第14話 夏野菜の春雨スープ(1)

 部屋の外に出た俺は、何もすることがなく。

 ぼーっと扉の前に突っ立っていた。


「葉賀さん、どうしたんですか?」


 さっき案内してもらった店員さんが声を掛けてくる。


「さっきの店員さん」


「山田っていいます! まさか店長のパーティーメンバーに会えるなんて感激です! 是非お話聞かせて下さい!」


「ち、近い!? 近いです!?」


 店員、改め山田さんは興奮気味に詰め寄る。

 俺はゆっくりと後ろに下がると、背中に壁が当たった。


 あぁ、この人探索者としての風音さんに憧れて店に入ったパターンの人か……


「は、話すのは構いませんけど、お仕事はいいんですか?」


 そう聞くと山田さんは目線をそらす。


「大丈……夫ではないですけど……」


「ですよね。じゃあ、仕事が終わった――」


「あっ、いい事思いつきました!」


 山田さんが俺の手を突然握りだす。


「へ?」


「聞きながら仕事すればいいんですよ! そうですね、そうしましょう! レッツゴー!」


「えっ!? ちょ!?」


 突然の事に驚いて咄嗟に反応できず。

 そのまま山田さんに連れ去られてしまう。


 しばらく走った山田さんは、とある部屋の前で足を止める。


「着きました!」


「着きましたと言われても……どう見てもここ給湯室ですよね?」


 給湯室とは、軽い食事などを作れる場所で、簡単に言えばミニキッチンのような場所だ。


 ここで仕事って……この人、よっぽど仕事ないのかな?


 俺が訝しんでいると山田さんがその視線に気づく。


「あっ! 今この人仕事ないのかとか思いましたね!」


「い、いえ……そんなことは……」


 山田さんから目線をそらす。


「ここに用があるだけで普段はしっかり仕事してるんですからね!」


「は、はい……」


 何で俺怒られてるんだろ?

 関係ないよね?


 山田さんが手を引っ張る。


「とりあえず中に入って下さい!」


「は、はぁ……」


 俺は渋々給湯室に入る。

 中は冷蔵庫やコンロなどがしっかりと綺麗に掃除されて、いつでも使えるようにされていた。


 山田さんが冷蔵庫を開けて腕組みをする。


「さて、今日はどうやって減らしましょうか」


「減らす?」


 察するに冷蔵庫の中に消費しなければいけない物があるようだが……

 不躾だとは思ったが、こっそりと冷蔵庫の中を覗く。


「何これ!? 春雨多すぎんだろ!?」


 冷蔵庫の中には、ジッパーが付いた袋に入った春雨が所狭しと並んでいた。

 他の物も冷蔵庫に入らないだろ……


 俺がそう言うと手をブンブンと振る。


「そうなんですよ! 健康にいいって皆買い込むから冷蔵庫の中パンパンなんです!」


「なるほど……もしかして、仕事って――」


 山田さんが元気よく頷く。


「この冷蔵庫の中身で皆の間食作ること、それが私の今の仕事です。今日は料理当番、私なんですよ……私、料理苦手なのに~」


 そう言うと何故か山田さんがこちらをチラッと見る。

 なんか嫌な予感が……


 ゆっくり後ずさりしようとすると、山田さんが俺を逃がさないように、手をより強く握ってくる。


「店長に聞きました! 葉賀さんは料理がお得意だとか! ぜひ、お力添えいただけないでしょうか!」


「いや、俺部外者……」


「そこを何とか! お願いします!」


 どんどんと握る力が強くなっていく。

 振りほどくのは簡単だが、その後この人が何するか分かんないんだよな……


 俺は渋々頷く。


「……分かりました。ただ、何があっても責任取りませんからね?」


「オッケーです! 全責任は自分が取ります!」


 山田さんは元気よく自分の胸をトンと叩く。

 本当に大丈夫かな……


「じゃあ、少し冷蔵庫見させてもらいますね。使って悪いものあったら言って下さい」


 俺が冷蔵庫の中から取り出した物を山田さんが選別し、使える食材が分かった。


 カットトマト、ハム、きゅうり、春雨とクーラーボックスの材料だけだ。

 調味料は結構そろってれば、色々作れそうだが、まずはシンプルに……


「春雨サラダはダメですか?」


「出来ればそれ以外で……結構みんなそれ作るんですよ」


 サラダはダメか……

 いや、そもそもどんなのを今まで食べてたんだ?


「ちなみに今まではどんなのが出てきていたんですか?」


「えっと……さっき言った春雨サラダと中華味の春雨スープですね」


 なるほど、定番の春雨料理は基本食べていると……


「ちなみに時間はどれくらいありますか?」


「今大体二時なので、一時間って所ですね」


 ――という事は猶予は六十分ってことか。

 それだけあれば充分だ。


 俺は袖をまくる。


「大体理解しました。何作るか決まったので手伝ってください」


「はい! 喜んで!」


 まずは鍋に水を入れて沸騰させる。

 沸騰したら、その中に春雨を入れ、三分茹でる。


「三分経ったらザルに上げ、水気を切ってからタッパーに入れて冷蔵庫で冷やします。こうすることでそのまま春雨をスープに入れた時より、食感がよくなります」


「なるほど、勉強になります」


 山田さんにタッパーを渡し、冷蔵庫に入れてもらう。


「次にスープを作っていきましょう」


「今回は春雨スープなんですね!」


「そうですけど、今回のスープは、ちょっと変わり種ですよ」


 きゅうりをおろし金ですり卸し、ペースト状にする。


「スープにキュウリ使うんですか!?」


「あぁ、意外と合いますよ」


 ボールに卸したきゅうり、鶏がらスープの素、豆乳、すりごま、柚子胡椒を入れ、よく混ぜれば……


「一品目完成、キュウリと豆乳の冷製スープだ! これに春雨を入れたら冷製春雨スープになります」


「簡単! 私でも出来るかも」


「でしょ? 何も手間かけるだけが料理じゃないんですよ――それじゃ二品目いってみましょうか」


 俺はそう言って次の品に取り掛かる。


「まずは鍋に油をしき、ハムを炒める。焼き目が付いたら、水とカットトマトを入れて、中火でひと煮立ちさせる」


「トマトスープですか? 春雨に合います?」


「春雨って結構オールマイティーに使えるんで問題ないです」


 煮立ったら、コンソメ、オレガノ、中濃ソースを入れる。

 すると一気にオレガノの爽やかな香りが給湯室に立ち込める。


「いい匂いですね!」


「トマト系にはやっぱオレガノが抜群だ」


 最後に、レタスをちぎり入れて、ひと煮立ちさせたら……


「完成、レタスとハムのミネストローネ」


「すごい! 全部使いきってくれたんですね! 時間もぴったしです!」


 山田さんがそう言うとゾロゾロと女性店員達が給湯室に集まってくる。


「あ~! 山田が職場に男連れ込んでる!」


「しかもかなり若い! いつの間に彼氏作ったの!?」


 そう店員達が口々に山田さんを問い詰める。

 山田さんがえへへと頬を緩ませた。


「そうなんですよ♪」


「いや、彼氏じゃないですけど? 山田さん、冗談言ってないで、作った料理を皆さんに出さないと」


「あっ、そうでした!」


 俺と山田さんはマグカップに冷やしておいた春雨と先程作ったスープを入れて、女性店員達に振舞った。

 反応は……


「美味しい♪」


「スープにきゅうりって合うのね」


「柚子胡椒がピリリと効いてて、濃厚なのにスルスルいけるわ♪」


「こっちのトマトスープもお店の味っぽい♪」


 上々のようだ。

 やっぱり作った料理で誰かに喜んでもらえるのは気分がいいな。


 皆の反応を見て、山田さんが飛び跳ねて喜ぶ。


「やりました! もうこれでメシマズとは言わせませんよ!」


「いや、作ったのほぼ俺じゃないですか」


 俺が指摘すると山田さんが指を横に振る。


「私も春雨冷蔵庫に入れたり、味見しました。いや~味見大変だったな~」


 その仕草と態度に少しイラッときた。


 この人、店長の話聞きたいとか噓ついて。

 最初から俺に料理させるつもりでいたな。


「……後で店長に知られたら大目玉ですよ?」


「大丈夫ですよ。バレなきゃ問題ありません」


「あらあら、バレたら、どうなるのかしら?」


「そりゃあ店長に怒られ――」


 山田さんが声のした方に振り返ると、後ろには風音さんが笑顔で立っていた。

 風音さんは笑顔だというのに、瞳が全く笑っていない。


 山田さんは目が泳ぎだす。


「いや、これは、その……店長のお話を聞こうと思っていたら料理作る流れになってまして……成り行き上仕方なく……」


「あらあら、そんなに私のお話が聞きたいのなら今からじっくりと聞かせてあげるわよ? 一対一で、ね?」


 山田さんの額から冷汗がダラダラと垂れる。


「あっ! 私まだ仕事残ってました! それではこれで!」


 急いで逃げようとする山田さんを、風音さんは片手で軽く捕まえる。


「山田さん? 今度仕事をさぼったらお説教って言ったわよね?」


 山田さんの顔が血の気が引く。


「許してください! 出来心だったんです! 店長から聞いた葉賀さんの料理があまりにも美味しそうで!」


「言い訳は後でゆっくりと聞くわね♪」


「嫌ですぅ~!」


 山田さんをズルズルと引きずりながら、二人は給湯室を出ていく。


 風音さん達が出ていった後、給湯室の入口から藍ちゃんが去る二人を不思議そうに見つめていた。

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