第55話 キングビーの天ぷら

 俺はまず、キングビーを一口大に切り、キッチンペーパーなどで水気をしっかりと取っておく。

 こうすることで、油跳ねを防ぐことが出来る。

 よく水気を切ったら、薄力粉を打粉としてまぶす。


「これで、もう……揚げる?」


「このままだと、ほぼ素揚げ状態だよ。衣をしっかりと付けないとね」


 次に衣を作る……と言いたいが、その前に鍋に油を入れておき、コンロに火をつけて、大体180~190℃位になるまで温めておく。


「温めている間に、事前に出しておいたボウルに、薄力粉と片栗粉、乾燥させた毒消し草と麻痺消し草、そして塩を一つまみ入れる。そこに……」


「スーパーで、よく売ってる……氷? でも、溶けてる……よ?」


「いいんだこれで、欲しかったのは氷水。冷水だから」


 氷水を入れて、箸で三回ほどかき混ぜる。

 ダマが残るかもしれないが、これで問題ない。

 あまり、天ぷらの衣はかき混ぜない方が、揚げた後にサクッとした食感に仕上がる。


「そしてここに、さっとキングビーをくぐらせて」


 鍋の油に、キングビーを投入する。

 ジュワァァ! と揚がる音が響く。

 キングビーが揚がる油のいい匂いが辺りに広がる。


「いい、匂い」


「揚げ物の醍醐味はやっぱこれだよな」


 キングビーに火がしっかり通るように、ひっくり返しつつ、揚がるまで待ち。

 狐色になったら、バットに乗せ、余分な油をとったら。


「さらに盛り付けて、完成! キングビーの天ぷらだ!」


「おぉ……」


 黄金色に光り輝く衣に熱々のため湯気が上がった。

 その光景を見ただけで、この天ぷらはどんな味なんだろうとか、上手く衣はサクッとなっているのだろうかとか、色々な想像が駆り立てられる。

 この天ぷらに今すぐにでもかぶりつきたいと、体が欲して仕方がない。


 ゴクリと唾を飲み込む。


「は、初めての食材だから……味見しないと、な?」


 箸で揚がったキングビーの天ぷらの一つをとる。

 キラキラと油が光り、キングビーの可食部分は、白身魚のような、色見に近いだろう。


「い、いただきます」


 天ぷらを一口頬張った瞬間、サクッ! と言う小気味いい音が響く。


「美味~い! 高級海老を彷彿させる味が口いっぱいに広がり、衣のサクサク感がまたたまらない! それに口当たりがふんわりとしている分、食べたことすら忘れそうなほどだ! 箸が止まらくなりそうだ!!」


「うん、とってもおいひぃ……」


 いつの間にか、藍ちゃんも隣で天ぷらを食べていた。


 俺が最初食べたの毒味の意味合いもあったんだけど……。

 まぁ、大丈夫そうならいいか。

 見たところ、状態異常とかにはなってなさそうだしな。


「じゃあ、これは完成ってことで、次いくか」


 クーラーボックスから、卵、牛乳、ホットケーキミックス、そして……


「それって、お土産屋に……売ってた、フォレストビーの……蜂蜜?」


「ほんと、モンスター食材は無いのにこういうのは普通に売ってるんだよな。これだって、用法容量守らないとかなりの劇薬なのにさ?」


「それは、そう。だけど……普通、モンスターを……食べたくは、ないと……思う」


 冷静に藍ちゃんにツッコミされた。


 でも、これだって立派なモンスター食材なはずなのに、これだけは例外で売ってるのが解せないんだよな。


 八十層エリアに生息するフォレストビーは蜜蜂のような生態をしていて、集団で巣を作って行動する。

 だから、巣には蜂蜜が多くあり、採取も比較的容易に出来るので、入手難易度はそこまで高くない。


 この蜂蜜は食べても、毒などの状態異常などいった状態にはならないし、特に味に癖があるわけでもなく、かなり美味しい。

 だから、今まではこれが日本で唯一の食べられるモンスター素材として知られていた。


 た・だ・し、この蜂蜜には大きな欠点がある。


「糖度が高すぎて、薄めないと常人ならぶっ倒れるレベルなんだよな……」


「前に、甘い物好きな……配信者が、そのまま食べて、……倒れた、ニュース……あった、よね?」


「普通に劇物なんだよなぁ……」


 ちなみに俺が買ったのは、原液の方だ。

 水で薄めたバージョンも売ってはいるが、甘さの調整したいから、今回はこっちの方を購入した。


 俺はフォレストビーの蜜が入った瓶を躊躇なく開ける。

 瓶を開けただけなのに、鼻を抜けるような蜜の甘い香り。

 やばい……予想より何倍もキツイ。

 一瞬だけど、あまりにも、甘ったるすぎて意識が飛びかけた。


「大丈、夫?」


「だ、大丈夫! だからこっち近づいちゃダメだよ? 危ないから!」


「う、うん!」


 俺はスプーンで、ひとさじ分すくいとる。

 圧倒的な濃さの蜜に味見したくなるが、食べたら絶対死ぬと思いながら何とかすくい瓶を閉じた。


 ボールに多めの水を入れて、そこに蜂蜜をすくったスプーンを刺しこんだ。

 瞬間、水の色が琥珀色に急に変わる。

 しかも、普通の蜂蜜と大差ない程のとろみがつく。


「やばいな……これ……」


「理科の、実験……みたい」


「……ちょっとワクワクしてるでしょ?」


「少し」


 藍ちゃんがニコッと笑う。

 うん、正直でよろしい。


 一応刺しこんだスプーンを洗ってから味見しよう。

 もし、溶け残りあったら倒れそうだ。


 よく洗ってから、蜂蜜が溶けた水をよくかき混ぜる。

 そして、いよいよ……実食。


「い、いただきます!」


 パクッと食べると、他の甘味とはまた違う、花の蜜特有の甘さが、口いっぱいに広がる。

 そして水で薄めたというのに、とろりとした舌触りが市販の蜂蜜と大差ない……いや、それ以上の舌触りだ。


「今まで食べた蜂蜜のどれよりも美味い……」


「うみゃい……です」


 また、藍ちゃん勝手に……。

 ずっと思ってたんだけど、瑠璃の反応をマネてないか?

 多分、瑠璃がここにいない分を頑張って補うとしている努力がすごいな。

 いや、その努力はうれしいんだけどさ?

 藍ちゃんが自分のキャラじゃないことやってる自覚があるのか、顔が真っ赤なんだよね。


 でも、これを口にするのは野暮だろう。

 せっかく気遣ってくれてるんだし。


「さて、これなら十分デザート作りに問題ないな」


「何を、作るん……ですか?」


「蜂蜜で作る、なんちゃってバームクーヘンだよ」


 俺はボールにホットケーキミックスと卵、牛乳、蜂蜜をボールの中に入れ、よくかき混ぜる。

 良く混ざったのを確認したら、卵焼用のフライパンにバターを入れ、火をつける。


 バターが熱で全て溶けきったら、混ざった液を少量入れ薄く延ばす。

 火が通り、周りが固まってきたら、卵焼きを作る要領で、手前から奥へと巻いていく。

 巻き終わったら、トントンとフライパンを揺らし、手前に持ってくる。

 そして奥に再び液を流し込む。


 これを液が無くなるまで繰り返し、焼きあがったら皿に乗せてから切り分け、粉砂糖を振るえば……


「完成! なんちゃって蜂蜜バームクーヘン!」


「美味し、そう」


「あら、外がやけに騒がしいと思ったら、料理してたのね?」


 牛山さんのおばあさんが、勝手口から出てきた。

 そして、口元を押さえてニヤニヤと笑っているようだが……


「お邪魔だったかしら?」


「な、ちょ、ちが!?」


「……?」


 藍ちゃんが牛山さんのおばあさんに何か必死になって訴えているけど、何の話だろうか?

 何か途中で藍ちゃんが顔真っ赤にして、どっか行っちゃったけど、なんか急ぎの用事でもあったのかな?


 この場には俺と牛山さんのおばあさんが残った。

 じーと牛山さんのおばあさんはキングビーの天ぷらを凝視してる。


「良かったら、これ食べてみますか? お口に合うか分かりませんが」


 俺はキングビーの天ぷらを差し出した。


「あら、これがキングビー? 全然見えないわね」


 牛山さんのおばあさんは、箸で何のためらいもなく、食べた。


 度胸すごいな!?

 俺だって最初はモンスター料理に躊躇したのに!?


 サクッといい音が響くと牛山さんのおばあさんは笑顔になる。


「これ、美味しいわ! 今日の夕食に並べても?」


「構いませんよ。むしろ気に入っていただけたなら良かったです」


 そう言いながら、俺は調理セットを片づける。

 バームクーヘンを二人分別皿に移して、持ち運ぶ。


「じゃあ、ちょっと妹にこれ届けてきます。もし良かったら、残ったのはデザートにでもどうぞ」


「あら、何から何まで悪いわね」


「いえ、気にしないでください」


 俺は瑠璃に届けるため部屋に戻る。

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