第80話 陣の贄
頬に手を当てて、
「陣がうまく作動していないね。誰かが
「……」
今、
「
「師父、それは……そうですが」
ためらっている秋に季が一歩近づいて、微笑んだ。
「安心して、
吸いこまれてしまうような、溶けてしまいそうな血の赤が秋を捉えていた。 辺りには、秋の剣によるものなのか、白い雪が舞っている。人を操る紫色の炎に雷を起こす陣、そして季節外れの雪。それは異様な光景だった。
秋は一歩下がって、息を吐き剣を握りなおした。そして、身体と剣の動きを水の流れるような曲線的な動きへと変貌させる。その動きは一見緩慢であるが、手と剣をしならせることで、目にも留まらぬ一手を繰り出す。
この技こそが、師である季がその昔に考案した技、“
「桃英水落の再現、か」
季が昔を懐かしむように呟いた。秋は、十年前に“
「師父。私はあなたの背中をずっと追ってきたのです。そして、これからも追い続けるでしょう。私はあなたの弟子なのですから」
秋の心からの言葉だった。秋の目元が一瞬泣き笑いするように歪んだが、すぐにいつもの険しい表情へと戻った。波のように緩やかに体勢を変え、剣を突き出した。黒い外套が、水のない水面を揺蕩う。
突き出した剣先は季の喉元へと迫った。目にも留まらぬ剣の速さに、季は陣を展開できなかった。
「……君はすでに私を追い越しているとしても、まだ弟子を名乗るのかい?」
秋は季の言葉に頷きもせず、無防備となった季の首を斬ろうともしない。季が破門されようとも、邪術を扱おうとも、何人もの人を殺そうとも、どんなに時間が経とうとも、秋が季の弟子でいるという決意は固いらしい。昔から、秋は一度決めたことに対して頑固であり、季が折れるほかなかった。
仕方ないなという表情をしながら、季は秋を突き飛ばすようにして後ろへ下がり距離をとった。
「……ああ、やっと誰が陣を壊したか分かったよ。剣を使っていないから分かりにくかったけれど、青龍の
先程、
「しかし、陣を壊されてしまうのは困るな、復讐が完遂しない」
季は全く困っていなさそうに言った。
「うん、ではこうしよう。
そして季はゆっくりと瞬きをして、空に向かって右手を上げた。袖が下がり、大きな傷のある掌と腕が顕となった。
◆
次の瞬間、
「ひぃっ!?」
「……」
◆
そして、季は何事もなかったかのように空を見上げて首を傾げた。
「これで一人殺せたかな? でも、この雷の陣は十人で作る陣なんだよね。……仕方ないから、私の身体を使おう」
言葉を終えた途端、季の身体から、紫色の炎が立ち上る。
「師父? 何をしているのですか!」
秋が季に向かって駆け出した。紫色の炎が立ちのぼったということは、季が陣の贄となることを指す。
「見れば分かるだろう、
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