第16話 エンペラーワイバーンの唐揚げ(1)

 コラボ配信を終えた、次の日。

 俺は再び、ドラゴンダンジョン前に来ていた。


 理由はA級探索者ライセンス再発行のためだ。

 バイトが決まってからすぐに申請してはいたのだが、予約待ちがいっぱいで、今日ようやく試験が出来ることになった。


 今日はバイトの日なんだが、親方がさっさと更新しろ!

 ライセンスの等級あげるのも仕事の内だ!

 とお叱りを受け、仕事扱いで来ている。


 仕事扱いにしてくれるの本当にありがたい。

 お金もしっかり出るし、福利厚生しっかりしてる。

 いい職場だ。


 それに武器屋雷神の武器はどれも超一級で、値段も手ごろの価格、店として文句ないはずだけど……


「店長が認めた人にしか売らないから、ほぼ利益出ないしな……」


 だから俺のバイト代出すだけでも大変なはずだ。


「何か俺も店のために出来ることあればなぁ……」


 そんなことを考えつつ、歩いていると目的の場所に着いた。


 ドラゴンダンジョン入口付近にある大きな建物。


 多くの探索者達をサポートし、ダンジョン内の秩序を守る。

 政府すら手が出せない巨大組織。

 それがダンジョン協会だ。


 俺はそんなダンジョン協会東京支部の門を叩いた。



 □□□



 支部で色々な手続きを終わらせ、試験会場に移動した。

 まぁ、試験会場って言ってもドラゴンダンジョンだから、いつもと何も変わらない。


 違うことがあるとしたら、試験官付きでの探索ってことくらいだ。


「本日試験官を担当します! 龍巳翔太郎っていいますっす! 今日はよろしくお願いしますっす!」


「こちらこそよろしくお願いします」


 俺は試験官に一礼する。


 試験官は太陽のように明るい笑顔をこちらに向ける。


「それでは早速試験開始と行きたいのですが、本当にこの階層のボスでよかったんすか?」


「はい、問題ありません」


 心配そうにこちらを見つめる。


「いるんすよね……怖いもの見たさで挑戦してみたいって人。まぁ、無理だけはしないでほしいっす。無理だと思ったら階層下げましょうっす」


 俺達が来ているのは八十層ボスフロア前。

 ここのボスは、エンペラーワイバーン。

 討伐推奨はS級五人での討伐、もしくは……


「一人で倒せたら、二つ名レベルっすよ? まぁでもS級じゃないので、二つ名は貰えないっすけど」


「はい、分かってます」


 二つ名、親方と風音さんが持ってる称号だな。

 確か日本には十人しかいなくて、二つ名取れば補助金が貰えるとか言っていたような気がする。


 まぁ、そもそも俺は前にS級試験失敗してるから、関係ないって聞かなかったんだよね。


 今度どれくらい貰えるのか聞いてみようかな。

 額によっては本気で目指す。

 学費の足しになれば嬉しいし。


 それはともかく、俺が今日エンペラーワイバーンにした理由は、二つ名目的ではない。

 ずばり! 肉が食いたいということだ!


 ここ最近ヘルシーメニュー続いたし、そろそろがっつりしたものが食べたい!


 それにこいつは、レッドドラゴンには劣るが脂が乗って上手い。


「久しぶりにワイバーンの肉をく――」


「く?」


 試験官が首を傾げる。


「――じゃなくって! エンペラーワイバーンの肉売ったらどれくらいになるかなぁって! あはは!」


 俺が誤魔化して笑うと、試験官が即興の嘘に納得してくれる。


「そうっすね。結構な金額になると思いますっす。なんせ、普通はパーティー組んでするもんっすから」


 試験官は特に気にしてないようで良かった。


 あっぶねぇ……

 モンスター料理食べてるって知ったら、タヌポンだってバレたかもしれない。


 バレなかったとしてもヤバイ人扱いされそうだ。

 今だにモンスター料理はゲテモノ枠だからなぁ……


「大丈夫っすか? 緊張してるなら人の字を手に書くといいっすよ!」


「心配していただきありがとうございます。俺は大丈夫です」


 俺がそんなことを考えていると試験官の人に心配された。

 考え事多いの俺の悪い癖だな。

 気をつけよう。


「それじゃあ行きましょうっす」


「はい」


 俺達は、ボスフロアに足を踏み入れる。


 天井を見上げると、黒き翼竜が宙を舞う。

 翼竜の皇帝、エンペラーワイバーンだ。


「がお゛ぉぉぉぉ!!!」


 咆哮が耳をつんざく。

 俺は鳴り終わるまで耳をふさぐ。


「うるさいなぁ……」


「いや、最初の感想それっすか!?」


 試験官が大げさに驚く。

 何度もやられてるから、今更なんだよなぁ……


 ドラゴン系のモンスターって、一々咆哮するから耳痛くなるんだよね。

 昔は慣れるまで大変だった……


「いや、それより来ますっす! 早く逃げましょうっす!」


「来る? この距離で?」


 もう一度見るとこちらに向かってきているエンペラーワイバーンと目が合う。

 挑発まだ使ってないけど、この距離で気づくんだ。


 エンペラーワイバーンが口を大きく開けると、中に火球が生成される。

 そのままこちらに急降下してくる。


「ちょっと後ろに下がって貰ってもいいですか? 戦いに巻き込んでしまうので」


「いや、何言ってるんすか!? 死にますよ!?」


 俺の腕を試験官が無理矢理、引っ張る。

 ちょ、動きづらい!


「大丈夫ですから、離れ――」


「ダメっす! もう見たから充分じゃないっすか!」


 そう言って俺を動かそうとするがピクリとも動いてない。

 中々頑固だなこの人。


 この距離じゃ、鉄壁で自分が助かっても、試験官が無事じゃすまない。


 ――仕方ない、シビアだけどやるしかないな。


「【スキル:弱点看破】発動」


 スキルを発動させ、エンペラーワイバーンを見る。

 エンペラーワイバーンの顎がきらりと光った。


「狙うのは顎か……」


 腕は試験官に掴まれて使えない。

 なら足だな……、


 エンペラーワイバーンの火球が最大まで大きくなり、放とうとする、その瞬間に、足を強く踏み込む。


「――今!!」


 俺はタイミング良く、エンペラーワイバーンの顎を蹴り上げる。

 エンペラーワイバーンが頭上に打ち上げられた。


 空中でエンペラーワイバーンの、火球が口の中で炸裂し、大きな爆発音があたりに響く。


「……え?」


「もう一回いいますよ? 俺はこいつと戦いに来たんです」


「えっ、あ、はい……」


 呆けた様子の試験官から、手を振りほどく。

 俺は首を鳴らす。


「一気に行くか、【スキル:鉄壁、挑発】発動」


 体にオーラを纏う。

 そして挑発により、フラフラと空を飛ぶエンペラーワイバーンが、こちらを凝視せざるをえなくなり顔がこちらを向く。


 足に力を込め、エンペラーワイバーンより高く跳躍する。


「落ちろっ!!」


 拳に力を込め、エンペラーワイバーンの頭を思いきり、殴りつける。

 エンペラーワイバーンが急降下し、地面に叩き付けられた。

 

 砂煙が上がり、エンペラーワイバーンが見えなくなる。

 だが、見えなくなっても弱点だけは光って見えていた。


 その光がだんだんと弱くなり、最後には消え失せる。


「二発か……新記録更新だな」


 俺が地面まで浮遊落下し、シュタと着地する。

 その頃には砂煙が晴れ、全体像が見えるようになった。


 エンペラーワイバーンがピクリとも動かず、完全に死体となる。


「ま、まじっすか……本当に、一人で……」


「だから大丈夫って散々いいましたよ? これでA級は合格って事でいいんですか?」


 試験官は勢いよく首を上下に振る。


「合格に決まってるっす! エンペラーワイバーンソロ討伐出来るなんてS級以上っす! あぁ、二つ名にすぐに出来ないのが悔やまれるっす!」


 そう言って試験官は悔しがりながら、ダンジョン協会の制服にある胸ポケットの小型カメラを取り出す。


 一応不正防止ってことで、撮影されてることは事前に説明されてたけど、ちゃんと映れてるかな。

 まさか、ピンボケしてダメとかないよな……


 俺が不安に思ってると試験官が中身を確認した後。

 にこやかに笑い、指で丸を作った。


「倒したところもしっかりと映ってますっす。これで信じてもらえるっす」


「なら良かったです」


 俺は胸を撫で下ろす。

 良かった……映像にしっかりと映ってて。 


 試験官はニコニコと笑う。


「以上で、試験は終了となりますが、そのまま戻られますっすか?」


「いえ、少しダンジョンでやる事あるので、ライセンス受け取りは、その後でもいいですか?」


「構いませんっす。それではいつでもお待ちしてるっす!」


 そう言うと試験官が敬礼して、嬉しそうにこの場を去る。

 完全に視界から外れたことを確認し、周りをキョロキョロと見回す。


「――よし、誰もいないよな」


 俺は物陰に隠していたタヌキ面といつもの配信セット、調理器具をウキウキで取り出す。


「さぁ、こっからは料理の時間だ♪」



 □□□



 ドラゴンダンジョン入口。


 翔太郎が少し興奮気味に道を歩いていると、見知った顔に出くわす。


「陽子じゃないっすか! もう動いて大丈夫なんすか? 一週間寝たきりだったのに」


「大丈夫ですよ兄さん、逆に動いてないと体がなまりそうなので、今日はリハビリも兼ねて潜ろうかと」


「なるほど、いい事っすね!」


 陽子と呼ばれた女性は首を傾げた。


「それより、かなり興奮していたようでしたが、どうかしたのですか?」


 翔太郎がニコニコと笑って答える。


「実は二つ名持ちになるかもしれない受験生担当したんっすよ! いや~いい経験させてもらったっす!」


 陽子が訝しむ視線を翔太郎に送る。


「二つ名持ち、ですか? 流石にそれは言い過ぎでは?」


 翔太郎は首を勢い良く横に振る。


「そんなことないっすよ! だってエンペラーワイバーンを二撃で倒したんす!」


「八十層のボスモンスターをですか!?」


 あり得ないと陽子は驚愕する。


「しかも武器使わないでっすよ! あの無駄のない動きには惚れ惚れするっす」


 翔太郎は先程あったことを得意げに語った。

 陽子はそれを聞くと考えるそぶりを見せる。


「武器を使わない……まさか……」


「あれは格闘スキル滅茶苦茶極め――」


「その方、今どこにいますか!」


 陽子が試験官に必死な形相で詰め寄る。


「え? まだダンジョン内にいると思うっすけど……」


「ありがとうございます兄さん!」


 そう言うと陽子はダンジョンに足早に走り去る。


「一体どうしたんすかね?」


 翔太郎は首を傾げる。

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