第81話 一つの案

 紫色の炎による陣が出現してから、常子远チャン・ズーユエンは気づくと自由の身となっていた。紫色の炎の陣を作るために、首を斬るための陣は消されたのだろう。


 常子远チャン・ズーユエンは首筋を触って陣が消えたのを確認すると、すばやく季から離れて走り、木陰に隠れた。空に大きな陣が形成されている中、どうすればよいか考える。


「……空に浮かんでいる陣。お兄さんが言うには、紫色の炎で操った人を贄として雷を生み出す陣だ。お兄さんは贄にした人たちを殺すのが目的のようだけど、もしも陣が完成して雷がたくさん落ちてきたら、天弥道は燃えて人が沢山死んでしまうかもしれない。……止めるにはどうすればいいんだろう?」


 考えこみすぎて、常子远チャン・ズーユエンは自分が妖鬼から狙われやすい体質だということを忘れていた。背後から、ぬるりと絡まるようにの手が常子远チャン・ズーユエンの首に伸びる。


「うっ……!?」


 に首を絞められたそのとき、遠くから紙馬が走ってきた。人と木々の間をぬうように器用に駆けてくる。通りざまに常子远チャン・ズーユエンの首に絡みついているを討ち、紙馬を停めた。


「……君は、もしかして」

「大会ぶりだな、常子远チャン・ズーユエン


 紙馬に乗っていたのは棗愈ザオ・ユィーだった。紙馬から降りて、常のことを見つめた。しかし、すぐに目を伏せて、ためらいながら言葉を続ける。


「……大会では、剣を向けてしまって、すまなかった」


 常は棗愈ザオ・ユィーに謝られるとは思ってもみなかったため、一瞬目を丸く見開いた。だが、すぐに疑問が湧き出てくる。


「……仕方ないことだよ。でも、家訓で”暁片を持つ人を殺せ”っていうのがあるんでしょ? 前に瑞玲ルイリンから聞いたよ。それなら、なんで君は謝るの?」


 常に向かって寄ってくる妖鬼を斬り倒しながら、棗愈ザオ・ユィーが話し出す。


「いや、家訓には続きがあった。”暁片は持つものではない、宿すものだ。暁片を持つ者が現れたら偽物だ、殺せ”と。お前は暁片を持っていると一度も言わなかったのに、俺が早まった結果、剣を向けてしまった」


 常は暁片が季により体の中から取り出されそうになったのを思い出した。


「宿す……。そうだね、暁片は僕の身体の中にある。取られそうになったとき、とても痛かった。だから、君の言うような偽物ではないと思うよ」


「そうか。……お前を殺すことになると思ったとき、俺はとても悩んだ。初めて、友になりたいと望んだのに、お前を殺す天命であるのが怖かった。そのくせ、家訓に背くほどの勇気もなかったのだ。叔父は家訓を守らなくても良いと言ったが、そのとき、俺はどっちつかずな自分の心の弱さに気づいた」


 棗愈ザオ・ユィーが近寄ってくるに向かって剣を振り下ろすと真っ二つになり、やがて消えた。振り下ろされた彼の剣”為天”と同様に、彼の言葉はまっすぐであった。


「だが弱いと分かったからこそ、家訓に背く自分を納得させるために、理由を調べようと思えた。……そして調べた結果、お前と友であっても、家訓に背くわけではないと分かった」


 棗愈ザオ・ユィーが振り返り、微笑んだ。戦いの中にあってもなお、野葡萄色の瞳は実直な輝きを放っている。その笑顔は、まるで朝を告げる陽光のようだ。常は眩しそうに瞬きをしてから、何かに気づいた。


「あれ、その腕どうしたの?」


 風で翻った袖から見えた棗愈ザオ・ユィーの腕に、血の滲んだ布が巻かれている。


「ああ、天弥道に向かう途中に荷車が停まっていて……怪しいと思った。だから荷車に乗っていた者を問いただしたら、少し攻撃されただけだ」


 棗愈ザオ・ユィーは自らの腕を何でもないような様子で見やった。


「……痛い?」


「これくらいの傷は問題ない。だが、その荷車がどうしても気になる。荷車に積まれていたのは、香炉だった。大会で人と人を分断したという香炉、そして儀仙堂で売られていたという煙の出る香炉……」


 家訓に関して棗绍ザオ・シャオの住まいである居龍殿を調べる中で、棗愈ザオ・ユィーは香炉に関する報告が記された書簡も見つけていた。書簡を読んでいなければ、荷車に目もくれなかっただろう。


「じゃあ、今までの香炉に関係しているとしたら、天弥道ですでに香炉が使われている可能性がある、もしくはこれから香炉が使われるかもしれないということ?」


「そうだな。先程、香炉に関して報告する紙鳥を数羽飛ばした。天弥道の政主、それと儀仙堂の者に届くようにした。それで、お前はどうするつもりなんだ? 一人でいれば妖鬼に殺されるぞ。俺が妖鬼を斬ってやらんこともないが」


 大方の妖鬼を討伐し終えた棗愈ザオ・ユィーが、腕を組んで気にもたれかかった。常は自らの拳を強く握りしめて、決心した。


「……僕は、お兄さんを止めなければならない。僕の力で止められるか分からないけれど、一つ案がある。君に手を貸してほしいんだ、棗愈ザオ・ユィー

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