第96話 動き出した世界

 場所は変わって、ドラゴンダンジョン最上階。

 魔王の玉座にて……。


「だからね? お兄ちゃん基本的に自分に対する好意はライクで受け取るから、ラブまでいかないんだよね~ルックスはイケメンではないけどブサイクって程でもないし、もうちょっと自分に自信持てれば彼女が……いや、私が認めた人以外と付き合ってほしくないな~」


「どうでもいいわ! 橙矢が恋愛感情に鈍い理由なんぞ興味ない! そんなことよりどうしてこのゲームとやらは難しいのだ! 何故わしがこんなこと!」


 暴食の魔王はしかめっ面で、一昔前のゲーム機をピコピコと慣れない手つきで動かす。


「私の得意なことで本気で勝負したいっていったのそっちだから、文句は受け付けないよ♪」


 反対に余裕そうな瑠璃は舌で唇をペロリとなめる。


「そもそもゲーム配信者にゲームで挑むのは絶対無謀だって♪ 一昔前のゲームでも私にかかれば楽勝♪ ほら、お邪魔アイテム追加♪」


「アァァァ!?」


「マジで何してんだしぃ」


 二人の様子を呆れたようにアスモデウスは見ていた。

 瑠璃はニコニコと笑う。


「何って暇だからゲームしてるの♪ 仕込みは全部したからね」


「暇って……いや、それよりも仕込みってぇ?」


「さっき話したお兄ちゃん育成計画のことだよ♪」


 瑠璃はゲーム画面から目を離さないまま答える。


「繰り返しに中で分かったのは、お兄ちゃんが一番強くなる要素は、強敵撃破による経験、オズとの接触による異世界への接触、魔王との会合によるスキル強化、この三つだったんだよね。それがそろってるのは私が一番最初に経験したこの周回だったわけ」


 ボーンと可愛い爆発音がゲーム機から鳴る。


「元の周回が一番強くなるなんて一番皮肉な話だよね」


 瑠璃のその横顔は、昔のことをかみしめているように見えた。


 そんな瑠璃を気にも留めず、暴食の魔王は肩を落とす。


「あぁ負けた……」


「勝利♪」


 ピョンピョンと嬉しそうに跳ね回る瑠璃。


「まぁ、周回特典はお兄ちゃんに渡したからもっと強くなるとは思うけど」


「最初にダンジョンへ潜った際、魔力弾を橙矢にたくさん打ち込んだ時にじゃな。あの時妙な魔力の流れがあったしのう」


「正解♪」


 不貞腐れたようにいじけるベルゼブブはそういった。

 ぱちんと嬉しそうに瑠璃は指を鳴らす。


「肉体の情報っていうのは、大雑把に言うと電気信号で出来てるんだよ」


 バチバチと瑠璃は指先に電気が走る。


「だから私の周回で一番強かったお兄ちゃんのステータス情報や、現状のスキル、まだ覚醒してないスキルの情報を読み取っておいて、この周回で電気を使って、お兄ちゃんの体に送ったんだよ」


「……? つまりどういうことじゃ?」


 首を傾げるベルゼブブにニコニコと瑠璃は笑う。


「最強のステータスを引継いだ状態で強くてニューゲームってことだよ。まぁ全部完璧には引き継げるわけじゃないから中途半端なんだけどね」


 瑠璃はゲーム機を床に置き、ゆっくりと起き上がる。


「じゃが、あの頃は確かまだ……」


「私の記憶は戻ってなかったよ?」


 あっけからんと瑠璃は答える。


「あえて重要な時以外記憶が戻らないようにしといたんだよ――でないと私が余計なことすると元の歴史にならなそうだったしね」


「何か今だに信じられない話だしぃ」


 訝しげに瑠璃を見つめるアスモデウス。


 まぁそれはそうだろうと瑠璃は思う。

 逆の立場なら自分も同じ感想だったろうと。


「信じなくてもいいけど協力はしてね? 元々あなた達の世界の問題がこっちに来てるんだから」


 そう言うと、ベルゼブブは拳を握りしめる。


「当たり前じゃ、あやつはわしらをこんな姿に変えた元凶――けじめはつけさせる」


 何か思うところがあるのか、瞳は力強かった。

 クスクスとアスモデウスは笑う。


「わたしはあんな奴もうどうでもいいしぃ、でもぉサタン様を生き返らせる件、忘れないでねぇ」


「……全部が片付いたらね」


 ひらひらと手を振りながら瑠璃はあしらうように受け答えする。


「さぁお兄ちゃん、ここがターニングポイントだよ」


 全てを知ったお兄ちゃんがどういう決断をするのか。

 

 魔王側について、この世界との人達との決別か。

 

 オズ側について、人類だけを守るのか

 

 はたまた……。


「どんな決断しようと私は肯定するよ――だけど、あいつだけは倒さないとお兄ちゃんも私も前に進めない」


 全ての元凶にして、神の権能を略奪した。


 【強欲の魔王マモン】を倒すまでは。

 

「この周回でけりつけるから――覚悟してなよ」


 遠くの空を睨みながら、瑠璃はそう吐き捨てた。



 □□□



 同時刻、オズの本拠地では……。


「魔王が一堂に会する? その情報確かなの?」


 それをひどくつまらなそうに中央の玉座で座るドロシーは、部下の報告を聞き返す。


 緊張した面持ちで部下は報告を続ける。


「確かかと、実際に探知班の報告では魔王達の反応がネクロダンジョンに集合しつつあるとありますから」


「へぇ~珍し、一体あいつら何をしようとしてるんだろうね?」


 ケラケラと底意地悪い笑みを浮かべるカカシ。


「企みなんてどうでもいいわ、全て潰せばいいもの」


「あれあれ? 今日はご機嫌ななめだね詩織ちゃん?」


 瞬間、空気が重くなる。

 ドロシーの放つ強烈なプレッシャーが部屋全体を覆う。

 部下はあまりのプレッシャーで過呼吸になり、その場に倒れ込む。

 反対にカカシは涼しげな顔で変わらず笑っている。


「その顔で本名を呼ばないでくれるかしら、マモン」


「ごめんごめん♪ ついこの体の記憶が出ちゃって♪」


 悪びれた様子もなく、てへっと笑うマモン。

 それをギロリと睨むドロシー。


「いい加減、カカシ君を――犬飼君の体を解放してよ」


「だ~からボクも散々言ってるよね?」


 マモンはドロシーを嘲るように笑う。


「魔王や君のような強靭な肉体を保持する死体が手に入ったら、この体の持ち主を生き返らせてあげる――それが君とした約束でしょ? 忘れちゃった?」


「分かってるわよ! だからあんたみたいな魔族と手を組んだんだから!」


 ガンッと椅子の縁を強く殴って立ち上がるドロシー。


「マモン、オズのメンバー全員に伝えて、これからネクロダンジョンに全員で攻め入るわ」


 カツンとドロシーは銀の靴を鳴らす。

 背中にある聖剣がカチャリと音を立てる。


「――異世界での決着を今度こそつけるわ」


 オズのリーダーにして勇者、ドロシーが動きだした。


 その瞳はとても濁っており、とても……盲目だった。

 裏でほくそ笑む、魔族の企みさえ見通せないほどに……。

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