第60話 モンスター天丼
イベント開催日。
フォレストダンジョン前には、いつもより多くの人が押し寄せる。
その中心で俺は仮面を被り、ひたすら包丁と鍋を振るいながら指示を出していた。
「ベジウォーリアーの食材を触る時は必ず手袋を――味見ですか? 俺がしますから、しばしお待ちを――切った食材がもう手元にない? 佐藤さんに確認取れました。奥の倉庫に、まだまだありますのでそちらを使ってください」
普段は喋りながら料理なんてしないため、頭をフル回転させながら、指示を飛ばす。
佐藤さんもあっちへこっちへと俺の指示を伝達するために動いてもらっている。
予想以上の集客に俺もたじたじだ。
あまり来ないと高をくくったのが悪かった。
「まさか、こんなに集まるなん――」
「本物のタヌポンだ! いつも見てます!」
「いつも見てくれてありがとう!」
ファンの人と握手をするため、料理を一時止める。
忙しいとは言え、いつも見てもらってる人達に、絶対に失礼のないようにしなくてはいけない。
そんな忙しい時間を過ごし、お昼を過ぎた頃のこと。
「料理全て完売しました。お客様には大変申し訳ありませんが、これでタヌポンの出店販売は終了とさせていただきます!」
アナウンスが流れ、えぇ~と買えなくて残念がってる人や、良かったギリギリ買えたという喜んでいる人達の声が聞こえてくる。
「また、午後六時にタヌポンの料理ショーが開催されますので、そちらもどうぞお楽しみに!」
おぉぉぉ! という歓声が上がった。
俺はその歓声に紛れて休憩テントの中へ入る。
周りに一応誰もいないことを確認して、仮面を取った。
「つっ……かれたぁぁぁ……」
置いてあるパイプ椅子にドカッと座る。
流石に疲れた……腹も減ったし、ぶっ通しは体に来る。
椅子で休憩していると、佐藤さんがテントの中に入って来た。
「お疲れ様ですタヌポンさん」
「佐藤さんもお疲れ様です。今、片付けを手伝いますから――」
「一旦タヌポンさんは休憩を取ってください。片付けは私たちがしておきますので」
有無を言わさず、佐藤さんはピシャリとそう言った。
「ですけど……」
「休むのも仕事です。ご自身の言葉ですよ?」
佐藤さんにそれを言われては休まざるを得ない。
「ありがとうございます佐藤さん」
「いえ、マネージャーとして担当の体調管理は当たり前の業務ですので」
そう言って、休憩テントから足早と出て行ってしまう。
さて、俺も上だけでも服を変えて、外出るか。
俺が上着を脱いだ瞬間に、テントに佐藤さんが戻ってくる。
「忘れていました、良ければ、この会場で使えるクーポン券……を…………」
「何から何まですいません」
佐藤さんが何故か俺を見て固まってる。
どうしたんだろうか?
「あの……服を着ていただけますでしょうか?」
佐藤さんは俺から目線をそらしてそう言った。
今、俺上裸状態だったの忘れてたよ。
着替えの服を急いで着る。
「すいません、お見苦しいものを見せてしまって」
「いえ……その……それでは私はこれで、ここにクーポン券を置いておきますので……」
佐藤さんはそう言うと、走ってテントの外に急いで出る。
「刺激が強すぎるんだおォォォ!!!」
外からなんか叫び声みたいなの聞こえたけど、佐藤さん大丈夫かな?
何か佐藤さんの声に似てた気もするけど、あんな大声出す人じゃないし、きっと聞き間違いだ。
うん、そうに違いない。
俺は手荷物を全て持って、外に人がいないことを確認してから出る。
会場に出ると多くの人がいた。
周りからは、俺達が出したカレーのスパイシーないい香りや、他にも出店が出してる料理、ソースや肉の焼ける匂いが充満し、みな楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「やっぱいいな、こういうの」
平和なイベント会場を俺は一人でゆっくり見て回る。
そんな時だった。
「うわぁぁん」
子供の泣く声が聞こえてくる。
声のした方へ振り向くと、男の子がうずくまっているのが見えた。
俺は男の子の近くに駆け寄る。
「大丈夫? 何かあったのかな?」
少年の目線が合うように屈んで聞いた。
嗚咽混じりの声で、少年はこちらを見る。
「お母さんとお父さん……いなく、なちゃった」
「…………そっか、じゃあ俺と一緒に探そうか?」
「いい、の?」
「あぁ……いい――」
ぐぅと少年のお腹から音がする。
どうやら、お腹が減っているようだ。
まぁ、この会場にいたらお腹すくよな
「その前に何か食べようか?」
少年はコクリと無言で頷いた。
俺は会場の空いてるテーブルと椅子に少年を座らせ、座ってくれている間に、急いで会場の屋台から色々買いこむ。
そして、テーブル一杯に広げる。
「さぁ、好きなの食ってくれ」
「……いいの?」
「あぁ、腹が減っては何とやらだ。遠慮すんな」
「うん! いただきます!」
嬉しそうに割り箸をとって食べ始める。
俺も割り箸を手に取った。
パクパクと屋台にあった物を買い食いした。
ソース焼きそば、たこ焼き、牛串、りんご飴など、祭りの定番の食べ物をほぼほぼ制覇したと言えるだろう。
「ふ~、結構お腹いっぱいになってきたな」
「お兄さん、すごく食べるね?」
「そうか? そうかも」
あれだけ、食ったのにも関わらず、俺はまだ腹五分目と言った感じだった。
――というか、むしろこの子食べなさすぎでは?
料理に一口手を付けたら、もうそれ以上食べようとしなかった。
あんまりこういうの好きじゃないのかな?
俺がそう考えていると、ジーと俺の手荷物の方へ少年は視線が向いている。
「どうかしたのか?」
「いや、そっちからいい匂いするなって」
他の食べ物より、目をキラキラとさせて見ていた。
……すげぇな。この子すごく鼻がいい。
俺は手荷物から、タッパーを取り出す。
中を開けると、白米の上にベジウォーリアーのかき揚げ、キングビーの天ぷらを乗せ、甘ダレをかけた料理。
名づけるなら、モンスター天丼。
「何コレ!」
「モンスター料理なんだが……あんま子供が食べる物でもないぞ? お腹すいたらな別のを――」
「これ食べたい!」
子供にキラキラと目を輝かせて言われると断れる気がしない。
「いいよ、もう一個あるからそれあげる」
手荷物から、もう一個大きなタッパーを取り出して、少年に渡す。
「いただきます!!」
先程の小食が嘘のように元気に食べている。
あっという間に少年はモンスター天丼を平らげた。
「ごちそう様!」
「お粗末様」
俺はタッパーや、食べ終わった器を片付ける。
少年もお腹いっぱいになったからか、元気いっぱいだ。
「じゃあ、お母さんとお父さん探そう」
「そうだね、ところで一つ聞きたいんだけどさ?」
「何? お兄さん」
ニコニコな笑顔で、少年は振り返る。
「君の両親って、天使か何かなのかな? だって君の背中に……そんな大きな羽が付いてるくらいだしさ?」
「――へぇ、見えてるんだ」
俺がそう問いかけると、少年は黒い羽を大きく広げ、三日月のように口を開いて笑っていた。
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