第12話 服屋 シルフ(1)
ドラゴンダンジョンの入口付近。
昼食をとって帰ってきた探索者であふれている。
俺たちはそれと逆方向に進んでいく。
瑠璃が先程配信で甘いもの禁止を言い渡したため、不貞腐れながら先頭を歩き。
その後を俺たち三人が追いかける。
「なぁ瑠璃? そろそろ機嫌直してくれよ?」
「……」
俺が声を掛けても瑠璃は無視する。
「これは完全にへそ曲げられたな……」
「です、ね」
さて、どうしたものかな……
いつもなら食べもので機嫌を取るのだが、さっき食べたばかりだしな。
妹の欲しい物なんて分からないし……
――という事で、一番知ってそうな藍ちゃんに聞こう。
「藍ちゃん、瑠璃が欲しがりそうな物に心当たりとかない?」
「そう、ですね……ゲームの、プリペイド……カード?」
「機嫌それで直るかな?」
「……たぶ、ん?」
う~んと瑠璃の欲しがりそうなものを考えて、二人で頭を悩ませる。
「ちっちっち☆ 二人とも分かってないね☆」
猫宮さんは笑いながら、指を横に振る。
「何か心当たりでもあるの猫宮さん?」
「もち☆ 任せとけし☆」
親指を立て、自信ありげに答える。
「女の子が萎えの時、一番効くのやっぱファッション、オシャレしょっ☆」
俺と藍ちゃんはジト目で猫宮さんを見る。
「……猫宮さんが行きたいだけじゃなくて?」
「同、感……真面目に、考えて?」
「二人ともマジ失礼! うちだってマジで考えたし!」
猫宮さんは心外だと言わんばかりに怒ってしまう。
俺の肩を猫宮さんがしっかりと掴み、目をギラギラと光らせる。
「間違いないし☆ 信じろし☆」
「わ、分かったから! 信じるから、ちょっと離れてくれる!?」
「距離、感!」
藍ちゃんに引きはがされ、猫宮さんが一端離れる。
自分を落ち着かせるため、ふぅと一呼吸を置く。
「話を戻そうか、取りあえず服屋に行けばいいんだろ? だったら早速瑠璃に――」
そう言うと猫宮さんが手でストップをかける。
「ちょい待ち☆ うちら結構色んな店回ったことあるから、なるべく行ったことないのがいいし☆ 瑠璃っちも出来れば行ったことないのがいいっしょ☆」
「まぁ、それもそうか」
意外と友達と色んな所行ってるんだな。
今日は驚かされてばっかりだ。
猫宮さんが腕を組む。
「ここら辺で行ったことないの、高校生じゃ手が出せない高級店か、シルフくらいだし☆」
「シルフ? 有名な店なのか?」
思わず聞き返してしまった。
服屋の名前なんて分からない俺が、何故かそういう店があると記憶している。
シルフという名前を俺はどこかで聞いたことがある気がするんだ。
どこで聞いたんだっけか?
猫宮さんは得意げに語る。
「超有名店だし☆ 渋谷に最近できた、女性探索者向けのブランドで、人気ありすぎて入場制限かけられてんだよね☆ だから入場券はプレミアついてるし☆」
「入場制限つきってすごいな」
「そうなの☆ 店長がS級女性探索者だから現場の声?的なこともよくわかってんだよね。デザインはもちろんかわいいんだけど、探索する時の機能性がものっすごいんだよね☆」
「へぇ、そうなん――」
その時、脳裏にある人物がよぎった。
S級女性探索者で、風神の二つ名を持つ。
ある女性の事を、
「……一つ聞いていいか?」
「なになに、何でも聞いて☆」
猫宮さんが明るく答える。
「もしかして、店長の名前は熊坂風音さんか?」
「そうだよ☆ あれ? うち言ったけ?」
猫宮さんが俺を不思議そうに見つめる。
俺は財布の中から、ある券を取り出す。
「これ使えるか?」
それを見ると猫宮さんは目を大きくした。
「シルフのフリーパスじゃん!? 何でおにいさん持ってんの!?」
「やっぱそうなのか、知り合いのよしみで貰った物なんだが……まさか風音さんの店がそんな人気とは知らなかったな」
猫宮さんはゴクリと唾をのむ。
「おにいさん……一体何者だし……」
俺は背を向け、券をひらひらとさせる。
「――ただのフリーターだよ」
猫宮さんにそれだけ言って、俺は瑠璃に近づく。
□□□
東京都渋谷区。
雑居ビルなど多く立ち並び、人の大来も多い。
巨大なビル群の中に、目的の場所がある。
洗練されたデザインの店構えをしており、多くの客が店の前に並ぶ。
女性探索者服専門店、服屋シルフだ。
「さっすがシルフ♪ 大人気だね♪」
「それな☆」
「「……はぁ」」
元気な瑠璃と猫宮さんを後目に、俺と藍ちゃんは溜息を吐く。
「テンション低くない? 上げてこ☆」
「無理……人、多い……」
「陽キャ多いし! 女性客ばっかだし! 俺のアウェイ感半端ないんだよ!?」
俺と藍ちゃんは口々に文句を言う。
すると瑠璃がジト目でこちらを見る。
「お兄ちゃん、だらしなさすぎ」
「無茶いうなって!? 陰キャに渋谷はハードルが高いっての!」
「私も、無理……おうち、帰る……」
藍ちゃんがプルプルと俺の後ろで震える。
分かるよ藍ちゃん。
俺もここで一人置き去りにされたらと思うとみっともなく震える自信があるぞ。
瑠璃がビシッと指をこちらに向ける。
「藍ちゃんも共犯! これは罰の一環なんだから、甘んじて受けて!」
「「そんな……」」
俺と藍ちゃんは肩をガクリと下げる。
もう絶対瑠璃を怒らせないようにしよう。
俺は心の中でそう思った。
そんな俺達を見ながら、猫宮さんが晴れやかに笑う。
「うちは楽しいだけだけどね☆」
瑠璃はそれと真逆の暗黒微笑を浮かべた。
「安心して♪ 桃ちゃんにも今度しっかりと罰ゲームするからさ♪」
「……マジさげポ」
いつもの明るい口調の猫宮さんでさえ、妹の怒のオーラに当てられて怯んでいる。
瑠璃、恐ろしい子……
そんなやり取りをしていると、誘導係の女性店員さんがこちらに走り寄ってくる。
「お客様! 店頭での揉め事は困ります!」
「あっ、すいません……」
俺は店員に頭を下げる。
ジト目で店員は俺を怪しい人を見る目で訝しむ。
まぁ女性服のブランドだし。
俺がここにいるのそりゃ怪しさしかないよな。
「お客様……当店の入場券をお持ちでしょうか?」
「あ、はい……あります」
俺がフリーパスを店員に渡す。
フリーパスを見た店員の目が大きく見開く。
「お、お、お客様!? これをどこで!?」
「え? 元パーティーメンバーから貰ったんだけど……もしかしてそれ使えない?」
「い、いえ! そんなことは!」
店員が首をブンブンと横に振る。
「し、失礼ですが、その……お名前をお聞きしても?」
「葉賀橙矢だけど……」
それを聞くと店員が慌てて、店内に走っていく。
あの人どうしたんだろ?
急に態度が変わったけど……
店から店員が息を切らしながら駆け寄る。
「お、お待たせしてしまい、申し訳ありません! 店長がお会いになるそうなので、どうぞ裏口へ!」
風音さんが?
久しぶりに合いたい気持ちはあるけど……
「いや……俺達ただ買い物に――」
「ぜひ! お会いしたいと!!」
店員が必死の形相で詰め寄ってくる。
こ、断れない……
「わ、分かりました……連れも一緒でいいですか?」
「はい! 大丈夫ですよ!」
俺が了承したのを聞いて、店員は胸を撫で下ろす。
「それではこちらへどうぞ♪」
店員が元気よく、俺達を裏口に案内してくれる。
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