第13話 服屋 シルフ(2)
店の奥に通され、大きな客室に案内される。
中は外装と同じく、シンプルでいて洗練されたデザイン。
清掃が行き届いているのが分かる。
「こちらで少しお待ちください」
そう言うと客室から店員は素早く退室した。
しばらく待っているとコツコツとヒールの音が、こちらに近づいてくる。
ガチャリと扉が開くと、一人の女性が入ってきた。
俺を見つけると女性は穏やかに微笑む。
「あらあら、久しぶりね橙矢君」
「お久しぶりです風音さん」
俺は風音さんに一礼する。
それに合わせるように三人が慌ててお辞儀をした。
「あらあら、あまり畏まらなくてもいいのよ?」
「無理み☆ うち風音様チョウリスペしてるし☆ ヤバイチョウ尊い……」
「ちょっ桃ちゃん!? リスペクトしてるなら、まずはその言葉遣い直しなってば!?」
瑠璃が猫宮さんに頭を深々と下げさせる。
「あらあら、気にしないでいいのに」
「いえ! こういうのはしっかりとするべきなので!」
「しっかりとした妹さんね」
風音さんはフフッと笑う。
二人がじゃれている間に藍ちゃんが一歩前に出る。
「お久し、ぶり……です。風音、さん」
「あら? 藍ちゃんも来ていたのね」
「無理……矢理……来させ、られた」
風音さんがこちらを見るが、首を横に振る。
俺はコッソリ指で妹をさす。
すると風音さんは自分の頬に手を当てる。
「あらあら、無理矢理はよくないわよ? オシャレは、自分が楽しくてやるものなんだから?」
「うぐっ……そ、それは、その……すみません」
瑠璃が素直に謝る。
あんなに素直に瑠璃が謝るなんて!
さすが一児の母、俺とは説得力が違う!
「それとも何か理由でもあるの?」
「え、と……」
瑠璃が俺をチラッと見る。
なんだ?
俺何かしたか?
「あぁ……なるほどね」
風音さんが何かを納得したようにこちらを見る。
「橙矢君、来てもらって早々で悪いのだけど、席を外してもらっていいかしら?」
「構いませんが……一体何をする気で?」
「ちょっと女同士で秘密のお話よ♪」
風音さんが自分の口に指をあてる。
昔はこういう動作で男達を勘違いさせていたんだろうなと心の中で思った。
不覚にも少しドキリとしたが、あの人に怒られそうなので、この事は心の中に閉まっておこう。
「分かりました。じゃあ終わったら呼んでください。俺は外で待っているので」
俺はそう言い残し、部屋を後にした。
□□□
お兄ちゃんが部屋を去り。
私達と風音さんが部屋に残る。
「さて、橙矢君もいないし、今度こそ話してもらえるかしら? 橙矢君絡みなんでしょ?」
「それは……」
私は風音さんから目線をそらす。
正直、どこまで話していいものか。
お兄ちゃんと藍ちゃんの知り合いっぽいけど、どこまで事情を知っているか――
「どこまで事情を話していいかで悩んでるなら、あまり気にしなくてもいいわ」
「エスパーですか!?」
「フフフ」
風音さんが、不敵に微笑む。
心読んでくるとか普通に怖い。
この人超怖い。
「ち、ちなみにお兄ちゃんの現在の状況って――」
「聞いてるわ。会社を辞めさせられたとか、武器屋でアルバイトしてることとかね?」
何で知ってるのこの人!?
「うちの旦那から聞いたのよ。あなたのことも聞いてるわ」
「ナチュラルに心読まないでください!? というか旦那さんいるんですか!?」
風音さん旦那いるんだ。
それに私を知っている?
全然見当がつかないんだけど……
風音さんが朗らかに笑う。
「売れない武器屋の店主してるの、けど男気があって、素敵な旦那様よ♪」
「……ふぇ?」
思わず変な声が出てしまった。
えっ、ちょっと待って!?
武器屋の店主って、まさか!?
「あなたが、親方さんの奥さん!?」
「フフフ、そうよ♪」
開いた口が塞がらない。
だって、あの親方さんにこんな美人な奥さんがいるなんて……
「あらあら、美人なんて照れちゃうわね♪」
「やっぱ心読んでますよね!?」
「そんなことないわよ? あなたが、顔に出やすいだけよ?」
そ、そうなんだ……気を付けよ。
私が再び気を引き締めると風音さんが手を叩く。
「それより、話しを戻しましょ? 二人も暇そうにしてるしね」
「あ、そうだった! 二人ともごめん! 私一人ばかり話してて……」
「気にしない、で?」
「うちも平気だし☆」
藍ちゃんは首を横に振り、桃ちゃんはピースする。
私は意を決して話し出す。
「今回お兄ちゃん連れてきたのは、少しでも元気になってもらおうと思って……」
私がそう言うと風音さんは首を傾げる。
「え~と? ここに連れてくると何で元気になると思ったのかしら?」
「それは……」
私は藍ちゃんの方を向く。
もういいや、この際全部言ってしまおう。
「この後、私と桃ちゃんがシルフにいる間に、二人でデートしてもらおう、とか考えてました……可愛い藍ちゃんが一緒にいたらお兄ちゃんも元気になるかなって♪」
「……え?」
そう言うと藍ちゃんが驚いたようにこちらを見た。
藍ちゃんの頬が少し赤くなる
「知ってた、の? 私、が……お兄さん、好きな……こと」
「むしろバレてないと思ってたの!?」
「藍ぽん分かり安すぎっしょ☆」
「さすがに、ね……」
三人がうんうんと頷くと、藍ちゃんの顔が真っ赤になる。
藍ちゃん超可愛い♪
「もう、無理……おうち、帰る……」
藍ちゃんが隅に移動し、いじけてしまう。
「ま、まぁでもいい案で――」
「それはどうかしら?」
私の案に風音さんが苦言を呈した。
「藍ちゃんが魅力ないって言いたいわけじゃないのよ? でも彼の性格上、むしろ逆効果になると思うの」
「逆、効果?」
藍ちゃんが聞き返す。
コクリと風音さんが頷く。
「橙矢君は基本相手をかなり尊重するタイプ、デートともなったらかなり気を遣うはずよ。ましてや年下なら自分がリードしなきゃって思うはず」
「た、確かに……」
そこまで気が回らなかった。
お兄ちゃんの事、私以上に分かってるこの人!
「だからデート作戦をするなら、まず根本的な原因を取り除く事をしましょう」
「根本的……原因?」
「どうしてあそこまで、他人に対して気を遣い過ぎるのかってこと。長いこと一緒にいたけど、あそこまで自分をすり減らしてするのは流石に異常な感じがするのよ」
「……」
「何かそうなった原因に、心当たりはある?」
私が今までの出来事を振り返ると確かに心当たりはある。
――というか忘れられない。
あまり人に話す内容ではないけど、お兄ちゃんが信頼してるこの人なら話してもいいかもと思い、私はゆっくりと話し始めた。
お兄ちゃんが他人に過剰な気を使い、私に対して過保護になった理由。
原因は……両親を目の前で失った事だ。
あの日からお兄ちゃんは私に対して、まるで壊れ物でも扱うかのように慎重になった。
昔はそんな兄の他人行儀な態度に、ずっと寂しさ感じていた事を覚えている。
今は慣れてしまい、お兄ちゃんは妹離れしたんだと、勝手に思い込んで、心情の変化を軽く見ていた。
――軽く見てしまっていたんだ。
お兄ちゃんが会社を辞めた日。
会社を辞めた事をお兄ちゃんは笑いながら話した。
だけど……あの日に見たお兄ちゃんの笑顔はとても歪で、触れたら壊れてしまいそうだった。
その時ようやく気付いた。
壊れないように扱っていたのは私ではなく、お兄ちゃん自身の心だったんだと……
話し終えるとみんな神妙な顔になる。
「私はどうすれば良かったのかな?」
「瑠璃、ちゃん……」
藍ちゃんが何も言わず、私の手をそっと優しく握る。
私はあの時決意したはずだった。
お兄ちゃんに甘えた分、今度は私がお兄ちゃんを助けるんだと。
そう意気込んで、私はお兄ちゃんの為になることを考え、自分なりに色んな事をしたつもりだ。
だけど、全て裏目に出て……
結局お兄ちゃんに迷惑ばかりかけてしまっている。
「腹が立つよ……何もしてあげられない自分に……」
言い切る前に風音さんが私の肩に手を乗せる。
「それは違うんじゃないかしら?」
私の言葉を風音さんは否定した。
「確かに行動は伴わなかったかもしれないけど、橙矢君に何かしてあげたいって気持ちは、あなたから充分に伝わるわよ?」
「でも……」
風音さんは私を優しく抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから……ゆっくりでいいの、少しずつ出来る事をやっていきましょう。そしたらいつかきっと、その思いが報われる日が来るわ……だから焦らないで?」
その優しい声音を聞いた時、自分に今まであった焦燥感が無くなり、心が軽くなったような気がした。
初対面だというのに、懐かしく温かいものに包み込まれてるような感覚……
あぁ、まるで、お母さんみた……い……
緊張の糸が切れたのか。
そこで私の意識は深い眠りに落ちた。
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