第51話 牛山祖父VS橙矢
俺はゆっくりと後退りする。
じゃりと小さく音が響くと、老人がこちらに血走った視線を向けた。
「貴様かァァァァ!!!」
老人が刀を両手で力づく握って、襲い掛かってくる。
「危な!?」
俺は、瑠璃を抱えたまま大きくバックステップする。
ダンジョン外だと、身体能力もかなり落ちる。
避けるのもギリギリだ。
「お、落ち着いて下さい! まず話を……」
「キェェェェェ!!?」
俺が老人をなだめようとするが、聞くを持ってもらえない。
刀をブンブンと振り回して、俺を斬り刻もうとする。
息つく間もなくの攻撃、背中の瑠璃を安全な場所に移してる暇がない。
瑠璃に当たらないように細心の注意を払い、避け続ける。
「あの、だから話を――」
「黙れ小僧! 柚黄は渡さんぞォォォ!!」
老人の振るった刀が、瑠璃の髪を数ミリ斬る。
その時、ブツリと俺の堪忍袋も切れた。
「瑠璃に当たったら、どうすんだッ!!!」
俺は老人の足を狙い、足払いをかける。
老人相手だろうと、もう容赦しない。
そのまま、倒れてろ!
「まだまだ青いな若造」
足払いをかけたつもりだが、老体とは思えないほど、軽やかなジャンプで避けられた。
「噓だろ……これ避けんのかよ!?」
「足払いで足元を崩し態勢を立て直す。中々判断が的確じゃ、実戦慣れしとるな小僧。だが、詰めが甘い!」
老人の刀が、俺の首めがけて振り下ろされる。
足払いしたせいで態勢が悪い。
避けてる余裕は、ない。
俺はせめて、瑠璃を庇うように自分の体を、刀の前に差し出す。
だが、ピタリと刀が俺に触れる寸前で止める。
攻撃が、止まった?
老人は晴れやかに笑う。
「自分より他人のために怒り、人を生かすためなら、自分の身すら差し出す、か。最近の若者にしては、根性はあるようじゃな! カッカッ!!」
老人は刀を腰の鞘に納める。
その瞳に怒りはもうなく。
むしろ好意的である。
「小僧、名前は?」
「葉賀、橙矢……です」
「そうか、お前さんならうちの柚黄を――」
「「何やってんのあなた(グランパ)!!!」」
後方から老人が、牛山さんとおばあさんに殴られる。
老人は地面に倒れ、ピクピクと動く。
俺の攻撃は避けたのに、二人の攻撃は通るのか。
よっぽど俺に集中して気付かなかったのだろう。
牛山さんの集中すると周りが見えなくなる性格って。
もしかして、おじいさん譲りなのかな?
「うちの旦那が大変すいません!」
「グランパが失礼したデス!」
ペコペコと二人が謝り。おじいさんを、ズルズルと奥の方へ引きずられて行く。
俺は瑠璃に傷がないかどうかを急いで見る。
髪を数ミリ切られた以外は怪我はなさそうだ。
「良かった……」
”ちっ、食い損ねた”
”あんな老人にやられるなんて、怠惰だねぇ?”
「……」
俺は幻聴を無視し、瑠璃を背負って、屋敷の中に戻る。
□□□
俺は屋敷の一室を借り、瑠璃を布団に寝かす。
ようやく、一息つけるな。
「いや、油断はしない方がいいか」
その俺の驕りが、瑠璃を傷つけたんだ。
あんな奴らに、情け何てかけるべきじゃなかった。
失うくらいなら……
「食い殺し――」
俺は、口を急いで塞いだ。
今、俺は何を口にしようとした。
食い殺すって、何でそんな発想が真っ先に思い浮かぶ。
これじゃまるで、幻聴のあいつの――
俺がそんな事を考えてる時、襖がガラガラと開く。
「お兄さん、瑠璃ちゃんの様子どうデスか?」
牛山さんが、襖から顔を覗かせる。
「呼吸も心拍数も安定し始めてるから、目覚めるまで、そう時間はかからないんじゃないかな?」
「そう、デスか。良か――」
「おい、小僧。ちょっといいか?」
「ちょ、グランパ!」
バン! と別の襖が開き、そこから先程のおじいさんが出てくる。
俺は咄嗟に瑠璃を庇う動作をとった。
「何の用ですか?」
「そう警戒するな。話は孫から聞いておる。すまなかったな、もう絶対襲ったりせんよ」
信じられない。
襲ってきた奴は全員敵だ。
誰も信じるな、俺から奪うな、与えるな!
変化は敵だ、オレの日常を壊す奴は――喰い殺す!!
「瑠璃に、近づかないでください」
「だから悪かったって――おい、小僧、その目どうした」
「誤魔化してるつもりですか?」
「いえ……違います。お兄さん……本当に目の色が」
牛山さんが俺の顔を、瞳を見て驚いている。
俺はスマホの内カメで自分の瞳を見た。
そこに映っていたのは、瞳が黄色く光り、まるでモンスターのような目になっている俺の顔だった。
「何だ……これ……」
「小僧、お前、まさか【罪なる者】のスキル持ちか!」
何で俺のスキルを知ってる。
やはり、敵?
いや、敵ってなんだ。
目の前が明滅する。
視界が、世界が歪んで見える。
ハラ……ヘッタ……
ダメだ……思考がまとまらない。
でも、トリアエズ……
「喰い殺せば……イイカ!」
「お兄さん!? 何言ってるんデスか!?」
えっと、この女誰だっけ?
敵、か?
敵でいいよな!
その敵の一人が笑う。
「暴食か、対処が楽で助かったぜ」
敵が、懐から何か取り出す。
「これでも食って、さっさと戻って来い!」
敵が詰め寄ってくる。
避けようとするが、敵の方が速い。
「ごぼぉぁ!?」
口の中に手を突っ込まれ、何かが喉奥に入る。
ゴクリと何かを飲み込んでしまった。
”もう少し……だったってのに”
そんな幻聴が聞こえると思考がクリアになる。
俺の口からおじいさんが手を抜く。
「おい、小僧。意識は戻ってるか?」
手を拭いながら、おじいさんは確認する。
「えっ、あっ、はい! おかげさまで!」
さっきより、思考がはっきりとした。
敵とか、喰い殺すとか。
思考がまるで獣そのものだった。
自分ではない誰かに思考を、感情を乗っ取られたような不快感。
俺、まじでどうしちまったんだ?
でも、まずは助けてもらったお礼だよな。
俺はおじいさんに一礼する。
「すいません……ご迷惑をおかけしたみたいで」
「これでさっきのは、貸し借りなしだからな?」
「俺を攻撃した事はそれでいいです。でも、髪を切った瑠璃には謝ってください。それはまた別の話なので」
「分かってるよ。義理は通すさ」
おじいさんが腕組みして晴れやかに笑う。
牛山さんは、この状況に面食らってしまったようだ。
「さ、さっきから何が起こってるんデス?」
「柚黄、ちょっとこの小僧借りるぞ? その間、寝てる嬢ちゃん見ておいてくれ」
「ちょ、勝手に!?」
「頼んだぞ。おい、小僧ついてこい。そのスキルの事で、話がある」
俺は無言で頷き、おじいさんの後に続く。
瑠璃は心配だが、今の不安定な俺が瑠璃の近くにいるより、よっぽどましなはずだ。
「牛山さん、瑠璃の事頼みます」
そう牛山さんに告げ、俺は部屋を後にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます