大会二日目

第34話 剣に取り憑く妖鬼

 夜が明け、大会二日目となり参加者たちは皆盛り上がっていた。早朝であるにもかかわらず静饗殿せいきょうでんにも鳥のさえずりをかき消すほどの声が聞こえてくるほどであった。


 建物の中にまで差し込んでくる日差しと濃い影は、まごう事なき快晴であると表している。常子远チャン・ズーユエンも暑さで少し寝苦しさを感じたのと、建物の外から聞こえてくる人々の声で目が覚めてしまった。


 常子远チャン・ズーユエンが寝起きで呆けていると、どこかの門下生が数人ほどで話しているのが聞こえてきたのだった。それを聞くに、この騒がしさの理由は、大会の中間発表が行われたからであると分かった。


「やはり泉古嶺洞せんこれいどうの青龍は他に並ぶ者がいないな、討伐数が違う」

「いや、天弥道てんみどうの朱雀だろう。あのように剣術にも人格にも優れた人物は他にはいないだろうよ」

玄郭げんかくの玄武なんて、私と歳が変わらないのにあれほどの成績であるとは。自分が情けなくなる」


 数人の門下生は中間発表で成績の良かった者について話をしているらしく、常子远チャン・ズーユエンも自然と聞き耳を立ててしまう。


 どうやら、現在の順位は青龍が一位で、朱雀、玄武と続いているらしい。秋一睿チウ・イールイ―― 白虎とはと言うと、何人か後に名前があったそうだ。討伐数は冷懿ラン・イーと同数であったらしい。妖鬼の出た数が少なかったのだろうか、と常子远チャン・ズーユエンは不思議に思った。


雪雲閣せつうんかくの白虎は…… 今回は成績が振るわないな。それに、昨日も大会中に襲ってきた門下生全ての剣を折ったらしい」

「大会中に襲う奴が悪いとはいえ、白虎は情け容赦ない」

「美丈夫だがあの眼光に見つめられると、誰でも足がすくむだろうよ。怖い怖い」


 ひとしきり秋一睿チウ・イールイの噂をした後、外の門下生たちの話はすぐに他の大会出場者がどれだけの成績を残しているかに移っていった。


 大会一日目、常は自分のことで精一杯で、周りの事にまで気が回らなかったため、秋一睿チウ・イールイが大会でどれだけ妖鬼を討伐したかを知らなかった。そして、他の門派の門下生がどれだけ襲ってきたかも知らないし、本人も話そうとはしなかった。


 先程のどこかの門下生達の話しぶりからして、相当な数の人間が邪魔をしに来たのだろう。大会の順位が低いのも、それが原因であるに違いない、と常は思った。


「そんなに怖い人じゃないのに」


 口は悪いけど、と常は独りごちた。秋のことは厳しいと思えども、思っていたよりも優しい。


 いつも笑顔を絶やさない冷懿ラン・イーのほうが幾らか怖いくらいだ。それはさておき、常は秋が人々から恐れられていると冷からは聞いていたが、このように噂をされるほどだとは思わなかった。


 妖鬼討伐の頭ともなれば人々から恐れられるのは必定なのかもしれないが、秋が誤解されるのは嫌だと思った。



 同時刻、常とは別の部屋にいたが同じ言葉が聞こえていた秋は、複雑そうな顔をしてしょうに座っていた。もうすでに身支度をして忙しなくしている冷も一緒にいる。


白虎殿びゃっこどの…… 襲ってきた門下生の剣を折ったのですか?」

 冷が心配そうに問いかけた。


「………… 剣に取り付く妖鬼が取り憑いたから斬っただけだ」


 そう言って秋は牀に倒れるようにして寝転んだ。


 昨日の大会中、邪魔をしに来た門下生たちに追われていると、とある妖鬼が出た。それが剣に取り付く妖鬼だった。そして、剣に取り付く妖鬼は秋にとって、とても厄介だったのだ。


 その妖鬼は剣に取り憑くと、持ち主の意思に関わらず無差別に人を傷つけようとした。邪魔をしに来た門下生たちが次々と妖鬼によって傷つけられていく。白虎である秋は、たとえ邪魔をしに来た門下生であろうとも、それを見過ごすわけにはいかなかった。


 取り憑いた剣と戦ううちに、剣から妖鬼を出さなければ討伐することはできないのだと分かった。剣から妖鬼をむりやり出すために、取り憑いた剣の刃を折ることにしたのだ。


 しかし、剣を折ったそばから妖鬼は他の剣に取り憑いて、きりがなかった。十数本ほど剣を折った秋は討伐するのを諦めて、剣から出て行く前に霊符を貼り付けることにした。そして、ようやく妖鬼はおとなしくなったのだ。


 この妖鬼が出てから数刻経っていたが、妖鬼は討伐していないため当然討伐数には含まれない。


 そのため、秋は他の参加している者よりも討伐数が少なくなってしまった。さらに、門下生たちの剣を折ったことで要らぬ噂がたち、他の参加者から怖がられることになってしまった。


「その妖鬼が取り憑いた剣だが、実はここにある」

 そう言って起き上がり、折れた剣をどこからか取り出す秋。鞘ごと布にくるまれており、剣を抜くと霊符が貼ってある。


「えっ、儀仙堂ぎせんどうの呪部に預けなかったのですか?」

 冷は怪訝な顔をして問いかけた。


「うちの呪部の董栩ドォン・シィーにやると喜ぶだろう。剣の持ち主と儀仙堂に許可も取ってある」


 満足そうな顔で秋は言った。


 雪雲閣の呪部の董栩ドォン・シィーといえば、妖鬼研究好きの変人で有名である。


 秋はたまに土産として、討伐しなかった妖鬼を董栩ドォン・シィーに持っていく。なぜならば、食べ物を差し入れに持っていくよりも幾らか喜ばれるのだという。そして今回の妖鬼であるが、人やら物やらに取り憑くものはまれに居ても、剣だけに取り憑こうとする妖鬼はあまり居ない。そのような希少な妖鬼ならば董栩ドォン・シィーは喜んで研究するだろう。


 冷は妖鬼の取り憑いた剣を遠巻きに眺めていたが、思い出したように秋に話しかけた。


「そういえば、昨日は随分と濃い霧が出ましたね」

 妖鬼の剣を大事そうに布に包んでいた秋は、興味深そうに冷の顔を見た。


「確か、常子远チャン・ズーユエンとはぐれた原因だったか」


「はい。その霧について報告したいことが一つ。……それが、うちの門下生のウェンも同じく霧に遭い、一緒に行動していた門下生とはぐれてしまったそうなのです」


「…… まるで誰かが仕組んだように、だな」


 呟くように発せられた秋の言葉を聞いて、昨日、棗绍ザオ・シャオに言われたことを冷は思い出した。


 ”誰かの思惑があったと思うのだよ”という棗绍ザオ・シャオのまろやかな声が冷の頭の中で反響する。

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