第73話 穏やかな日々
「青龍! 白虎! 大丈夫か!」
「白虎!?
暗くなる視界の中で、
◆
目覚めると
それから、医家に見てもらったり、野菜が入った
「天客の
「そうですか」
棗の説明に、季は微かに頷くことしかできなかった。心は妙に凪いでおり、棗の声だけが響く。
「すまない、白虎よ。私が指示しなければ青龍とお前はあんなことにならなかった……」
季は、このとき棗の落ち込んだような表情を初めて見た。
「黄龍殿、あのようなことが起きるとは、誰にも予想できませんでした。もちろん、あなたにも」
季には、あの日のことについて実感がなかった。人間に対して殺意を持ったことも。まるで夢を見たかのように遠い。
あのとき、確かに刺客たちを殺そうとした。赤黒い糸で、彼らの首を締め上げた。しかし、そこへ棗が駆け付けたため、刺客たちは気絶をしただけだったらしい。だから、季は人を殺してはいない。
「黄龍殿。私には白虎である資格がありません」
「……急にどうした?」
「私はあの時、刺客たちを殺そうとしたのです。それも、禁術を使って」
「そうしなければ殺されていたのだろう? それに君は人を殺すに至っていないし、君の使った術が禁術とは限らない」
「黄龍殿、私を罰してください。……私は怖いのです。あの日から、どんな物を触っても感覚はないのです。どうしても、前のようにはいかないでしょう。危機が迫ったとき、私はあの術を使ってしまうかもしれない」
一度剣の突き刺された手では剣を握れないかもしれない。一度剣を突き刺された足では、もう走れないかもしれない。そしてなにより、目が覚めてから触覚が消えていた。
「……今は安静にして、休みなさい。時が解決することもある」
◆
季節が変わり、
「師父! お体の調子はどうですか」
儀仙堂で療養していた季が雪雲閣に戻ると、二人の弟子は目に涙を浮かべて飛びついてきた。飛びついてきたことも、目で見なければ分からなかった。
「問題ないよ。ただ、あまり動けそうにないけれど」
少し遠くで政主の
「
「もちろんです」
「
「はい」
「だが、他の門下生には白虎になるほどの剣の技量や器量はなく、
悪い予感がした。しかし、季は
「……つまり?」
「お前にはまだ白虎を続けてもらいたい」
季は、実際にその言葉を聞いた途端に、目の前が暗くなったような気がした。
「私は剣すらも握れないのに、この先白虎としてどうやって妖鬼と戦えばよいのですか? 私が白虎でいるくらいなら、力不足であろうとも他の者を白虎としてください。……師父! 私は、あの日からおかしくなってしまった。このような人間は白虎であるべきではありません! 私が、私が一番分かっているのです!」
李は沙に縋りついた。
「……分かった。門下生の
季はそれに答えず、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
◆
「――さん、お兄さん!」
季がはっと気が付くと、
「ごめん、過去のことを思い出してしまって。最近多いんだ、今なのか過去なのか分からなくなる」
「……お兄さん、こっちが“今”だよ」
季が今居るのは雪雲閣ではなく、常院楼の地下の牢だ。気づくと、
「危害を加えたのに心配してくれるなんて、君は本当にやさしい子だね。私には、そのような資格はないのに」
「だってお兄さん、泣いてるから」
「……」
そう言われて初めて、季は自分の視界がぼやけているのに気付いた。
「暗いのに、よく気付いたね」
「ずっとここで暮らしていたから」
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