…… ? 師兄?
遠くには、燃えている人間たち。そして、自分の横にはこと切れた男が一人。よく見ると、所々焦げてはいるが位が高そうな服を着ているようだ。その男は、どこか安らかな顔に見える。
「ひっ…… !?」
ふと
「なに、これ…… ?」
常の問いに答える者はいない。
突然視界が揺れて、隣で亡くなっている男も、手についた血も、燃える建物も、かき混ぜたようにぐるぐると回る。常は気分が悪くなって、思わず目を閉じた。
◆
次に目を開けると、そこは違う場所だった。辺りは燃えておらず、自分の手は血で汚れてはいない。
「よかった…… 」
常は安堵して息を吐いた。目の前には位の高そうな人間が座っている。どこかで見たことがあると思えば、先ほど炎の中で、こと切れていた男だ。ひげが立派だが、ひげを剃れば意外と年若いように見える。
「
常の身体は、常の意思に関係なく、恭しく拱手をするのだった。
常の違和感の正体が分かった。いつもより口から発せられる声が低く、いつもより頭一つ分ほど目線が高いのだ。
そこでようやく、今の身体は
「滅相もないです。私が大業をなしたのではなく、あなた様が大業をなしたのです。ご指示が素晴らしいから、皆が付いてきているのです」
常の口が勝手に話し出す。
「そう畏まるな。お前は謙遜しすぎるきらいがある」
「申し訳ありません。命とあらば、私の首を差し出します」
そう
「何故そうなるのだ!? いつも何かあるたびに首を差し出すのはやめろと言っているのに…… 」
「何故もなにも、あなた様が生かした命ですから、私の首を刎ねようが足の肉を断とうが自由なのですよ」
「だから、そういうのはやめなさい……。ああ、お前の悪癖を指摘していて忘れるところだった。これを渡そうと思っていたのだ」
そう言って目の前の男が布の包みを取り出した。それを開くと出てきたのは、青銅でできた短剣だった。草木のごとき色をした刃は艶やかに光っている。よく見ると、柄の部分に何かの文様が彫られている。
「此度の褒美として作らせた。お前が土地は必要ないと言うから、物にしたのだ。良い品だろう。お前を守るまじないも施してもらった」
満足そうに目の前の男が顎を触った。褒美と言うからには、さぞ高価な代物なのだろうと常は思った。
「私がいただいても良いのですか?」
「ああ。先ほどからそう言っているだろう」
「この剣の名前はなんと言うのですか?」
「うっかりしていた。決めていなかったな。……では、今決めよう」
「なんと有難いことでしょうか」
剣の柄に彫られていたのは、太陽や動物をかたどった文様だった。それを見つめて目の前の男が目を細める。
「お前は、お前たちは皆、太陽を支える手なのだ。だから、どうかこれからも支えてほしい。この剣は太陽の一部ともいえる。……太陽の欠片を授ける、という意味で“暁片”というのはどうだ?」
暁片! 聞き慣れた名だ。
常に思い当たるものがあった。書簡で読んだ王とその臣下のことだ。
ならば、暁片を授けたとされる暴君、
先ほど常が見た炎の光景は、臣下が王を殺す情景だったのだろうか。
「なんと美しい名なのでしょうか。身に余るほどの僥倖にございます」
常、いや
そして、涙と混ざるようにして急に常の視界がぐるぐると混ざり始めて、ぷつりと意識が途切れるように闇へと落ちていく。
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