第31話 黄龍からの呼び出し
大会の一日目が終わり日も落ちた時、
三百歳を超えるという噂のある
沈黙ののち、棗が一つ問いかけをした。いや、問いかけではなく確認と言ったほうが正しい。
「雪雲閣に入った門下生、あれが”厄災を招く子”だろう?」
棗の声は滑らかであったが、棘のように突き刺さる言葉遣いには、確信が感じられる。
気づいていたのか、と冷はため息をつきそうになって誤魔化すように咳払いをした。布の向こうから、微笑むような夕日色の瞳が自身をじっと見つめていることを容易に想像できた。先程発せられた棗の言葉によって、太陽に雲が陰るように、冷の肌に触れる空気が少し冷たくなった気がした。
全く、この人は底なし沼のように得たいが知れない、と冷は思ったが外交を担当している者らしく言動には一切出さないでいる。
冷は息を吸って、わざと明るい調子で言った。
「
棗が薄く笑ったのか、小さく息を吐いたのが分かった。少しずつだが、温度が部屋に戻ってくる。
「
冷はどう答えるかを迷ったが、本当のことを話すことにした。
「政主もまだ決めかねているご様子なのです」
「そうよなあ。交易の話し合いをしに行ったと思ったら白虎が”厄災を招く子”を拾ってきたとあれば、私でも迷うさ。……さて 本題だが」
一度言葉を切り、冷に問いかけた。これも厳密に言えば、問いかけではなく要求だ。
「あの子どもと話したい。良いか?」
なぜ急に常と話したがっているのか冷には分からなかったが、棗の要望とあっては断るわけにはいかない。
「え……。 は、はい、承知しました」
冷は拱手をして、急いで常を呼びに走った。
◆
常は
冷と共に居龍殿に向かう際に、冷からは”厄災を招く子”であったことが黄龍にばれていることを聞いた。
常は
もしも
偶然が重なれば、それはやがて大きな渦となり人々を巻き込んでゆく。その渦の中心が暁片なのではないか、と常は恐れてしまっているのだ。
冷に連れられて部屋に入ると、薄い布の先に牀に腰掛けているであろう
「そう畏まらずともよい」
「は、はい」
棗のくすりと笑う声が聞こえる。
「私はお前が”厄災を招く子”であると知っている。もう
常が頷いて、隣に立っている冷のことをちらりと見た。冷は何も言わず、常を見つめ返しただけであった。このとき、冷の瞳が丸くかたどられた玉のように見えて、感情が分からなかった。常は棗に目線を戻して、一つ呼吸をした。
「僕を呼び出したのは、僕を罰したいから? ”厄災を招く子”である僕を殺したいの?」
常は霞がかった棗の姿をまっすぐとした視線で見つめた。
棗は身動きもせずに言葉を発する。雨音のような、静かな声色である。
「ああ、お前のことを殺してしまってもよい」
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