第50話 牛山屋敷へようこそ
俺はフォレストダンジョン付近の、病院の待合室でうなだれる。
あの後、俺は瑠璃を病院へと運び。瑠璃は精密検査を受けたが、どこも怪我はしていないと医者は言っていた。
ただ、今も瑠璃は眠り続けている。
目を覚まさないのは、男性に襲われた精神的なショックが原因では、とのことだ。
それを聞いて、俺の怒りも再熱しかける。
あぁ、やっぱりあの時――
「殺しておけばよかったか……」
「ついて早々かなり物騒デス!?」
顔を上げると、牛山さんと藍ちゃんが息を切らしながら、そこには立っていた。
二人とも連絡見てくれたのか。
「あぁ……ごめん。ちょっと今、動揺してて」
「無理もないデス……身内が襲われたのデスから。ただ人殺しを思いとどまっただけでも偉いデス」
「ありがとう……牛山さん」
「…………」
三人は無言になる。
辺りを重苦しい雰囲気が漂う。
すろと、そこに……
「ごめん! 遅れたし!」
猫宮さんが、後から病院へと到着する。
「桃ちゃん、遅いデスよ」
「先に、行ったのに……一番、遅い」
猫宮さんが手を合わせて謝る。
「ほんとごめんだし! 現場の方に直行してたら、もう全員いなくってて……でも、ダンジョン協会の人が男を警察に差し出してたのはちゃんと見たし!」
「……約束は守った、か」
そうでないと困る。
でなければ俺は――
”あいつら全員、食い殺してたってか?”
”自分の怠惰を棚にあげるなよ”
「――ちょっと黙ってろ」
「お兄さん?」
三人が俺の方へ視線を向ける。
声に出てたか。
俺は三人に笑いかける。
「ごめん、ちょっと疲れてるのかもしれない。独り言多いかもだけど気にしないで」
「は、はぁ……分かったデス」
「疲れてる、なら……無理、しないでね」
「無理だけはマジダメ☆」
「……ありがとう」
またこの声だ。
以前にもこの薄気味悪い声は聞こえていたが、最近は特にひどい。
茜の幻聴とは、全く違う。
不快でしかないノイズ音。
――やっぱ疲れてるのかもな。
「葉賀橙矢さん、少しよろしいでしょうか?」
俺が考え事していると、看護師の人に声をかけられる。
「はい、何でしょうか?」
「葉賀瑠璃さんの検査は無事終わりましたので、問題なく帰宅することが出来ます」
「そう、ですか……ありがとうございます」
「いえ、それではお大事にしてください」
看護師が一礼すると、通常業務に戻っていく。
瑠璃の体調は問題ない。
なら後は……
「泊まってるホテルに運んでいいかどうか、だよな……」
俺が今の瑠璃から離れることは考えられないし。
だからといって、今現在泊まってるに連絡して、二人用の部屋に移して貰うことは、多分不可能だ。
夏休みで予約とか、いっぱいだろうからな。
「う~ん……どうしたら……」
俺が悩んでいると、牛山さんが首を傾げる。
「何に悩んでいるんですか? うちに瑠璃ちゃんを運べばいいだけじゃないデスか?」
「いや、でも俺が側から離れるのは……」
「……? だったらお兄さんもうちに泊まればいいじゃないデスか?」
「「「えっ!?」」」
泊まるって俺が牛山さんの実家に!?
女性の友達ならともかく、俺は男だよ!?
「いや、流石に男の俺が行くのはダメだろ!?」
「何でデスか? 実家は広いデスし、部屋はたくさん余ってます。それに、ワタシは気にしないデスよ? お兄さんが女の子襲うような人じゃないって、分かってますから」
「だからって……二人も俺となんて嫌だよな?」
俺が二人に同意を求めるが……
「うちは気にしない☆ むしろ、お兄さんいた方が楽しそうじゃん☆」
「私も、気に……しない」
「えぇ……」
いや、気にしようよ乙女三人……
男と一つ屋根の下なんて普通嫌がるもんでしょ?
今の女子高生って、みんなこんな感じなの?
牛山さんはやれやれとポーズをとる。
「それに実家にはグランマとグランパもいますから。何かあった時に数は多いほうが役に立つデスよ?」
「いや、それはそうだけど……」
「はいはい☆ いいから、瑠璃っち連れて早速行くし☆」
俺は流されるままに、瑠璃を背負って、全員が病院を後にした。
□□□
宮城県のとある山近くには大きな屋敷があった。
和風の木造作りの屋敷。
ここには、かなりお金持ちの地主が住んでいると噂されていた。
でも、まさかそんな屋敷が――
「牛山さんの実家だったとは……」
俺は手にはホテルから持ってきた旅行カバン、背中には瑠璃を背負い、屋敷の前で呆然と立ち尽くしてしまう。
「おじいさんって一体何の仕事をしてるの?」
牛山さんは首を傾け、腕組みをする。
「さぁ? 分かりません」
「いや、分かりませんって……」
これだけ大きくて、知らないなんてことはないだろう。
身内が知らないなんてことあるのだろうか。
「ワタシもあまりグランパの仕事には、あまり詳しくないんデスよ。かなりの金持ちってことくらいしか知らないんデス」
「そう言うもんなのか?」
「そう言うもんデス♪ それよりも!」
俺の服を牛山さんが引っ張る。
「話はもう通してありますから、瑠璃ちゃんを早速運ぶデス! いつまでも、このままじゃ可哀想デスから」
「そう、だな。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ牛山さん」
牛山さんが元気よく親指を立てる。
「困った時はお互い様デスよ。グランマも、ワタシが男の子連れてくるって言ったら、喜んでました」
「それ、おばあさんに別な意味で伝わってない!?」
まるで、実家に挨拶に行く彼氏みたいじゃないか。
牛山さんの実家の人たちが、勘違いしてないといいんだけど……
俺が考え事をしている時、藍ちゃんが首をギギギと牛山さんに向ける。
「……部長。少し、お話……する」
「ひっ!? 違うんデス! そんな意味で言ったわけじゃないんデスよ~!!」
「あはは逃げた☆ 部長、待て待て☆」
牛山さんが必死に逃げ、無言で追いかける藍ちゃん。
その後ろを笑いながら歩いていく猫宮さん。
「仲がいいな」
そう言って、俺は微笑む。
瑠璃を背負い、二人一緒に三人を追いかけた。
屋敷の中に入ると、中はかなり広々としており。
かなり広い旅館をイメージするといいかもしれない。
これを管理するのは、かなり大変そうだ。
でも確かに旅館と見紛うほど広いならば、俺一人増えても大丈夫そうではある。
「あらあら、早かったわね」
奥から和服がよく似合う妙齢の女性が歩いてくる。
「グランマ! この人がさっき電話で話した橙矢さんデス!」
「急にお邪魔してしまって、申し訳ありません。つまらないものですが、これ良かったらどうぞ」
俺は、前に買っておいた手土産を牛山さんのおばあさんに渡す。
「あら、礼儀がしっかりしてる、とってもいい子じゃない。柚黄、逃げられないように、彼をしっかり捕まえとかなきゃダメよ?」
「ち、違いますデス!? お世話になってるだけで、そういう関係じゃないデスから!!?」
「あらそうなの? てっきり彼氏なのかと……だとしたら、ちょっと不味――」
「うちの柚黄をたぶらかした男はどこだァァァ!!!」
奥から、雷鳴ったような声が響き。
キラリと光る刀を持った老人が姿を現した。
目が血走っており、まともな精神状態とは思えない。
「あれ、これ……もしかして、俺殺される?」
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