第65話 棗の先祖

 棗愈ザオ・ユィーは大会後、長らく考え事をしていた。もちろん、その間も剣の鍛錬や書物を読むことを疎かにはしていない。だが、何をしていても暁片と常子远チャン・ズーユエンについてを考えてしまう。


 そんな棗愈ザオ・ユィーのことを心配した妹の棗瑞玲ザオ・ルイリンが叔父の棗绍ザオ・シャオを問いただした。沈黙の後に叔父が語ったのは、常子远チャン・ズーユエンは暁片と関わりがあるということだった。


 暁片を持つ者を殺せ。ザオ家の家訓の一節にそのような記述がある。家訓に忠実に動けば、暁片を導くという常子远チャン・ズーユエンを殺すことになってしまう。


 常とは数回あった程度であるが、棗愈ザオ・ユィーに対して普通に接してくれた。常の言葉には策略も妬みも哀れみもない。それがなんと心地よかったことか。彼とは対等な友でありたい。彼がどのような人生を歩んできて、どのような考え方をするのかもっと知りたい。だが、ザオ家の家訓を無視することはできない。


「別に、家訓を気にせずともよい。おまえはおまえの思うままに進めばよいのだ」


 叔父はそう言ったが、家訓を気にしなくてよい理由――暁片を持つ人物を殺さなくてよい理由を教えてくれないと、どうしても納得できないのだった。


 そのとき、棗愈ザオ・ユィーの目には、暁片の話において叔父が何か隠し事をしているように見えた。叔父の困ったような顔が忘れられない。


 考えこんでいるだけでは時間が過ぎていくばかりなので、棗愈ザオ・ユィーは行動を起こすことに決めた。まずは、叔父の住まいである居龍殿で暁片とザオ家の家訓の関わりに関する書物がないかを探すことにした。


 幸か不幸か、棗绍ザオ・シャオは天弥道で起きた戦の対応をするために居龍殿を出払っていて、今は儀仙堂の門下生しかいない。叔父の目を盗んで居龍殿を調べるには、今が絶好の機会だった。


「まずはここにある書簡から探すか……」


 玄郭げんかくの蔵書殿には劣るが、居龍殿にも棗の集めた書簡が何十冊も積んである。兵法に農業の方法、方術に商いに関する書簡など、その内容は多岐にわたるようだ。


 書簡を手に取り内容をざっと読んでいくのを繰り返すと、暁片について書かれた竹簡を何冊か見つけた。内容はどれも、数百年ほど前の棗という青年に関することばかりだ。


「棗……これが暁片により死んだとされる先祖のことか?」


 叔父から、棗轩ザオ・シュエンという先祖の話は聞いていた。暁片の奪い合いで起きた戦いを身を挺して止めたのだという。命を落としたが彼は勇敢だったのだ、と。


 暁片により棗轩ザオ・シュエンが死んだために、暁片を持つ者を殺せという家訓が作られてしまったらしい。それがなければ自分がこのように悩むことはなかったと思うと、棗愈ザオ・ユィーはこの先祖が少し疎ましい。


「待て。なんだ、これは?」


 棗愈ザオ・ユィーが書簡に目を通していると、その中に気になる記述を見つけた。もう一度、指でなぞるようにして文章を読んでみる。


 ――暁片は持つのではない、宿しているのだ。暁片を持つという者が現れたなら、それは偽物だ。殺せ。

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