第61話 傲慢の魔王

 少年が背中の黒い羽をはためかせる。


「いつから気付いてた? 僕が人間じゃないって」


「最初からだよ――泣いてるのに誰も手を貸そうとしないどころか、みんな見えてなさそうだったからさ。だったら、俺にしか見えてない異形の何か、ってことになるだろ?」


「……分かってるなら、こんな子供の演技しなかったのに、あぁ~あ」


 つまらなさそうに少年は椅子に腰掛ける。


「で? 僕が何なのかは検討ついてるの?」


「おそらく、魔族……だと思うが、どう見ても天使っぽいんだよな……あと、何か花っぽいの頭につけてるし。邪悪って感じがしない」


「まぁ、オズの話だけ聞いてれば戸惑うのも無理はないよ……けど、いいの? もしかしたら、見た目で油断させて、君を殺そうと――」


「してんなら最初からやってるだろ? 人に見られるのがまずいから俺を人気のないどこかに誘導させようとした。違うか?」


 俺が笑うと、少年は拍手する。


「正解、満点の回答だ。――出来れば、その耳につけてるイヤホンからアドバイス貰ってなかったら、本当に良かったのにね」


 俺は、はぁ……とため息をついて耳に手を当てる。


「バレてるみたいだけど、どうするんだクソ兎?」


『あんたの演技下手くそなのが悪いのよ鈍亀! さっさとスピーカーにして! わたくしが話しますわ!』


 スマホを机の上に置いて、それから……


「これ、どうやってスピーカーにするんだっけ?」


「このマーク押せばなるよお兄さん」


「ありがとう」


『敵に教わってどうするんですのよ!』


 俺は宇佐美の言葉を無視し、言われた通りにスピーカーに切り替える。


『じゃあ改めまして、宇佐美ですわ。どうせ、気付いていたでしょうけど』


「まぁね、頑張ってお兄さんは噓つこうとしてたみたいだけど、虚飾は僕の前じゃ意味を成さないよ?」


『虚飾……ね』


 宇佐美はその言葉に無言になる。

 考え事してるだろうから、俺からこの少年に質問するか。


「あんたの名前は? あっ、でも魔族って、名前あるのか?」


「あるよ……そうだね。こちらも名乗るのが礼儀か」


 少年は立ち上がる。


「フォレストダンジョン統括魔族、傲慢の魔王サタンだ。よろしくするつもりはないけど、よろしく」


「……いきなり大当たり引いちまった」


 魔王って、魔族の王と書いて魔王だろ?

 もう親玉出て来っちゃったじゃんか。


「ちなみに、魔王は後六人いるから、僕を倒してハッピーエンドってことはないよ?」


「六人もいんのかよ……」


「あと、ダンジョンと僕達は異世界から来たんだ」


『一気に情報増やすんじゃねぇですわ!!』


 宇佐美が電話越しに動揺してるのが伝わってくる。

 まぁ、俺もそうだけど。


「混乱してる方が都合がいいから、もっと喋るよ。魔族って言ってるけど、僕の種族は厳密には天使族だ。あくまで下等な人間が自分とは違うってだけで、そうくくってるだけだよ」


「下等ねぇ……」


 俺がそう呟くと、サタンは半眼でこちらを睨んでくる。


「事実だろ? 食物連鎖の頂点を自分達だと思い込み、それ以外を迫害するもっとも傲慢な種族が下等じゃなくて、何だと言えるの?」


『ぐぅの根も出ないですわね。でも、傲慢の魔王であるあなたがそれ言うんですの?』


「僕は自分が傲慢である自覚はあるからね。自覚のない傲慢はただの愚者だ。見てるだけで腹が立つ」


 少年は舌打ちする。

 自覚してなお傲慢であるのと、自覚無しの傲慢は違うってことかな?

 俺にはよく分からない会話だ。


 そんなことを考えていると、少年は何が面白いのか、こちらを見て笑う。


「まぁ、お兄さんは傲慢とは縁がなさそうだけどね? その代わり、暴食と怠惰が気に入ってるだけの素質はあるよ」


「――ちょっと疑問なんだが、何で七つの大罪なんだ? 異世界から来たっていってたけど、こっちの概念だろそれ?」


「異世界の言語をこっちに直すとちょうど似てるものがあったから流用したんだよ」


「それが七つの大罪ねぇ……」


 一つの疑問は解消した。

 でも、疑問の数が多くてどれから聞いていいか分からない。


『――というか、随分素直に答えますわね?』


「まぁ、捧げ物されたからね。神の使いとしては、それに答えないわけにはいかないんだよ」


「料理って捧げ物扱いなのか」


『神じゃなくて、天使が食ってますわよね?』


「細かいこと気にしない、ほらほら食べた分くらいは質問に応えるよ」


 サタンが次の質問早くと手招きする。


「じゃあ、俺のこの腕輪は何なんだ?」


「大罪の腕輪ね。まぁ、ようするに魔王の眷属認定されたってことだよ。その腕輪がある限り僕達から攻撃されることはないね。他の魔王の眷属に手を出すのは禁止されてるし」


「……俺、あんた以外に一度も魔王にあってないはずなんだが」


 知らない奴に眷属扱いされてるの怖すぎないか?


「さぁ? それを僕に聞かれても知らないよ」


 サタンは肩をすくめる。


「じゃあ、改めて質問だ」


 俺はサタンを睨みつける。


「あいつを操って、妹を襲わせたのはお前か」


 サタンは真顔になり。


「いや、違うよ? 僕がそんなめんどくさいことするわけないじゃん、何言ってんの怖」


「あれ?」


 サタンは心外だと言わんばかりの表情だった。

 本当にあれは偶然だったらしい。


「てっきり、仕掛けたのはあんたなんだと思ってたんだが……」


「あれは本当に居合わせただけで意図してないし、というか。あっちがこっちのせいにしたいから、たまたまをこじつけしたんでしょ? あいつら被害妄想ひどいから」


「でも、ライオンが話した内容は……」


「……一応言っとくけど、僕終始無言だったからね?

 多分だけど、僕の力で見せた幻だよ。本人が一番言われたくない言葉を、言われたくない相手の顔でするからこっちは操作できない」


 う~ん、それでも腑に落ちない。


「操られた人達がいるらしいんだけど……」


「それは、全部魔物の餌にしたよ? どうせ、人間の中でも屑みたいな連中でしょ? だったら魔物達の餌にした方が――」


「……魔物に食べさせたのか」


 俺が睨みながらそう言うとニヤリと笑う。


「少なくとも僕は人間を魔物の餌に丁度いいくらいにしか思ってないよ。こうやって会話出来てるのも、僕の気まぐれだしね。魔族全員の願いがそうとは言わないけどさ」


「――もう一つ質問いいか?」


「何だい?」


「お前らの目的は何だ。本当に人類を支配することが目的なのか」


 そう言うと、少しサタンが少し黙る。

 しばらくの熟考、そして口を開く。


「魔王によって違う、とだけは大前提として話しておく。一応知ってる範囲だと、暴食は人が食欲を満たすと出るエネルギーを糧に生きてるんだけど、最近ダンジョン内で食欲を満たす奴らが多いから、今は人間に何かしたいとは思ってないらしい」


『くしくも、鈍亀の料理配信が功を奏したんですわね』


「俺が暴食を止めてたってことか?」


「そうだね。だけど、君がフォレストダンジョンに来たのを妬んで、腹いせに同族にする呪いで竜人化させようとしてたね。君よっぽど彼女に気に入られてるんだね」


「嬉しくないなぁ……」


 ケラケラとサタンは笑う。

 竜人か……ってことは、暴食の魔王って竜人なのか?

 俺がそんなことを考えているのもお構いなしに話は続く。


「そして、君達が一番聞きたがってるのは多分ネクロダンジョンの魔王についてだよね?」


 そう言うと、電話越しにでも伝わるくらい、ピリピリとした空気が流れる。


『教えなさい、茜を殺した魔族の親玉の名前を、どんな御大層な目的があったのか、全てを!』


「いいよ、別に僕は困らないし」


 あっさりとサタンは了承する。


「怠惰の魔王ベルフェゴール、種族は吸血鬼。方針は今の関係を崩さない、だったかな? その方針の通り、人に危害を出す奴じゃないんだけど、よっぽどその子の血がうまそうだったか。あるいは……」


『何か見てはいけないものでも見たから消された。それが一番可能性がありそうですわね。そんなくだらない理由で茜は!』


「……」


 吸血鬼……確かに言われれば納得する。

 茜の首筋には噛み痕があった。

 吸血鬼なら納得できる。

 でも、何かが引っかかている。


 俺が考え込んでいると、やれやれとサタンは手をあげる。


「まぁ、疑わしいのなら行って確かめてきたら? その腕輪あれば襲われる心配ないんだし」


「そうだな、近々行ってみるよ。あと、まだまだ質問が……」


「――残念だけど、時間切れだ」


 瞬間、地面が大きくグラグラと揺れだす。

 そして、サタンはにニヒルに笑う。


「時間稼ぎが長すぎて色々しゃべり過ぎたよ。でも、君の足止め代と思えば安いもんだよね」


「一体何を!!」


「……こういうことだよ!」


 パチンとサタンが指を鳴らすと、景色が一変する。

 あれまで騒がしかったのが嘘のように静かになり、そして周りが樹木が覆っていた。

 人が辺りにおらず、俺とサタンだけになる。

 見覚えのあるこの場所は、90層のポータルエリア。

 つまり……


「ダンジョン内……てことは転移させられたのか」


「ご名答! 今度はあの子の意見なしで答えられたね」


 嬉しそうにサタンは笑う。


「最悪だ……」


 俺は、そう呟くことしか出来なかった。

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