第54話 キングビーの解体処理
俺がしばらく廊下を歩いている途中で、そう言えば台所の場所を聞いていないことに気付く。
未知のモンスター食材の調理に浮かれすぎて、聞くのをすっかり忘れてしまった。
「今更戻って聞くことも出来ないし……どうしようか」
う~んと悩んでいる時、どこからかパチパチとよく聞きなれた、油で揚げている音が響く。
「こっちだ!」
俺は音が鳴る方へと走り出す。
しばらく走ると、とある一室にたどり着く。
中を覗くと、和風の造りに合った、調理器具の数々。
だが、どれも長い間使い込まれているものの、現役バリバリだ。
補修などもしっかりされており、この台所が大事に使われている事が一目で分かった。
「おや? 話し合いは終わったのかい? 夕食にはまだ早いわよ?」
油の入った鍋の前に、牛山さんのおばあさんが立っていて、こちらを不思議そうにこちらを見る。
その表情がどことなく、牛山さんに似ていて、家族なんだなと改めて思った。
近くには、バットの上にいい色に揚がった色とりどりの天ぷらが乗せられていて、今日の夕食は天ぷらをしようとしているのが分かる。
とても美味しそうだ……じゃなくて!
「いえ! 食事を食べに来たのではなく、おじいさんに言われて料理を作りに来ました!」
「あの人から? 珍しいこともあるもんだね。あの人が私以外の料理を食べたがるなんて……いや、もしかして……」
俺はキョロキョロと見渡す。
「ここにキングビーがあると聞いてきたのですが」
「やっぱり! あの人、お客さんにまた無茶なこと言って!」
牛山さんのおばあさんが遠くをギロリと睨む。
いや、むしろ俺がお願いしたことなんだよな。
とはこの雰囲気じゃ言えそうにない。
「えっと、俺モンスター料理するのに自信があるので、任せてもらえませんか?」
「そう? 迷惑でないのならいいのだけど……キングビーは外にあるよ。ここから勝手口のドアから外に出ると直ぐさ」
「ありがとうございます!」
俺は勝手口から元気よく出て、その姿を視認する。
「これがキングビー、か」
人程の巨体の蜂型モンスター。
大きな毒針と大きな顎で獲物を捕らえるだろう。
生きていたなら、だが。
もうそれは息絶えており、生命力を感じられない。
ブルーシートの上に置かれた存在感だけがある死体だ。
「さて、取りあえずこいつをバラすか……って、道具は~っと」
俺に食べさしたって言ってたし、多分近くにバラした道具があるはず。
数秒間周りを観察していると、キングビーの後頭部に何か光るものが刺さっている。
それを抜くと、キングビーの体液が付着した包丁が取れた。
「うげっ!?」
俺は包丁を軽く振ると体液が綺麗に落ちた。
体液が少しも包丁に付着していない状態になる。
「拭いたわけでもなく体液が取れるって、すごい包丁だな」
まじまじと観察すると刃物の材質に俺は見覚えがあった。
親方の所でバイトしてる時に見た、鳥取県にあるストーンダンジョン90層ボス、アダマントゴーレムの素材にとてもよく似ている。
確か、現状最高にして、最も硬い鉱物だから、値段がかなり高かった印象があるんだけど……
「それを野ざらしにするなんて……金持ち怖い」
持ってるだけで震えが止まらない。
でも、確かにこれならモンスターの解体出来ないものなんてないだろう。
「ちょっとお借りしますね」
俺は片手で包丁を構える。
解体する部分に狙いを定めた。
「なるべく早めに終わらせよう」
じゃないと、高い物持ってる緊張感で、俺の心臓が持たない。
――数分後、解体は無事終了した。
なんとか可食部分と食べられない素材部分に、綺麗に分けることが出来て良かったよ。
手が震え過ぎて、別なところまで切りそうになった。
「さてさて、味は~っと」
一口切り取り見ると、全体的にコボルトのような白身、だがコボルトとは違いとても肉質が柔らかい。
とりあえず、可食部分を生で食ってみた。
俺はキングビーを口にする。
「やっぱり硬くはない、そして海老に似た風味で美味しい……けど――」
舌先をピリッと痺れるような感覚が走る。
「毒……あと麻痺か。この感じだと使うのは、毒消し草と麻痺消し草、火を通すのは必須かな? ――何か久し振りだな、この手探りな感じ」
昔にモンスターを何とか食べようとして、試行錯誤したことを思い出し、俺は未知の食材に自分でも分かるくらい、ワクワクしていた。
「よし、味は確認した。流石に台所借りるわけにもいかないし。なら、後は俺の調理器具をカバンから――」
俺は自分の調理セットを取りに戻ろうとした時だった。
「お兄さん……これ、探してる?」
後ろから、か細い声で声を掛けられる。
振り返ると藍ちゃんが俺の調理セットが入ったバックを重そうに持って、立っていた。
「藍ちゃん? 何でここに?」
「たまたま、目に入った……から。モンスターの、解体……してたから、必要かな……と思って」
「ありがとう! 本当に助かるよ!」
藍ちゃんから、バックを受け取りお礼を言った。
その時、一瞬だったが少し藍ちゃんの表情が暗かったように感じる。
もしかして……
「……瑠璃のことで悩んでる?」
「やっぱり、分かるん……ですね」
藍ちゃんは申し訳なさそうにそう言った。
でも、あれは仕方がないというか。
瑠璃が襲われたのは、俺の責任だ。
襲ったあいつは確かに悪いが、俺も考えが甘かった自覚はある。
誰かが俺を恨んで、俺の周りの人間を狙う可能性は十分にあったのだ。
それを考えなかった俺の失敗。
「むしろ、藍ちゃんや牛山さん、猫宮さんが巻き込まれなかったのが、不幸中の幸いと言えるよ。――ただ瑠璃に深い傷を負わせたのは俺の……」
「悪いのは、あいつ! お兄さん、悪く……ない!」
「あぁ、それは分かってるよ。ただ情けなくなったんだ」
どれだけ強くなっても、大事な者一つ守れないのかと、もっと俺が早く駆けつけていれば、あんなことにならなかったのではと。
自己嫌悪は留まることを知らない。
「だけど……いつまでも落ち込んでいられないよ。今までよりもっと強くならなきゃと改めて思ったし。それに、今は瑠璃を元気づける方が先かなってさ?」
「お兄さん……」
「だから、藍ちゃんも瑠璃が起きたら、笑って迎えようぜ? 瑠璃が起きた時に暗い顔してたら、心配になるだろうしさ?」
俺は人差し指で口角を上げて笑う仕草をとる。
「そう、ですね。笑って、迎え……ましょう」
藍ちゃんはそれに釣られてクスリと笑う。
笑顔になったみたいで良かったよ。
もしかして、瑠璃も昔の俺を見ていた時は、こんな気持ちだったのかな……。
俺はバックを地面に置き、広げる。
「さて、笑って迎えるためにも、瑠璃が喜びそうな美味しい物でも用意するか!」
バックからいつもの調理セットを広げて準備をした。
こんなこともあろうかと、事前にクーラーボックスに他の食材とかも買ってあるし。
今日作りたいものは、これで十分調理できるな。
それに、タイミングも丁度いい。
「お兄さん、今日は……何、作る……の?」
「キングビーの天ぷら……後、瑠璃の好きな甘ったるい菓子かな」
俺は笑って、藍ちゃんにそう返答した。
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