第72話 罠と禁術

 季宗晨ジー・ゾンチェンと二人は青龍の気を辿り、森の中に小屋が建っている場所にたどり着いた。二人が異様な気を察知して、小屋の前で立ち止まる。


「なんですか、この禍々しい邪気は!」

「幾重にも重なったまじないの所為だろうね。さて、入ろうか」


 警戒をしながら二人が小屋に入ると、青龍の岳明亮ユエ・ミンリャンが倒れていた。奥には、血だらけになった男が倒れていて、丹のような朱色の袍を着ていることから顾奕グー・イーの師匠だと思われる。


「――建哥ジェン兄さん!?」


 顾奕グー・イーが血だらけの師匠に駆け寄る。師匠の梁建宏リェン・ジェンホンが薄く目を開けて、潰れた声で言った。


「……顾奕グー・イー、俺はいいから、逃げ、ろ…………」

建哥ジェン兄さん! それは出来ません、あなたを助けに来たのです!」


 師匠の梁建宏リェン・ジェンホン顾奕グー・イーの下で得体の知れない陣が展開する。それを見た季宗晨ジー・ゾンチェンが叫んで銀糸を伸ばす。


「まずい! 二人とも、早くその場から動いてくれ!」


 銀糸により師匠の身体を固定し、顾奕グー・イーは師匠に肩を貸して立ち上がろうとする。しかし、次の瞬間陣が発動して、顾奕グー・イーが膝から崩れ落ちるようにして倒れた。


「くっ……!」

顾奕グー・イー!!」


 師匠と顾奕グー・イーの様子を見ていたのだろう、小屋の中に何人かの人間が入ってくる。


「……罠にかかったようだな」


 唯一体の自由がきく季宗晨ジー・ゾンチェンがすぐさま剣を手にして駆ける。


「赤い目の白虎、季宗晨ジー・ゾンチェン…………お前が一番厄介だそうだな。陣を幾重に敷いていて正解だった」


 建物に入ってきた中の一人、季宗晨ジー・ゾンチェンと同じくらい若そうな青年が笑った途端、季の身体が急に重くなって、見えない糸で拘束されたようになり、剣を落とし、刺客の青年の目の前で地面に膝をつくしかなかった。


「…………何だ、これは」


 まじないに詳しい季であっても見たことのほとんどない陣だった。まじないが幾重にもかけられていたため、その奥底に敷かれていた陣が先程までは見えなかったのだ。妨害するまじないもかけられているのか、青年を拘束するために銀糸を紡ごうとしても、雪のように解けて消えてしまう。


 自分はまじないに詳しいから問題ないだろうと自惚れていたのかもしれない。季は、先程もっと強く顾奕グー・イーに着いてくるなと言えば良かったと後悔した。


「地面に膝をつくことがないと言われた赤目の白虎が、こうも簡単に手中に落ちるとはな」

「触らないでもらえるかい?」


 青年がべたべたと季の顔に触れたため、眉間に皺を寄せながら悪態を吐いた。


「青龍の岳明亮ユエ・ミンリャンから力を奪った、岳明亮かれはもう剣も持てないし、まじないも使えない」


 岳明亮ユエ・ミンリャンの容態について、そのようにはっきりと言われると季は絶望しそうになった。だが、折れるわけにはいかない。質問をしてなるべく時間を稼ぐ。


「理解に苦しむね。どうしてこんなことをする?」


 季の言葉を聞いて、青年が不敵に笑った。


「各門の力のある者たちを、引きずり下ろす。帝が統治する、あるべき姿の世に戻すためだ」

 

 そのとき、奥で叫び声がした。見ると、顾奕グー・イーが刺客の一人によって、大きく斬られたようだった。


顾奕グー・イー!」


 季が叫んで銀糸を紡ごうとするが、まじないに妨害されて上手く糸を紡げない。


「俺は大丈夫です! ですが、建哥ジェン兄さんが……!」


 彼の師匠、梁建宏リェン・ジェンホンは満身創痍であるにもかかわらず、顾奕グー・イーをかばい、攻撃のほとんどを受けていた。まじないで拘束された季は、その様子を見ることしかできず、自身が無力であることを悟った。


「さて、季宗晨ジー・ゾンチェン。お前も青龍と同じように力を奪おう。まずは――脚からだ」


 青年が季の後ろに回り、右足に剣を刺した。血が溢れ、地面にぽたりぽたりと落ちる。


「次は手。その次は頭だ」


 手のひらを剣が貫く。視界が揺れる。どうやら、頭を殴られたらしい。血が垂れる。


 痛い。熱い。苦しい。意識のもうろうとする中、季はこの場にいるすべての人間の顔、歩き方、言葉の訛りや服装を細かく覚えていく。


「…………許さない」


 何度失敗しようと、銀糸を紡ぐ。紡いでいくうちに季の血で銀色の糸が赤黒く染まっていく。まじないを唱える。失敗する。陣を展開する。失敗する。陣を展開する。


 ようやく陣の展開に成功した。だが、それは禁術を元にした陣だった。以前季がまじないを調べる中で見た、失われた術に関する記述。その記憶を頼りにして作られた、まがい物の陣。


 季の紡いだ陣から伸びた赤黒い糸の一本一本が、刺客たちに絡みつく。首へと蛇のように巻き付いていく。


「なんだこれは!?」


 これが何なのか、季が聞きたいくらいだった。刺客たちの首に巻き付いた赤黒い糸は、建物の梁へと伸びていく。糸が、刺客たちの身体を持ち上げる。その足が地面から離れる。刺客がもがく。足をばたつかせる。

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