第18話 儀仙堂の黄龍

 同時期、儀仙堂ぎせんどうにて。


 広い空間に、一人の人間が目を閉じてしょうに寝そべっていた。


 長い間、儀仙堂ぎせんどう政主と黄龍を兼任している、棗绍ザオ・シャオである。


 色素の薄い、昏黄こんこう色の長い髪が団扇のように丸く広がっている。透き通るほど白い肌に、右目の下の黒子が印象的だ。長い睫毛がかすかに動いたかと思うと、夕日のような丸くて橙色の瞳が現れた。


 彼が横たえていた身体をわずかに起こし、まわりをゆっくりと見渡して、それから目を伏せた。


「さて、呪部が星を読み、悪しき予兆今まさに来たりと予言をしたわけだが」

 

 棗绍ザオ・シャオは長い指で自身の口元をなぞった。


「おまえならどうする? 棗轩ザオ・シュエン

 答えが返ってくることはない。静寂に対して棗は薄い笑みを浮かべて、髪を手で払いのけた。


「おまえは答えることはない、か」


 その時、こちらに向かって走ってくる足音があった。

黄龍殿こうりゅうどの、黄龍殿! 大変です!」


 儀仙堂門下生の高敏ガオ・ミンだ。彼女がこのように慌てているところを見るのは、棗绍ザオ・シャオも初めてだった。


「何事だ」

雪雲閣せつうんかくからの使者が黄龍殿にお会いしたいそうで、急ぎであるそうです」


 雪雲閣せつうんかく儀仙堂ぎせんどうから数日かかる。緊急時の移動手段である紙馬しまに乗っても数刻はかかるのが普通である。


 さらに、雪雲閣の使者は普段なら数人でやってくるが、今回は一人で来たとのことだ。こんなに急いで一人で来るのは珍しく、なにかあったに違いない、と門下生の高敏ガオ・ミンは思ったのだろう。


 呪部じゅぶの予言のこともあり、その門下生の憶測にはザオも同意見だった。


「ほう、呼びなさい」

 すぐに使者は現れた。


「雪雲閣書部、谢博シエ・ボーです。儀仙堂政主であり黄龍の棗绍ザオ・シャオ様、お初にお目にかかります。雪雲閣政主から言づてを預かってまいりました」


 谢博シエ・ボーは息を切らしつつも、深々と丁寧に拱手を行った。


「遠路はるばるよくぞ来た。さて、問おうか。言づての内容とは何だ?」

 ザオに竹でできた書状を差しだした後、シエは口頭でも説明を始めた。


「はい、雪雲閣うちの政主が話し合いの場を設けたい、とのことです。先日、白虎殿と冷殿が城歴じょうれき李氏りしと交易に関する同盟を結びに行ったのですが、十数年前に生まれた”厄災を招く子”が幽閉されているのを発見しました。主の李紹成は禁術である動く死体の研究もしていたそうです。そして現在、雪雲閣で李紹成、そして動く死体を捕えています。”厄災を招く子”は邪払いの法具を付けさせて白虎殿が監視しています。城歴李氏、動く死体、厄災を招く子の処遇について、雪雲閣だけでは事が重く決められないので話し合いたい、と政主が申しておりました」


 棗は自身の唇を人差し指で撫でた。

「”厄災を招く子”というのは、この地の伝承にある、生まれたら殺さなければいけないという”あれ”か?」


「はい。城歴李氏の話によれば、”厄災を招く子”は法宝ほっぽう・暁片を導くという内容の宛先不明の書状が届き、殺さずに幽閉しておいたらしいです」


「暁片、というのは持った者が強大な力を持つという法宝であるな。城歴李氏も力が欲しかったのであろうか」


「そのようです。城歴の地は長年常河の氾濫に苦しみ、李紹成は暁片を手に入れて城歴を平安の地にしようとしたとのことです」


「大体は理解した。よかろう、七日後に儀仙堂にて会合を開くこととする。……雪雲閣は周到であるから、すでに使者は送っているのだろう?」


「もちろんです。すでに泉古嶺洞せんこれいどう天弥道てんみどう玄郭げんかくにも使者は送られています。中規模の他の門にも書状を送るために、雪雲閣にて書部の者数名が動いております」


 使者の有能さが言葉を交わすだけで滲み出ているため、儀仙堂ぎせんどうに引き抜きたい気持ちが湧いてきたが、それを我慢しながら棗は命を出した。


「では、城歴李氏の件で会合を開く旨を書状に書けば伝わるだろう。ああ、折角各勢力が集まるのだから、ついでに他の門も呼んで腕の立つ者たちに妖鬼祓いを競わせよ。”大会”を開くことも伝えてくれ」


 大会。ここでは妖鬼祓いを競い、各々の修行の成果を示す催しのことだ。黄龍のきまぐれによって数年に一度開催されている。


「ではそのようにいたしましょう。急ぎ、紙鳥しちょうにて使者宛に今の内容を伝達いたします」


 紙鳥しちょうとは、緊急時の伝達手段である。鳥を模した形をした紙であり、直接文字を書き入れて空に飛ばすと、一刻ほどで目的の人物に到着する。


 雪雲閣の書部、谢博シエ・ボーが出て行き、ザオはまた一人になった。


「これが悪しき予兆だろうか? 棗轩ザオ・シュエンよ。おまえも気になるだろう、暁片あかつきへんの行く末が」


 夕日と同じ色をしたザオの瞳が、三日月のように細められた。



挿絵

https://kakuyomu.jp/users/KanooSio/news/16818093084501965403

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