第64話 最強の盾

 瑠璃に回復薬を振りかけ、一応の応急処置をする。

 出血がひどい……無茶しやがって……。


『遅いんですわよ鈍亀!』


「これでも急いだんだよ! 90層からここまで走り抜けてきたんだぞ!!」


『言い訳無用ですわ!』


 はぁ……はぁ……と走って呼吸が荒くなったのを何とか抑えようとする。


 ほんと、こいつはムカつく事しか言わない。

 瑠璃と一緒にいた見たいだが、何か暴言とか吐いてないだろうな?


 すると、横からパチパチと拍手する音が聞こえてくる。


「まさか間に合うとはね。流石の僕もびっくりしたよ」


 サタンは勝負に負けたというのに、ニコニコと笑いながら近づいてくる。


「【叛逆者】のスキルでDEXを上げて、途中でポーションの素材を丸かじりして、更にDEX上昇。後ろからついてくるだけでも大変だったよ」


「嘘つけ、俺の後ろにぴったり追いついてきたくせに」


「あっ、バレた♪」


 大して可愛くないウインクを、こちらに向けるサタン。

 俺は無視して、瑠璃に魔力回復ポーションをかけた。

 苦しそうだった呼吸も、スゥスゥと穏やかになる。


「あれ? 随分と用意がいいね?」


「元々、話し合いが出来なかった時のために色々と準備はしてたらかな――だけどな」


 ――刹那、俺は全力でサタンを蹴り飛ばした。


「妹は関係ねぇだろうが、巻き込むんじゃねぇよ」


 サタンの体が遠くへ吹っ飛ぶが、全くの無傷で空中に黒い翼を広げて対空する。

 そして、サタンの表情が一変して、雰囲気がいつもと変わる。


「カッカッカ! 家族のために怒るか、いい憤怒じゃな! 気に入ったぞ人間!」


 先程の子供っぽい雰囲気はなく、今は老人のような口調になり、まるで別人のようだった。


『あぁ、ようやく納得いきましたわ。傲慢でサタン、その時点で気付くべきでしたわ』


 宇佐美が何故か納得したようにそう呟く。


『――あなた、多重人格ですわね』


「半分正解と言った所じゃな、一つの体に魂が二つの状態で厳密には違うが、まぁいいじゃろう――では、改めて名乗ろうか!」


 サタンは地上に降り立ち仁王立ちする。


「フォレストダンジョン統括魔族、憤怒の魔王、ワシが正真正銘のサタン、あっちの人格が傲慢の魔王ルシファーじゃ! 今は訳あってあやつの体を借りておるがな? カッカッカ!」


 サタンはそう言って、豪快に笑う。

 二重人格……ねぇ……。

 どうしてか、話を聞きたくはあるが、今はそんな事より。


「いいから、さっさとあのモンスター消してくれよ。そういう約束だろ!」


「うむ……」


 サタンが考えるそぶりを見せて、その後深いため息をついた。


「おい、人間。ルシファーからの伝言じゃ、力を貸すとは言ったが、あのモンスターを何とかしてやるとは言っておらんと――全く、ルシファーは相変わらず屁理屈ばかりじゃ……」


「ふざけんな!」


 俺はサタンの胸ぐらを掴む。


「ワシに言われても困るんじゃが……」


「だったら伝えろ。何とかできないなら、あいつを倒すだけの力をよこせ! 今の俺じゃ、あれから誰も守れねぇ!」


「……」


 サタンがルシファーの方と話しているのか、少し黙り、それから口を開く。


「いいよ~、だそうじゃ――面白そうじゃ、ワシも力を貸してやろう」


 サタンが俺の腕輪に手をかざす。

 瞬間、キーチェーンが二つ増える。


「このキーチェーンは?」


「ワシらの眷族になった証じゃよ。人間、お前さんは四体の魔王の眷族になった――憤怒、傲慢、暴食、怠惰、歴代でもここまで多くの魔王の眷属になった人間は初めてじゃよ」


 俺は体の調子を確かめるがいつもと変わらない。


「……力増してるようには感じないが?」


「そりゃ、そうじゃろう? 全部封印状態じゃし」


 サタンは何を当たり前のことをと言わんばかりに首を傾げた。


「その腕輪は言わば、溢れる力の抑制装置。キーチェーンを引き抜けば、ワシらの力の一部を貸し与えなければならない。そういう契約じゃ――だが、過ぎた力は身を亡ぼす。最悪、精神崩壊か肉体の消失を招くぞ?」


「……」


『鈍亀、分かっていますわね。そんな物使うべきではないですわ――死にたいんですの』


 宇佐美はそう言って、釘を刺してくる。

 確かに危険な代物らしいな。

 ――でも。


「お前こそ、分かってんだろ? あのモンスターを放置したら、人が大勢死ぬ。それに退却したって、あれを倒す手段はない――結局、これが一番可能性が高いんだ」


『…………』


「だったら、俺はやる。もう二度と、目の前で誰かが何かを失う姿なんてもう見たくない。俺が全部守ってやるんだ」


 俺はキーチェーン全てに手をかける。


「――だって俺は、最強の盾だからな!」


 全てのキーチェーンを引き抜く。

 瞬間、腕輪から今まで抑えられていたものが放出される。

 黒い靄が身体中に纏わりつき、体を乗っ取ろうと精神にまで入り込んで来た。


「ガァァァ!!!」


 辺りに咆哮が響く。


「――やはり暴走しおったか」


 サタンは、はぁ……とため息をつく。


『そんな……噓……でしょ……』


 宇佐美が消えそうな声でそう言うと、サタンは首を横に振る。


「残念じゃが、人間はもう、手遅……」


「あぁ、クッソ……これ付けてるの最悪な気分だな。久し振り武器握ったけどこんな重かったけか? それに盾って言ったのにこの姿全然盾らしくねぇじゃねぇかよ」


「『……!!?』」


 目の前の黒い靄を振り払う。


 俺は片手にはケルベロスが彫られた三又の槍。

 もう片手に先がフェニックスを模した杖を装備。

 背中には白い翼、顔には悪魔のような面を被った状態で俺は靄から登場した。


「まさか、成功させたのか!? 四つとも!!?」


 サタンはあり得ないものを見るようにこちらを見ていた。


『鈍亀、あんた本当に鈍亀なの?』


「鈍亀じゃねぇって言ってんだろうが!」


『やっぱり、その間抜けな回答は鈍亀ですわね』


「――今度会ったら絶対にぶっ飛ばすからな? それよりも今は……」


 俺は背中の翼を使って飛翔し、武器を遠くの亀に向ける。


「あのモンスター倒すのが先だ、な!」


 翼をはためかせ、モンスターの元まで加速した。

 人間の体にはない翼という器官だというのに、自在に操ることが出来る。

 モンスターが俺が近づいてきたのを察したのか、目を潰されているというのにこちらに顔を向けた。

 ――攻撃が来る。


「【傲慢の翼フェイクフェザー】」


 バサッと翼の羽を広げると、落ちた羽根が姿を変える。

 俺が大量に分身する。

 そのまま、俺達はモンスターに突っ込む。


 モンスターは背中の木からビームを放ち、俺を撃ち落とそうとする。

 ビームが速すぎて、避けきれずに撃たれた。


 だが、当たったのは大量の分身体の方で、本物の俺は全くの無傷だ。


 ビームを何度も撃つが、距離が離れることなくどんどんと距離を縮める。


「【凶化:弱点看破】」


 俺は仮面越しにモンスターを見ると。背中にある木の根元が光る。


「あれだな、距離もそろそろ射程圏内だ」


 さらに加速し、光る場所まで一直線に飛ぶ。

 ビームの弾幕も激しくなり分身体もかなり減った。

 だけど、俺にはいつもの十八番がある。


「【凶化:鉄壁】!」


 黒いオーラを身に纏って進み続ける。

 そして根元に俺は到着した。


 後はここに強力な一撃を叩き込むだけだ。

 左手の杖を掲げる。


「【怠惰なる杖スペル・アケディア】」


 杖に魔力が収束していく。

 スキルのない俺でも魔力を扱うことが出来る。

 多分これを魔術に変換も可能なんだろうな。

 ――これが、魔術を扱う感覚なのか。


 だが、魔術に変換せず、俺は右手の槍を魔力に突き刺す。


「大気の魔力を喰らえ【暴食の牙グラーズファング】」


 槍が魔力を吸収し、黄金のように光り輝く。

 俺は地面に突き刺すために槍を構える。


「【憤怒の鬼面ラースオーガ】」


 瞬間、体中に力が漲ってくる。

 時間が経過すればするほど、どんどんと力が湧いてきた。


「まだ、だ!」


 俺は最大になるまで、ジッと槍を構えた状態で待つ。

 その間にもビームの攻撃は今だに続いていて、鉄壁がビームによってドンドンと削られていく。


 ビシッと鉄壁にヒビが入ったかと思うと、パリンとオーラが砕け散る。

 その瞬間にようやく力がフルチャージされた。


「茜、もう一回借りるぜ! 模倣……槍穿ッ!!!」


 俺は持ちうる全ての力を込めて、木の根元へと槍を刺突した。


「ギュルルッ!!?」


 モンスターも痛みから絶叫し、ビームを自傷覚悟で撃ってくる。

 ビームがガトリングのように注がれるが、狙い定まってない攻撃は俺に当たることはない。


「もう――遅い!! 貫ぬけッェェェ!!!」


 バキッ……モンスターの甲羅にヒビが入った瞬間。

 ドガァァァン! という轟音が響く。

 モンスターに風穴が開き、風通しがよくなる。

 ドォォン! という音と共にモンスターは倒れ絶命した。


 俺はその様子を飛翔しながら、空中で見ている。

 そして、瑠璃達の所へ戻る際に背を伸ばして……。


「さて、こいつをどうやって食うかな」


 このモンスターをどう調理するか。

 吞気に、そんなことを考えていたのだった。

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