第65話 ユグドラシルタートル鍋を囲んで大団円
その後、どうなったのかというと……。
「さぁ、お時間がやって来ました! タヌポンの生配信料理ショー! 言ってみましょうか」
わぁぁぁと歓声が上がる。
端的に言ってしまうと、問題なくイベントが進行している。
俺はチラリと端にいるルシファーを見やると、視線に気付いたルシファーの野郎が悠長に、こちらへ手を振ってやがった。
反省の色なしかよあいつ!
――まぁ、償いはしっかりとしたから俺はこれ以上言えないんだがな。
幸いにも死者はいなかった。
大きな怪我を負ったものはいたが、命に別条がある人はいなかったらしい。
瑠璃も病院で治療を受けているが、特に問題なくすぐに目を覚まして退院した。
なお、瑠璃たちは最前列で俺の料理ショーを見ている。
そして元凶のルシファーだが、壊れた建物を自らの力で直して、今回の騒動に関わる人々の記憶を上手く改ざんしたらしく、しかも、ほぼそれを一瞬でやってのけた。
つまり、今回の事件はなかったことにされたのだ。
――絶対に事前に準備してたろあいつ。
だから、死傷者も死者もゼロだったと言う話も納得がいく。
結局あいつの噓に振り回されただけな気がするよ。
そして、倒したモンスターの処理はというと。
「今回は普通に料理をする、はずでしたが! な、な、何と! ダンジョン協会から新種のモンスターが飛び込みで持ち込まれ、その調理を快くタヌポンさんが引き受けて貰ったため、予定を大幅に変更して新種のモンスター調理をしてもらうことになりました!」
――いや、本当にふざけんなって感じだ。
ルシファーがドヤ顔でこっち見てんの、ウザイ。
何いい仕事しましたみたいな顔してんの?
元凶お前だし、あと始末まで押し付けやがって。
横にある、巨大な亀のモンスター。
正式名称、ユグドラシルタートルの処理された肉の山を見て、うんざりした顔をする。
視聴者には、仮面してるから分からないだろうけどさ。
「それでは、早速意気込みを聞いてみましょう」
「はい! 慣れないモンスターですが、精一杯頑張ります!」
”あとでルシファーの野郎覚えてろよ”
俺は本音を隠しながら、笑顔でそう答えた。
「気合十分のようですね! それでは、ちょうりぃ~スッタ~ト~!!」
銅鑼の音が響くと、俺は料理に取り掛かる。
まずは、事前に毒消し草と麻痺消し草と一緒に茹でて置いたベジソルジャーを一口大に切っておく。
ベジソルジャーは、ネギ、白菜、ニンジン、ゴボウ、ニンジン型のを使う。
きのこ類も忘れずに、シイタケとエノキも食べやすい大きさに切る。
「それから、この解体して、いつもの黒スパイスでしっかりと調理済みのユグドラシルタートルを……」
俺は手を挙げて合図を送ると、ゴゴゴと機械音が響く。
すると、近くのステージの扉が開き、そこにとても巨大な鍋が設置されていた。
「この大鍋を使って、鍋でもしていこうと思います!」
「おぉ……凄いスケールですねっ!」
この鍋は、同じ東北地方にある山形の芋煮大会っていうイベントで使われてる大鍋とコンロを今回は特別にお借りした。
こんな大鍋あるんだと、聞かされた時は俺もびっくりしたよ。
その大鍋には予め、水と酒、ショウガが入れてあり。
沸騰する時間も今が丁度よく沸騰するように調整しておいた。
「ですが、さっき切っておいた量ではこの鍋には少ないのでは?」
「俺が切ったのはデモンストレーションの一部ですが、裏には大量の切られた野菜があるのでご安心してください。それでは具材を入れていこうと思います」
俺とスタッフの人たち、そしてしっかりと洗浄したショベルカーで具材を、鍋に火の通りにくい食材から順に入れていき、ショベルカーでかき混ぜる。
重機で調理するという、あまりにも圧倒的な光景についつい見入ってしまった。
俺はワクワクするのを押さえて、調理に集中する。
あくをしっかりと取り、ぐつぐつと食材に火が通ったら、醬油、塩を重機で豪快に入れ、味を整えたら……。
「完成、ユグドラシルタートル巨大鍋だ!」
「おぉ! 会場中に醬油のいい匂いが立ちこめてますね!」
「この料理は、今日来場していただいた皆さんに無料でお配りしますので良かったら食べて下さいね!」
そう言うと、はちきれんばかりの歓声が会場中に響く。
会場内は前までの喧騒が噓のように、活気に満ちている。
この光景を守れて、この時俺は本当に嬉しく思った。
□□□
「おぉ……これは美味じゃな!」
「ほんと呑気だなお前」
サタンが俺が作った料理を美味しそうに食べる。
「だってワシあいつの悪事に関わっていないもん♪」
そして、箸をこちらに向けた。
行儀悪いからやめろっての。
俺は服を着替えて会場内で作った鍋を食べながら、俺とサタンは談笑してた。
ルシファーの野郎、俺が近くに来たと分かった瞬間にサタンに交代しやがって、怒るに怒れないじゃんか。
俺は、はぁ……とため息をつきながらパクリと食べる。
瞬間、口の中にスープに溶け込むプルプルとした食感と何度食べても飽きない和風の味つけに、思わず頬を緩ませる。
「うめぇ~~亀の肉から溢れ出した、まるでコラーゲンのようなプルプルとした食感に、煮込んだ野菜の甘味と醬油のハーモニー! 椎茸も影の立役者として、だしの役割をしっかりはたしてなお、グッド! これに卵とご飯入れた雑炊も美味しくなりそうだ!」
「……お前さん、まさかいつもそんなことやっておるのか?」
俺は首を傾げた。
「食材に感謝して賛辞を送らなければ失礼ってもんだろう? それが食べる物に対する礼儀だと俺は思ってる」
「人間は相変わらずよく分からんのう」
そう言って、サタンは遠くの景色を見ていた。
夜になりライトアップされた会場。
大鍋を囲み美味しそうに食べる人々。
そんな平和な光景を見て、サタンは微笑んでいた。
「……やはり、人間の営みを見るのは楽しいのう」
「意外だな、てっきり人間なんて眼中にないのかと思っていたよ。特にルシファーの野郎は人間を餌扱いするし」
「――まぁルシファーにも事情があるんじゃが、言い訳にしかならんし詳しくは言わんよ。それに他の魔王は知らんがワシは人間が好きじゃよ。誰かに、怒り、噓をつき、妬んだり。誰を愛したり、人の物を欲しがったり、そうかと思ったら怠けてみたり。はたまた……」
俺を指さしてサタンは子供のように笑う。
「食べることを楽しんだりする。そんな人間達を見ていてワシは飽きん――何かに夢中になれとるというのは、素晴らしいことじゃからな。じゃから人間を滅ぼそうとも、助けようとも思わんが、見守りたいとは思っとる」
「魔王全員がそのスタンスだと助かるんだけどな」
「カッカッカ! ワシが異端なだけじゃ、他の魔王は人間に迫害を受けて、この世界へ辿り着いたんじゃからな。安住の地を求めて、人間を恨みながら――のう」
「迫害? おい、それどういうこ――」
俺はその答えを聞こうとサタンの方へ振り返ったが、その場所には空の器と箸が置いてあるのみでサタンの姿はなかった。
「ご馳走になった、また会おうぞ人間。その時は敵としてか味方になるかは分からんがのう……」
声だけがそう響いて、以降声は聞こえなくなる。
「気になる事だけ言って消えやがって」
俺は、近くの椅子に座って今までの事を振り返る。
オズっていう組織の目的は、魔族の殲滅。
構成員は、猫宮桃ちゃんがライオン、牛山鈴雄ことブリキ、そしてドロシーとカカシって奴がいる。
話からすると、他にも構成員がいる巨大な裏組織っぽいんだよね。
対してダンジョン協会は魔族……っていうか、亜人? 達が運営していて、人間にバレないように表で動く拠点。
目的は、魔王ごとに異なる。
少なくとも、ルシファーは人間を憎悪していた。
サタンは傍観勢で、暴食、怠惰は目的が分からない。
他の魔王の行方も分からないと……。
俺は天を仰ぐ。
「ここに来てから情報が増えすぎなんだよな」
確かに大変だったが、それでも収穫はあった。
茜の死の真相を知る、手掛かりがある場所が分かった事。
俺が強くなり、同時に大切な人を失った。
始まりのダンジョン。
死霊蠢く京都のダンジョン――ネクロダンジョンに。
「やっぱ行くしかないよな……そして、決着をつける」
俺は決意を胸に拳を強く握る。
――前に進むためにもな。
「お兄ちゃ~ん♪ そんなとこにいないで、こっち来なよ~♪」
遠くから、瑠璃が手を振って、俺を呼ぶ。
「怪我人なのに、全く瑠璃は元気だな」
俺は椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩いていく。
色々とこれから大変なことがあるだろう。
だけど、今はこんな何気ない日常を楽しむのもいいかと。
そんなことを考えて、俺は頬を緩ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます