第58話 鍛錬の日々

 季節は小暑となり、日差しも眩しく温風が吹いてくるようになった。


 常子远チャン・ズーユエン秋一睿チウ・イールイ麻燕マー・イェンの手を借りて、書簡を読み進めた。于涵ユィー・ハン政主や玄郭げんかく書部の人たちも仕事の合間に手伝ってくれたので、棗绍ザオ・シャオが言ったように、立秋になる前になんとか読み終わりそうだ。


 今の時点で暁片について分かった内容は、以下の通りである。


 暁片は帝に作られて以降、度々戦の火種となった。まじないが施されているため、その力を利用しようとする者が多いのだという。


 法宝暁片が人々の前によく知られるようになったのは、今から約三百年前。


 暁片を持つ人間が現れ、暁片を巡り大きな戦となった。それを止めたのが、棗という姓を持つ青年だったという。


 そして時は流れて今から十年前、天弥道てんみどうの前身となる門が暁片を所持しているという噂が広がった。


 噂により他の門から襲撃されて、死傷者は二百人にものぼった。天弥道てんみどうの前身となる門をはじめとして襲撃した門の者、仲裁を行った雪雲閣せつうんかく泉古嶺洞せんこれいどうからも死傷者が出た。


 そして現在、“厄災を招く子”と呼ばれる少年が現れ、暁片を導くとされている。


「まさか、僕のことが書いてある書簡もあるなんて―― 」


 蔵書殿ぞうしょでんにある園林えんりんで、常子远チャン・ズーユエン秋一睿チウ・イールイは鍛錬を行っていた。常子远チャン・ズーユエンは剣を教えてもらうには基礎がなっておらず、身体の使い方から教えてもらっているのだった。


常子远チャン・ズーユエン! 鍛錬中によそ見をするな」


 ぼうっとしている常子远チャン・ズーユエン秋一睿チウ・イールイが気づいて軽い技を一手くりだすと、足元がふらついて常の視界がくるりと回った。そのまま、常の身体は地面を転がる。


「……はい、師兄! 」


 常は転がる勢いを利用して素早く起き上がり、秋に教えてもらった足さばきの鍛錬を続けようとした。


「心此処にあらず、だな。今日はここまでにしておこう」


 常が暁片の記憶を見てきてから、考え込むようになったのを秋は感じていた。真実を知ろうと思うのは良いことだが、妙な危なっかしさも覚える。


「まだ僕は鍛錬できるよ」


「そのように身が入っていない鍛錬なら、行わない方がましだ」


 そうは言いつつ、秋も暁片のことを考えてしまう。常が見てきた記憶についての話を聞かせてもらってから、真実を探求しようとしてしまう。


 そのとき、どこからか真っ白な紙鳥しちょうが飛んできて、秋の肩にとまった。


紙鳥しちょう…… ああ、雪雲閣うちのか」


 常と秋が空を見上げると、玄郭に向かって何羽もの紙鳥が飛んできているのが見えた。それぞれの紙鳥は違う色であり、差出人が分かるようになっている。儀仙堂からと思われる明黄色の紙鳥が数羽、玄色の紙鳥が一羽、他にも数羽、これだけ多くの連絡が来るということは、なにかあったのだと分かる。


 肩にとまっている紙鳥が一枚の紙に戻るように開かれていき、ひらひらと落ちてくるのを秋が手で受け止めた。

 その中に書いてあった文章を読んだ秋は、思わず息を呑んだ。紙を持つ手がこわばり、今にも握りつぶしそうな勢いだ。


「ねえ、師兄。どうしたの?」

「いや…… 」

「もしかして、僕に関係すること?」


 常がじっと秋を見つめている。常はこのごろ鋭くなった。常院楼じょういんろうを出てから、常の成長速度は目を見張るものがある。それは良いことだが、今だけは困る。秋がため息を吐いて言った。


「…… ここに書いてある内容を聞けば、お前は心を痛める可能性がある。それでも聞くか?」


 常は深呼吸をして聞いた。


「うん。僕に関わることなら、知っておきたいんだ」

「ああ。…… 分かった、話そう」


 秋が言葉を探すようにしばらく沈黙してから、口を開いた。


「刑罰を受けていた李紹成リ・シャオチァンが亡くなった。何者かに殺されたそうだ」

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