第15話 夏野菜の春雨スープ(2)
給湯室内は女性店員達が多く集まってきたので、俺と藍ちゃんは廊下に二人並んで立つ。
「瑠璃と猫宮さんはどうしたの?」
「まだ、あの部屋に……いる。瑠璃ちゃんが、話……疲れて、寝ちゃった……から、猫宮さんが……ついてる」
「そっか……」
俺はそれ以上何も言わない事に疑問を持ったのか。
藍ちゃんが首を傾げる。
「聞かない、の? 何を、聞いた……か」
「秘密の話なんだよね? だったらあえて聞かないよ」
「……そう、ですか」
そう言うと二人ともしばらく黙って給湯室内の様子をぼーっと眺めた。
皆、楽しそうにお喋りしながら、俺が作った料理を美味しそうに食べてくれている。
こちらまで嬉しくなるよ。
俺がそう思っていると藍ちゃんがぽつりと話し始める。
「瑠璃ちゃん、から……聞き、ました。昔、事故で……両親、亡くした……て……」
「あのお喋りめ……朝に懲りず、また話したのか」
「また?」
藍ちゃんが首を傾げる。
「朝も注意したんだよ。俺がクビになった事藍ちゃんに話したらしいから」
「……あぁ、そういう……こと」
藍ちゃんは納得したように頷く。
すると藍ちゃんが突然ペコリとお辞儀をした。
「ごめん、なさい……最初から、知って……た」
「へ?」
知ってたって、瑠璃が話す前から俺がクビになった事知ってたってことか。
「……いつから?」
「辞めて、から……数日、くらい……で、気づいた。受験も、入学も……終わった、から……久しぶりに……会社、行って……そしたら、お兄さん……いなかった」
藍ちゃんが俺のクビを知った経緯を話した。
なるほど、じゃあ自分から話したわけじゃなかったのか。
瑠璃に悪い事したなぁ。
「いや、でも……俺がタヌポンだってこと、言ったわけだし。それで――」
「それも、最初から……私が、計画した。お兄さんを、配信者に……するのも、今日の……コラボも、一緒に配信したくて……前から、計画……してた」
「え、そうなの!?」
いや、でも確かにそしたら瑠璃の朝の不審な行動にも納得がいく。
藍ちゃんに頼まれて、どうにか理由を作ろうとした結果がジュースおごりって理由だったんだ。
瑠璃のやつ噓下手か!
もっとまともな噓つけよ!
「前からって、具体的には?」
「半年前、から……」
「結構前だね!?」
そんな前から配信者にするつもりだったんだ。
配信を勧めたのも計画してた事だったてことか。
「だけど、想定外……二つ、あった」
「俺がクビになった事と予想外にバズった事か?」
藍ちゃんがコクリとうなずく。
「クビに、なって……落ち込んでる、時に……配信、なんて……無理だと、思った……」
そこは俺は否定しない。
あの頃の俺は精神がまいってしまっていた。
「まぁ、確かに、クビになった時は、全てを失ったような感覚だった。……一度失った物はもう戻らない。俺にはもう何もないって――本気で思った」
「……」
「だけど、全部失ったわけじゃなかったんだよ」
俺は藍ちゃんを正面から見る。
「クビになったからこそ、分かった。俺を本気で心配してくれる家族がいる。頼れる仲間も、親身になって動いてくれた、藍ちゃんみたいな友達もいる」
俺は藍ちゃんに笑いかける。
「皆に支えられて、俺は立ち直る事が、出来た。それもみんながいてくれたからだ――本当にありがとう」
藍ちゃんも笑い返してくれる。
「違う、よ? お兄さん、が……今まで、誰かの……為に、頑張った……結果、だよ? 私達、は……その恩、を……今、返してる……全部、お兄さんが……受け取るべき、もの……だよ?」
「そっ、か……」
両親の事故から二年。
これ以上失わない為にガムシャラに生きた人生だったけど。
そうか……俺がやってきた事は無駄じゃなかったんだな。
俺と藍ちゃんが笑いあっていると、給湯室から声を掛けられる。
「そこのお二人! そんな所でイチャついてないで、こっち来て、一緒に食べましょう♪」
「そうそう♪ 彼氏君と一緒にいたい気持ちはわかるけどさ♪」
「イチャつ……!? かれ……!?」
藍ちゃんが頬を赤くする。
いや、その発言は流石の優しい藍ちゃんでも怒るよな。
俺みたいなのとイチャイチャしてるなんて思われるのはさ。
手を合わせて俺は藍ちゃんに謝る。
「ごめんね? 藍ちゃんみたいに可愛い子が、俺の彼女って思われるの不快だったよね? 本当ごめんね?」
「可愛……!!? かの……!!?」
あれ?
さっきより顔が赤くなってる!
頭から湯気も出てないか!?
俺何か怒らせるようなこと言ったかな!?
「あ、藍ちゃん?」
「……ぷしゅぅ」
「藍ちゃん!?」
藍ちゃんがフラフラと倒れこむ。
俺が咄嗟に手を出せたから、地面に頭を打つことはなかった。
「ど、ど、どうしよう!? 病気だったら、まずどこか寝かせなきゃだよな!」
瑠璃のいる客室行けばソファが、もう一つあったはず!
「うおぉぉぉ!!」
俺は藍ちゃんを抱えて、必死に客室の方へと走った。
給湯室から女性店員達が顔を出す。
「……あの男の子、ひょっとしてバカなのかしら?」
「鈍感にもほどあるわよ……」
給湯室から橙矢を、可哀想な物を見る目で女性店員達が見送る。
その視線に橙矢が気づくことはなかった。
□□□
場所は変わって、福田株式会社の社長オフィス。
そこで椅子にふんぞり返る社長と、しかめっ面の女性副社長が対面している。
「今……何とおっしゃいました……」
「だ・か・ら! この会社のA級探索者全員クビにするって言ったんだ! 二回言わないと分からないの?」
社長が呆れたようにそう言うと、副社長の眉間にしわが寄る。
「何を言ってるのですか! ただでさえ業績が下がっているのにそんなことをすれば倒産してしまいます!」
「新たに雇えばいい話だろ? 今度はS級探索者以上を募集すれば、成績は上がる。何が問題だ?」
「今まで会社に尽くしてくれた者達を斬り捨てるおつもりですか!」
「知るかよ……無能なのが悪いんだろ?」
副社長は手を強く握りしめる。
「もう……我慢の限界です! 今日の株主総会で、あんたは社長の座を降りてもらう!」
「へぇ……で?」
社長は軽い返事を返す。
その態度に副社長は驚愕した。
「わ、分かっているんですか? 株主達の意向は絶対なんですよ! いくらあなたが前社長の息子でも――」
「だからすればって言ってんじゃん? 頭悪いの?」
何故か強気な社長に副社長は困惑する。
そこに一人の男性が走り込んできた。
「た、大変です副社長! 社長の解任が棄却されました!」
「な、何だと!?」
動揺する副社長を尻目に、社長はほくそ笑んだ。
「当然だね! 僕みたいな優秀な人材を降ろすバカはいないだろうさ!」
「そんな、バカな……何故……」
男性は言葉をこう続けた。
「大株主の意向が強かったらしく。五割もの株を保有しているので誰も逆らえませんでした」
「その株主の名前は?」
「スダモ社長、吉田明子様です……」
「吉田……まさか!?」
副社長が目を見開き、社長を見る。
社長は副社長を嘲笑う。
「そう! この僕! 吉田大輔の妻にして、上場企業スダモの社長! 無能は僕を理解しないが、やはり僕の妻は最高の理解者だ!」
副社長は膝から、崩れ落ちる。
社長は笑いながら副社長の肩を叩く。
「じゃあ、これからも頼むよ無能な副社長? いや、もう君もう平社員でいいか! 社長にあんな態度とったんだし。――じゃあこれからよろしくね、山崎君?」
そう言うと副社長と男性は部屋から叩きだされた。
「あぁ……あぁぁぁ!!!」
「副社長……」
副社長が泣き崩れ、男性がそれに寄り添う。
もうこの会社の終わりはすぐそこまで迫っている
会社倒産の時は……近い。
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