第75話 今の君への激励

 そして黄龍に伝達される前まで時は少し遡り、天弥道。どこからともなく動く死体や妖鬼が数百体ほど出たが、儀仙堂による強固な妖鬼除けの陣により、なんとか天弥道一帯は守られている状態であった。


 四合院の中庭に、顾奕グー・イーが百余名の門下生を集めた。傍らには朱雀の南祯ナン・ヂェンも控えている。


「天弥道門下の者たちよ、一の班と二の班は建物周りの妖鬼討伐を頼む。三の班は妖鬼がどこに多く現れているか、妖鬼の数はどのくらいなのか偵察してくれ。そして、これは私からの命だ。皆、他門からの応援が来るまでに絶対に生き延びなさい。戦っている妖鬼が強いと感じたらすぐに引き、目の部分に穴のあいた朱の紙鳥を飛ばしなさい」


 顾奕グー・イーが、茶と白の両目で天弥道の門下の者たちを見回した。静かだが、よく通る声だ。

 政主の話が終わったのを確認し、朱雀の南祯ナン・ヂェンが一歩前に歩み出て、経験の浅い門下生たちを激励した。


「皆、鍛錬通りにはいかないこともあるだろうが、冷静に対処せよ!」


 門下生たちは拱手を行い、各々命じられた任務を遂行するために建物の外へと向かっていく。


「政主様――いや、顾奕グー・イー。私もこれから外へ向かいます。本当は君の近くで戦えたら良かったのですが、皆と共に朱雀として相応の働きをいたしましょう。万が一に備えて、こちらには剣が使える書部の者も控えさせているので、ご安心ください」


 門下生達が外へ向かうのを眺めながら、南祯ナン・ヂェン顾奕グー・イーに話しかける。


「分かった、私はここから指示を出すよ。いざとなったら奥の手を使うからね」

「なるべく奥の手を使う事態にはしたくありませんが……政主様、では行ってまいります」

「君は、外で少しでも多くの妖鬼を討ってくれ、俺の右手の代わりに」


 顾奕グー・イーがまっすぐとした眼差しで南祯ナン・ヂェンを見つめた。そこには、長年の信頼だけがある。南祯ナン・ヂェンは妖鬼討伐のために出て行こうとしていたが、足を止めて振り返った。


「政主様。十年前からずっと、私は後悔してきました。知らせを聞いて戻った時にはすべてが終わっていた。先代を、そして政主様あなたさまを守るために剣を振るうことすらできなかった」


「君の思っていることは痛いほど分かるよ、朱雀。それでもね、全てが変わってしまった中で、俺は、お前にだけは変わらないでほしかったんだ」


 十年前と比べて、見た目も振る舞いも、なにもかもが変わってしまった顾奕グー・イーが穏やかに微笑んだ。


「嗚呼、政主様あなたさまが私に言葉を直させるのはそういう理由だったのですか」


 南祯ナン・ヂェンは眉を下げ、政主の言っていたことがようやく腑に落ちたという顔をした。


「……では、こちらを頼むぞ、顾奕グー・イー!」


 まるで十年前のような口調で顾奕グー・イーに声をかけて、南祯ナン・ヂェンが剣を手に、外へと駆けていく。

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