第52話 復讐鬼
俺はおじいさんの後ろをついていくと、大きな座敷に通される。
イメージとしては、旅館の宴会場だろうか。
大勢で集まるにはいいが、二人で来るとかなり虚しく感じる。
おじいさんは座敷の中心にドカッと座る。
「まぁ、座れ」
俺はおじいさんに促されるままに、畳に座った。
「それで、話って何ですか。スキルについて話があると言っていましたが、あの変化も、スキル【罪なる者】と関係が? そもそもダンジョン外で何で――」
「いっぺんに言うんじゃねぇよ! 全部答えてやるから一つずつにしやがれ!!」
俺が捲し立てるように言うと、おじいさんはバシンと畳を叩く。
流石に焦りすぎたか……
一呼吸おき、俺は最初の質問を投げる。
「何故、あのスキルを知ってるのか。それが一番先に聞きたいです」
そう言うとおじいさんはニヤリと笑う。
「それは、儂が昔【罪なる者】を持っていたからじゃ。だから対処もそのスキルについても詳しく知っておる」
「――おじいさん、探索者だったんですね」
「おぉよ。昔は牛頭天王って二つ名で呼ばれてたんだが、それも遠い過去の事だ」
牛頭天王……その二つ名は親方から聞いたことがある。
確か日本で最初にダンジョンに潜ったメンバーの一人。
なるほど、そりゃあ俺が叶わないわけだ。
「話しを続けるぞ? このスキルのデメリットは、時間経過か精神負荷がかかると、ダンジョン内だろうと外だろうと関係なく。スキルに寄生してる悪魔が、七つの大罪になぞらえた、弊害をもたらす」
「悪魔ねぇ……さっきの俺が精神を乗っ取られたのも悪魔のせいってわけですか?」
「小僧のは、まだ軽いほうだ。本格的になると体が完全に異形へ、――その身自体が罪と化す。【罪なる者】、転じて【罪成る者】、儂はそれを魔人化と呼んでおる」
「魔人化……」
スキルが現実にまで影響を及ぼす。
にわかには信じ難いが、この身で体験したら信じざるを得ない。
「時間経過と言いましたね? だったらおじいさんはとっくに異形と化してもおかしくないはずだ。つまりどうにかする方法がある――そういうことですね」
「意外と頭が回るじゃねぇか小僧。その通り、方法はあるが教えてほしいか?」
俺はコクリと頷く。
「【英雄】ってスキルを取得することだ。それで罪なる者のスキルは消失する」
「取得条件は?」
「大事な奴を殺した者、魔族に強い憎悪を抱くことだ」
魔族?
よく、ファンタジー小説とかで出るあれか?
ダンジョンがあるが、モンスター以外の生物が発見されたなんて報告は、世界で一度たりともない。
「ちょっと待て、魔族ってなんの事だ? さっきの魔人化と何か関係あるのか? それに何で殺したのが魔族だと断定した。あいつを殺したのはモンスターで――」
ギロリとおじいさんがこちらを睨みつける。
また悪い癖で捲し立てるように言ってしまった。
「……モンスターじゃねぇ、そいつは魔族って種族だ。人間にとっての害虫、全人類に罪なる者のスキルを植え付け、魔人化させる事こそが、あいつらの目的だ。そんなくそったれな連中が魔族だと、覚えとけ!」
おじいさんは忌々しそうに、魔族をそう話した。
茜の死は魔族によるもの?
ダンジョン協会が関わってると思ったが違うのか?
そう考えていると、俺の考えを先読みしたかのようにおじいさんが話を続ける。
「ダンジョン協会は、魔族達が表で活動するための拠点だ。信用するなよ」
信用するな……か。
まさか、宇佐美以外にも言われるとは思ってなかった。
でも、これで話は繋がったな。
ダンジョン協会は世界を秘密裏に征服する事が目的。
そのためには、根回しするための資金が必要だった。
「つまり、魔族は人類の敵と……それで、【英雄】ってどんなスキル何だ?」
「魔族に対してステータスが跳ね上がる。ダンジョン外でもステータスとスキルが使えるようになるぞ」
ダンジョン外でも使えるようになるのは便利だ。
でも、ダンジョン内で強くなるわけじゃないのか。
むしろ弱体だ、それに魔族だけって……
「……それだけ、ですか?」
俺の発言が癇に障ったのか、おじいさんは憤慨する。
「それ以外に何がいるんだ! 大事なもんを奪ったやつをぶっ殺す力が手に入るんだぞ! お前も復讐したくはないのか! 大切な者を奪っていったあいつらに!!」
おじいさんの目には憎悪が宿っていた。
人を失う気持ちは痛いほど分かる、だって俺もそうだったから。
俺も復讐したい、茜を奪った奴らに……でも。
”復讐なんてバカじゃないですの! そんなことして、茜が喜ぶと本気で思いますの! 独り善がりの正義感で動いてるんじゃねぇですわ!!”
昔、どこかのクソ兎が言った言葉を思い出した。
俺はそれに思わず笑ってしまう。
「もうあいつに殴られるのは勘弁だな」
「……何?」
ピクッとおじいさんの眉が動く。
俺は立ち上がって、頭を下げる。
「ごめんおじいさん、でもそのスキル取得は俺には出来ないよ――復讐だけに生きるなんて、誰も幸せにならないから」
「取り消すつもりはないか?」
「はい」
「そうか……」
俺は頭を上げると、おじいさんの手には、どこから取り出したのか、大斧が握られていた。
目には怒りや憎悪ではない、俺に底冷するような視線が向けられる。
「なら、殺すしかねぇ」
斧がきらりと光る。
「もう、症状が出てるってことは時間がねぇ。応急処置も時間稼ぎにしかならんし、魔人になられても面倒だ。人類のために死んでくれ小僧。それが嫌なら、はいと頷け! さもなければ――」
――殺すってことか。
俺は体を少し後ろに下げる。
「あんた、こんな所で人殺しなんてしたらどうなると思ってる? 捕まるつもりか?」
「安心しろ、儂には警察の伝手がある。簡単に捕まらんよ。……だが、儂としては、お前さんを葬りたくはない。だから復讐に生きるといえ! そしたら儂もお前さんの復讐に協力してやる!!」
この結果は本当に不本意なのだと、おじいさんの態度からも分かる。
――前の俺なら、喜んで復讐に身を落としたかもな。
茜のためなら、俺は多分このおじいさんのように、復讐鬼となっていただろう。
でも……今の俺には出来ない。
俺は首を横に振る。
「何度言われても意見は変わりませんよ」
「何故だ……」
「俺の復讐を止めるクソムカつく奴がいるんですよ。それに俺が殺しをしたら悲しむ家族もいる。何より、――死んだあいつが、復讐を望まない!」
俺何かより茜と付き合いが長く、茜の事を誰よりも分かってるあいつが……宇佐美が復讐をするなと言ったんだ。
宇佐美がしないのを、俺がするわけにはいかないだろう。
一番辛いのは俺じゃない、宇佐美の方なんだからな。
おじいさんが目をつむる。
「そうか、お前さん頑固だな。そんな生き方じゃ、さぞこの世界は生き辛かっただろうよ」
重そうな斧を、軽々と振り上げる。
そして敵対者として、俺を見据えた。
「死ぬ奴には、一応名乗っておくことにしてる。儂は、元公安零課の牛山鈴雄だ。墓場まで覚えておけ」
「死んでも覚えないよ」
俺がそう言うや否や、斧が首に高速で迫る。
さっきまでとは比べ物にならないスピード。
前までは手加減されていたのだろう。
このスピードでは、絶対に避けられない。
なら!
何とか、俺は腕を前にして、首をガードしつつ近づく。
腕一本くらいくれてやるよ。
一発殴って、その隙に逃げる。
俺は絶対に死ねないし、復讐もしない。
罪だろうと、何だろうと背負って、惨めでも生きてやる。
「あいつとの約束を果たすためにも、俺は今死ぬわけには――いかないんだよ!」
”……ほんとバカなんやから、橙矢”
その時、俺はハッキリと茜の幻聴を聞いたのだ。
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