第79話 操られた者

 紫色の炎により空に作られた陣の中に描かれているのは、人面蛇身の雷の神であった。厚い雲からは低い音が聞こえ、今にも雷雨となりそうだ。顾奕グー・イー冷懿ラン・イーは互いを見合った。顾奕グー・イーが頷いて、右の袖から朱色の紙鳥を数羽取り出した。


小冷シャオラン、次々と迷惑をかけるが、救援要請の朱色の紙鳥が何羽も届いている。門下生と共に助けに行ってくれないか。私も向かいたいのは山々なのだが、この建物から離れることはできないから」


「勿論です政主殿、すぐに門下生を連れて向かいます!」


 救援要請の紙鳥を見て、雪雲閣の門下生たちと共に、冷は建物の外に出た。今起こっていることを冷静に対応できるように、しかし心配しすぎないように深呼吸する。そして二人から四人の組を作らせ、それぞれの門下生に顾奕グー・イーから渡された紙鳥を配った。


「陣と同じ邪気を帯びた者が現れ、まるで操られているかのように暴れている、とのことです。皆さん、くれぐれもお気をつけて」


「はい!」


 冷が門下生たちに声をかけてから、邪を避ける霊符を飛ばし、天弥道の建物を守る陣をより強固なものとした。操られている人間が邪気を帯びているのなら、少しは霊符の効力はあるはずだ。


 それから、先ほど顾奕グー・イーから渡された朱色の紙鳥の一羽を空に放つ。朱色の紙鳥は羽ばたいて、すぐに送り主のもとへと飛び立ってゆく。師弟の一人である温淵ウェン・ユエンと共に冷は紙鳥を追いかける。


「冷師兄、なぜ敵は天弥道に攻め入ったのでしょう」


 温淵ウェン・ユエンが、走りながら冷に問いかけた。温淵ウェン・ユエンは勉強熱心であり、普段もよく冷に剣術はもちろん、外交や人間関係に対しての質問をしに来ている。


「……天弥道は地形的に攻め入りやすいですし、呪部がいないため妖や鬼の類いを仕掛けやすいのかもしれません。門下生たちも、門に入ってから日の浅い者が多いですしね。同盟内で他の門と比べると、一番攻め入るのが簡単だと思います。それよりも、生きている人間が混ざっているのが気になります。朱雀殿すざくどの白虎殿びゃっこどのは人間を殺してはいけないですからね、思い切り剣を振るえないのを狙っているのでしょうか、それとも他の理由があるのでしょうか……」


「それでは、朱雀殿すざくどの白虎殿びゃっこどのも危ないのではないのですか!?」


 妖鬼討伐の頭は、人を殺せばその任から降りなければならない。次を決めるのに時間がかかれば、妖鬼による治安の悪化はもちろん、門下生の弱さにもつながる。


「二人とも人を殺さない術は身に着けています。ですが、時間が経てば経つほど、数が多くなればなるほど、”殺さないこと”に気を配るのは難しくなるでしょう。ですから、私たちができる限りの援護をしないと。いざという時は、私が人間を殺します」


 冷が口角を上げ、人差し指を顔の前で立てた。温淵ウェン・ユエンは”人間を殺す”という言葉が冷から出てきたことに驚いて、目をそらすように空を飛んでいる朱色の紙鳥を見上げた。


 しばらく走ると、紙鳥が天弥道の門下生と思しき者の肩にとまった。救援要請のあった場所へ到着したことの合図だ。そこでは、紫色の炎のようなものを身体から出している者が暴れていて、その周りには心身ともに疲弊した天弥道の門下生たちが大勢いる。


 そして、紫色の炎を身体から出している人物に、一人で立ち向かっている者がいた。


 見覚えのある青みがかった長い黒髪――青龍、麻燕マー・イェンだ。翻弄するように軽やかな足取りで跳び回り、剣を使わずに蹴りや突きを食らわせている。酒ばかり飲んでいる普段の姿からは考えられないほど、真面目で気概に溢れている。


「雪雲閣、冷懿ラン・イーそして温淵ウェン・ユエン。救援の紙鳥を受け、只今参りました!」

「遅いぞ、冷懿ラン・イーくん! 私がこの人の体力を削っておいたから、君達ならば銀糸や霊符で無力化できると思うよ!」


 そう言って、麻燕マー・イェンはすぐに別の場所へ去ろうとする。


「じゃあ、私は他の者たちの応援に行ってくるから!」

「青龍殿、ありがとうございます!」


 二人が感謝の言葉を口にすると、照れかくしなのか、麻燕マー・イェンは手を雑に振った。


「これほどのことで感謝されても困る! ああ、そうだな、感謝しているなら、今度酒でもおごってくれよ!」


 白い歯を見せて笑いながら地面を蹴り、麻燕マー・イェンが素早く跳び去っていく。冷は風のような麻の様子を少しのあいだ見つめていたが、はっと気が付いてウェンに呼びかけた。


「では温淵ウェン・ユエン、銀の糸を張りましょう。それから霊符を貼り、この者の邪気を払うのです」

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