第63話 妹として

 私は群衆をかき分けながら、声のした方へ走る。

 段々と声が近くなり、声の発信源を目視した。

 机の上にスマホが置いてあり、そこから声が聞こえて来ていた。


『ねぇ……返事、してよ……茜に続いて、あんたまで失ったら……わたくし、どうすれば……いいんですのよ……』


 その声は今にも消えてしまいそうで、ひどく弱弱しい子供のような声で、私は心が痛くて聞いていられなかった。

 私はスマホを机からとり、耳に当てる。


「もしもし!」


『……っ! な、何ですの!』


「突然すみません、私はこのスマホの持ち主、橙矢の妹瑠璃と言います! 事前まで兄と喋っていたようでしたが、何か知りませんか!」


『……近くに、他に人はいますの――それと、周りが騒がしいですわね、何かあったんですのよね』


 先程震えた声で喋っていた人物とは思えない程、はきはきと喋ってくれる。

 私は言われるままに周りを見るが、皆逃げて行って誰もいない。


「周りには今は誰もいません。ダンジョン外にモンスターが現れて、会場全体がパニック状態なんです」


「さっきの音はそういうことでしたのね。予想はしていましたが、かなり強硬手段とりますわね。――だとしたら、鈍亀はあいつに連れ去られた可能性が高いですわね。さっき殺せないと言っていましたし、それは嘘だとは思えない。それなら近くのテリトリーに連れて行くはず。連れて行くとしたら、ダンジョン内――なら、あいつが負けるはずないですわね。全く、心配するだけ無駄でしたわね」


 早口で女の子は、状況分析を始める。

 悪態をついてはいるものの、最後心底ほっとしたようにしていた。


「情報感謝しますわ。あなたはすぐに逃げなさい」


「でも、お兄ちゃんが!」


「あのバカなら、問題ありませんわ。それよりも、あなたの身の心配を――」


 電話の相手が言葉を発そうとした瞬間、遠くで爆発が起こり、爆風がこちらにまで届く。


「うわっ!」


『ちょ、大丈夫ですの!?』


「な、何とか!」


 強い風に煽られただけで、特に問題はなかった。

 だけど、さっきより確実にあのモンスターは、こっちに近づいて来ている。


『――ビデオ通話にしてくださいまし、モンスターがどうなってるのか見せるだけでいいですわ。それだけしたら逃げていいですから』


 スマホのビデオ通話を起動させ、モンスターの方にカメラを向ける。


『……っ! わたくしが今まで見たことないモンスター、それに、あの威力の攻撃だとすると相当強いですわ――少し不味いですわね』


「不味いって?」


『少なくとも、あれ討伐にS級が十人以上は確実に必要ってことですわ』


 S級十人以上!?

 それって、お兄ちゃんが倒したレッドドラゴンより強いってこと!?


「そんな戦力何てここに――」


『えぇ、ないですわ。それに外だとするとスキルもステータスも使えない――逃げるしか方法はないですわ』

 重苦しい空気の中、私が思い浮かんだのは兄の顔だ。


 そうだ、ここにはお兄ちゃんがいる。

 お兄ちゃんが今どこにいるかは分からないけど、あのお兄ちゃんがこの状況をほっとくとは思えない。

 なら、時間さえ稼げれば――


「私が時間を稼ぎます。お兄ちゃんさえ来ればこの状況をひっくり返せ――」


『無理ですわね』


 ピシャリと言葉を切られる。


『流石にあのバカでも、戻って来てあいつを相手にするのは、ほぼ不可能ですわ。それにあなた見た所、まだ学生でしょ? なら、まだD級――』


「この前、私はB級になりました。一般で取れる最高等級です」


『……だとしてもですわ。あれは、そんなレベルじゃ――』


「例えあなたに止められても、私はやります! ここでお兄ちゃんの役に立てなかったら、私は探索者になった意味がないんです!」


 電話口から声が聞こえなくなり、その後はぁ……と深いため息が聞こえてくる。


『ほんっと、流石あのバカの妹ですわね。わたくしの言う事なんて全く聞きませんわ』


「す、すいません……」


『もういいですわ。ここまで来たら付き合ってあげます、感謝なさい』


「ありがとうございます!」


 私は電話越しだが、一礼する。

 そして、スマホの画面を見ると、あちらの様子がこちらにも映し出されていた。


 まるで、絵本の中から出て来た人形さんのような整った顔立ちに、ゴスロリ。

 青髪のツインテールが特徴の小柄な体格。


 こんな状況でなければ、見惚れてしまいそうだった。


「綺麗……」


『わたくしじゃなくて、目の前のことに集中なさい――走りますわよ』


「えっ、でも私逃げませんよ?」


『おバカさんなの? スキルとステータス使うのなら、向かうべき場所があるでしょ?』


「ダンジョン!」


 私はフォレストダンジョンに向かって走り出す。

 入口には警備の人もおらず、楽々と侵入出来た。

 体に力が入り、魔力も十全に体に流れ込む。

 だけど、ここからが問題だ。


「自分の武器置いてきてないんですよね。入口のレンタルすれば、いけるかな?」


『レンタルじゃ対して火力出ませんわよ? まぁ、そこら辺の武器じゃあまり変わらない気がしますけど』


 一応知ってるか分からないけど、武器屋の名前言ってみるかな。


「雷神って所で買ったんですけど――ダメですかね?」


『むしろ、そこより良い武器屋はわたくし知りませんわ、良かったですわね。どんが――橙矢にしては上出来のセンスですわ』


 電話口から嬉しそうな声が聞こえてくる。

 もしかして、親方さんと知り合いなのかな?

 お兄ちゃんと友達みたいだし……って。

 あっ!


「お名前、そう言えば聞いてませんでしたね」


『そうでしたわね。わたくしは宇佐美菜月と言いますわ。どんが――橙矢の元パーティーメンバーですわ』


「えっ!? 宇佐美さんって、あの兎姫さんですか!? わずか十八歳で二つ名持ちになった天才の!!」


 日本の数少ない二つ名持ちでサブマシンガンの二丁使い。

 ダンジョンを駆ける姿は正に兎のようだとか。

 そんな凄い人と組んでたのお兄ちゃん!?


『……ちょっと、喋りすぎましたわね。もう一度言いますが、今はわたくしのことより、目の前のことに集中なさいまし』


「は、はい!」


 すごい人の目の前にいると思うと緊張してきた。

 だけど、今はそんなこと言ってられない。

 私が気を引き締めて行こうとした時、カツンと靴音が聞こえる。


「……」


 音のした方へ目を向けると、獅子の仮面を被り全身が見えないようにローブを着こんでいる人物が立っていた。


「あ、あの……何か御用でしょうか?」


「……」


 私がそう言うと、その人物が無言でケースををこちらに手渡してくる。

 恐る恐る見てみると、それは私の武器ケースだった。


「何であなたが私の武器持ってるんですか!?」


「……」


 私の質問には答えず、グイグイとケースを押し付けてくる。

 その人物の押しに負け、私は武器ケースを受け取った。


「……」


 瞬間、目の止まらぬ速さでその人物は走り去っていく。


「い、一体何だったんでしょうか?」


『……さぁね。まぁでも、これで武器は手に入りましたわ――今更ですけど、あなたのそれ近接武器じゃないですわよね?』


「大丈夫です! 私の武器はスナイパーライフルなので!」


『なら、いいですけど……』


 私は武器ケースから、相棒を取り出して、地面に伏せる。

 バイポッドをセットし、その上から銃を乗せた。

 スマホを立て掛け、宇佐美さんにも見えるようしておく。


「ふぅ……それじゃ――いきます」


『……』


 銃に魔力を最大限流し込む。

 銃口からバチバチと電気が集まる。

 かなり、魔力を流したけど――これじゃ足りない。

 あれを撃ち抜くには、全然足りないんだ。

 なら、もっと――もっと力を!


「【スキル:限界突破】」


 瞬間、自分の魔力量が大きく膨れ上がる。

 さらに魔力を流し込んでいくと、電気が渦巻く球体が更に巨大になった。

 でも、まだ……まだ!


『ちょっと、あなた! 目から血が出てますわよ! これ以上はあなた魔力欠乏症起こして死にますわよ!!』


 そんな言葉をスルーして、私は四つ目のスキル準備を始める。


「まだ、足りない――力貸して」


『ほんと、この兄妹は、何で人の話ちゃんと聞かないんですのよ!』


 電気の渦球に炎が加わる。

 球体の形が変わり、鳥のように形成していく。

 弾丸の形は得意だけど、何故かこの形はしっくりくる。


 火と雷の鳥は瞬く間に大きくなり、ビルくらいのデカさとなる。

 これだ――ようやく納得いく威力にまで上げれた。


 私はようやくスコープを覗き込む。

 狙いはいらないと思うが、弱点部位らしき部分を狙う。


「弱点は……多分頭だと思うんだけど」


『――狙うのなら目ですわ。同じシューターの先輩としてのアドバイスですわ。……これくらいは聞きなさいな』


「了解」


 言われた通りに目部分に照準を合わせ、トリガーに指を置く。


「もう私は、お荷物なんかじゃない――お兄ちゃんを今度は私が、助けるんだ!」


 息を全て吐ききり、トリガーをしぼった。


「雷鳴朱雀!!!」


 刹那、巨大な火の鳥が亀の瞳めがけて飛んでいく。

 地を割るような音が地上を駆け抜け、ゴォォと燃えて火の鳥は音速を超える。


 避けることも出来なかった亀のモンスターの瞳を着弾と同時に火柱が上がり焼き焦がす。


「ギュルルルル!!!」


 亀は大きな絶叫をあげた。

 本気だった――これ以上ない一撃だったはずだ。


 だが、モンスターは目を潰したのと数秒足を止めさせただけだった。


「これでも……ダメ、なの……なら、もう一発」


 瞬間、目の前がグニャリと歪むような感覚に襲われる。


「あ、れ?」


 伏せたまま私は指一本すら動かせなくなる。

 流石にもうあの一発撃つだけでも、限界のようだ。

 ズシンズシンとモンスターが近づいてくる音が聞こえる。


「まだ、まだ私は……お兄ちゃんの、役に……立ってないのに……」


『嫌、ダメ……わたくしの前で死ぬことなんて絶対に許しませんわよ! 起きなさい! 起きてってば!!』


 宇佐美さんの声にすら反応すら出来ない。

 もうダメだ……。


 そう思った瞬間だった。

 大きな轟音が響き、ズシンズシンと近づいていた音が遠のく。


「よくやった瑠璃、流石俺の妹だな――今回は本当に助かった……だから、少し休め」


 そして、温かい手が私の頭に乗る。


「あとは――俺に任せとけ」


 私は安心して目を瞑った。

 だって、もう負ける未来が見えないからね。


 後はお願いね……お兄ちゃん。

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