第89話 叔父の本音

 四人はしばらく話をしていたが、おもむろに棗愈ザオ・ユィーが立ち上がった。


「なあ常子远チャン・ズーユエン。この四年で、季宗晨ジー・ゾンチェンが使用していた禁術が一部のみ認められた。お前の使っていた巴蛇の陣も、使用できる者を限定した上で認められるようになるらしい」


 玄郭の蔵書殿で過去の書簡を調べたところ、修行をしなくても大きな力を使うことができるため、危機感を覚えた者が禁術にしたという。政主に能力を認められた者にのみ陣の描き方を教えることで、禁術となった原因を取り除こうとしている。


 中心となって動いているのは、呪部を置いていなかった天弥道てんみどう顾奕グー・イーだという。顾奕グー・イー季宗晨ジー・ゾンチェンの残した書簡を譲り受け、天弥道呪部、ひいては各門に置かれた呪部の発展を推し進めている。


「……よかった。お兄さんの作ったまじないが残っていて」


 しみじみと呟いた常子远チャン・ズーユエンを見て、棗愈ザオ・ユィーが肩を組むように手を置いた。


「ということで、手合わせしないか? 俺は、四年前の天弥道の時に全然役に立てなかった。気を失ってしまうほど弱かった。お前が消えていた間、有事の際に役に立てるようになりたくて、儀仙堂の腕の立つ者に教えを請い修行をしたんだ」


「もちろん。僕も暁片の妖に剣を習ったから、剣を使えるようになったんだよ」


 二人が意気揚々と建物の外へ出ていく中、棗瑞玲ザオ・ルイリンだけが残り、二人に続いて歩いていた棗绍ザオ・シャオに話しかけた。


「叔父上」


 棗绍ザオ・シャオが振り返ると、瑞玲ルイリンがいつになく真剣な眼差しを向けていた。


「どうした、瑞玲ルイリン?」


「叔父上は、いったい何者なのですか?」


 瑞玲ルイリンの問いかけに棗绍ザオ・シャオは困ったように眉を下げ、夕暮れの日のような色の目を細めた。


「……何者かと言われてもなあ、答えようがない。今の私は肩書もないただの老人だよ。瑞玲ルイリン、どうしてそう思った?」


 瑞玲ルイリンの野葡萄色の視線が刺さるようだ。瑞玲ルイリンの政主として他の者と並び立つほどの冷静さと鋭さは、これから成長を続けて他の者を凌駕する予感すらも感じさせる。


「叔父上は何かを隠しているのではないか、と私には思えるのです。常子远チャン・ズーユエンが戻ったとき、兄上はともかく、叔父上もとても喜んでいるように見えました。四年前、常子远チャン・ズーユエンを反乱因子をおびき出す餌として利用していたというのに、それと同時に常子远チャン・ズーユエンに対して情があるように思えます」


「利用できるものはどんなものだって利用する。たとえ、自分自身であっても利用するさ。ほら、リウ殿どのに対しても情はあるが、今も利用しているではないか」


「それはそうですが……」


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