第27話 迷い霧

 冷懿ラン・イー常子远チャン・ズーユエンは竹林を歩いていたが、雪雲閣せつうんかくの門下生はおろか、他の勢力の門下生すら見当たらなかった。


玉剣山ユィージェンシャンは広いですが、なかなか他の者たちと会えませんね。もしや、白虎殿びゃっこどのや他の討伐頭の方々の邪魔をすることにご執心なのでしょうか」


 冷懿ラン・イーは周りを見渡しながら、常子远チャン・ズーユエンに話しかけた。


 儀仙堂ぎせんどうの大会は妖鬼を多く討伐することをただ一つの規則としているため、他人の手柄を横取りすることも他人を傷つけることも禁じられている訳ではない。


 実際に妖鬼を討伐する場合には、様々な事態が起こりうるからだ。


 もちろん剣術だけでは妖鬼に対処できないことも時には発生する。そのため大会では各人の総合的な能力の向上を図るため、門下生だけでなく呪部の人間も何人か参加していたのである。


 しかし、自身の能力に自信のない者であると、規則のない大会では狡いことをする者もいるのだという。


 白虎・青龍・朱雀・玄武の四名はただでさえ目立ち、敬遠されがちである。大会には様々な勢力が参加する。中には、大人数で四神の名を冠した者の足止めをすれば彼らを大会上位に入らせないようにできると考える者もいる。


 考えるだけならましだが、実際に邪魔をしたり失敗させようとしたりする者も出てきてしまうのだという。


「秋さ…… 師兄は邪魔されても無事なのかな…… ?」


 常子远チャン・ズーユエンは、常院楼の地下の牢で秋一睿チウ・イールイの剣術を目の当たりにしている。それでも、邪魔をされれば無事ではすまないのではないか、と心を痛めた。


「心配はしなくて良いとは思いますが……」


 冷懿ラン・イーは一旦言葉を止めて逡巡した様子だったが、


「 この大会、私は何か嫌な気配がするんですよね」


 と言った。冷懿ラン・イーの言葉に、常子远チャン・ズーユエンは一気に不安そうな表情になった。

「え…… 」


「ごめんなさい、不安にさせてしまいましたね。心配することはないですよ。白虎殿は強いですし、私もの能力はありますから」

 慌てて冷は笑顔を作った。


「うん。きっと師兄も無事だよね」

「はい」


 二人は竹林を共に歩いていたが、辺りにはうっすらと霧が出てきた。妖鬼もあまり出てこない。微かに沈香のような匂いが漂っていて、竹林しかないのに、と冷懿ラン・イーは不思議に思った。着ているものに沈香を焚き染めていた”誰か”がいたのか、それとも呪部じゅぶによるまじないの一部か。


常子远チャン・ズーユエン、霧が出て危ないので私からあまり離れないようにしてくださいね。足下をよく見て、ゆっくりと歩きましょう」


「…… 常子远チャン・ズーユエン?」


 常からの返答がない。辺りを見回すと、常の姿があったため冷は安堵する。


 しかし、二人の周りの霧は急に濃くなり、お互いの姿がうっすらとしか見えなくなってしまった。


 この霧は普通ではない。


 冷は、はっと気がついて常に向かって叫んだ。


常子远チャン・ズーユエン常子远チャン・ズーユエン! そこを動かないように!」


 常からの答えはない。常は声がもうすでに聞こえない場所に行ってしまったようだった。


 夢に落ちるように辺りは白くなり、自身の足下すらも薄くなっていく。


「冷さん…… ! 待って!」


 常のほうも、ぼんやりと見える冷を追ったが、それさえも滲むように見えなくなってしまった。


 常は何が起こっているのか分からずに困惑した。冷の口は動いていたため何かを話していたことは分かるが、その声すらも聞こえなかったのだ。


 真っ白な紙に薄墨をこぼしたような世界の中で、近くに生えている竹だけがうっすらと見える。


 こうして、二人は霧によってお互いの姿を見失ってしまったのだった。

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