第38話 過ぎたるは猶及ばざるが如し

「何か途中で配信切れてたんだよな……ビックスパイダー、サクサクして美味しいのに――映らなかったのほんと残念だ」


 もしかして、会社的にNGだったんだろうか。

 配信停止出来るの現場にいる俺か、遠隔操作してるドラプロの人だろうし。


「せっかくの撮れ高が……」


 俺がため息をつきながら、フォレストダンジョンから出ると、佐藤さんが入口で待機していた。


 髪をハーフアップにまとめ。

 キリッとした瞳が特徴のクール美人。


 だが、美人なのに周りを寄せ付けないオーラを出し。

 そのせいか、佐藤さんの近くに誰も近寄ってこない。

 むしろ、避けられてさえいる。


 俺はそんな佐藤さんに近寄った。


「お疲れ様です! すいません待たせてしまったみたいで」


「いえ、仕事なので」


 ギロリとこちらを半眼で見つめてくる。

 佐藤さん目の下に隈が出来ている。

 きっと仕事か立て込んで疲れてるのだろう。


 もしかして俺のイベントで?

 ――だとしたら、何か申し訳ないな。


「あの……無理だけはしないでくださいね? 顔色が優れないようですし――」


「問題ありません。これから打ち合わせしますので、お店にでも入りましょう」


 フラフラとした足取りで、歩く佐藤さん。

 いや、かなり問題あるような気がする。

 今にも倒れてしまいそうだ。


「佐藤さん、ちょっと待っ――」


 佐藤さんがフラリと体勢を崩した。


「言わんこっちゃない!」


 俺は佐藤さんに走り寄り体を支える。

 案の定というか、佐藤さんはもう限界に近かったようだ。


「大丈夫ですか! 今救急車呼びますからね!」


 俺がスマホを取り出そうとした手を、佐藤さんが弱弱しい手でつかむ。


「やめて……ください。仕事に……差し支えが……」


 それだけ言うと佐藤さんの手から力が抜ける。

 手首から脈を測ったが正常、熱もなさそうだし。

 単純な過労と寝不足だな。


 念のため、病院には運んだ方がいいと思うけど。

 佐藤さん嫌がってたしな……


「あっ、そうだ」



 □□□



「う、う~ん」


 しばらくして佐藤さんが目を覚ました。

 前より顔色はいいし、やっぱり寝不足だったようだ。


「大丈夫ですか? 病院は嫌みたいだったので、一応日陰のベンチに移動させてもらったんですけど……」


 あれ?

 何か顔赤い気がするけど、どうしたんだろう?


「あ、あのタヌポンさん? 何故私は膝枕されているのでしょうか?」


 体勢的には俺が佐藤さんを膝枕した状態でベンチに座っている。

 上着あれば枕代わりに出来ただんろうけど、手元になかったしなぁ……


「硬いベンチに頭寝かせると首痛めると思ったので――もしかして余計なことしましたか?」


「い、いえ……ありがとうございました」


 佐藤さんは急いで態勢を直す。


 よっぽど俺と触れてたくなかったんだろうな。

 もしくはよっぽど寝にくかったのかも。

 いや、むしろ俺と近づいていたくないってことか。


「すいません。俺なんかに触れたくなかったですよね」


「そ、そんなことありません! むしろ――いえ、何でもありません」


 佐藤さんが顔をそらす。

 言葉を選んでくれたようだ。


 やっぱりキモかったんだろうか。

 瑠璃にもやってあげてるから、感覚麻痺ってたかもしれない。

 うん、今後やらないようにしよう。


 佐藤さんが俺に頭を下げた。


「タヌポンさん本当にすいません。ご迷惑かけたみたいで……」


「いえこちらこそ余計なお世話でしたね。――でも、倒れるほどって、ドラプロってそんな激務なんですか?」


 佐藤さんは首を横に振った。


「むしろ仕事を探しにいくレベルです。単純に私が仕事を受け過ぎなだけだと思います。上司にも仕事を抱えすぎただと怒られました」


「それでも、仕事の量は変えなかったってことですか?」


 佐藤さんはコクリと頷く。


「新人ですので……私が頑張らなけばないけないんです」


 佐藤さんはより一層鋭い目つきになる。


 仕事を一生懸命頑張るのはいい事だけど。

 何かなぁ……


「頑張りすぎるのは良くないと思いますよ」


「えっ?」


 佐藤さんが俺の方を見る。


 あっ、考えていたことが口に出てたみたいだ。

 まぁいいか、このまま自分の考えを言ってしまおう。


「前の職場の先輩が俺に言ってたんです。過ぎたるは猶及ばざるが如し。お前はやりすぎるから、もっと肩の力を抜けって」


「肩の……力を」


「その時は俺も新人何で頑張らないと! 頑張りすぎてはいけない事なんてない! と思っていたんです」


 俺は過去を思い出して苦笑いする。


「だけど、無理がたたったのか。会社で倒れてかなり迷惑かけたことありまして……」


「……」


 佐藤さんが俯く。

 俺の話した内容があまりにも自分の状況に似すぎていて、言葉が出ないのだろう。


 佐藤さん見てると、どうしても昔の俺を思い出す。

 たかだが数年で何を言ってるんだと言われるかもしれない。

 でも、この人を――同じ悩みをしている人をほっとけない。


 俺には頼れる仲間がいたから何とかなった。

 佐藤さんにそういう人がいるのか分からないが、少なくとも俺はこの人の力になりたいと思ってる。


 助けられた俺が、同じ悩みを持つ人を今度は助ける番だ。


 俺は話を続ける。


「自分の健康の調整も仕事のうちです。無理して倒れたらそれこそ本末転倒ですから。――まぁ、年下の俺なんかに言われたくないかもですけどね」


 俺は頬を搔きながら、佐藤さんに微笑む。

 すると佐藤さんがそっぽを向いてしまった。


 もしかして、怒らせたかな?


「あの、何か生意気言ってすみません」


「いえ、事実ですので――そうですね、仕事の量を見直してみることにします」


「はい、その方がいいです! 俺も出来る事あったら、協力します! せっかく仲良くなった佐藤さんが倒れるのは悲しいですから!」


 俺がそう言うと、佐藤さんが小声でボソッと呟く。


「――やっぱり推しは優しいだお」


「……? 何か言いましたか?」


 佐藤さんが首を勢いよく横に振る。


「な、何でもないです! 休息も取りましたし、打ち合わせしに行きましょう!」


 佐藤さんが元気よく歩き出す。

 前までフラフラだったのに元気だな!?


「ちょっと待ってくださいよ!」


 俺は佐藤さんの後ろを急いで追いかけた。



□□□



 宮城県仙台市の大通り。

 東京ほどではないが多くの人が行き交う。

 そんな道を俺と佐藤さんは歩く。


「佐藤さんどこに向かってるんですか?」


「タヌ――葉賀さんが好きそうなお店です」


 タヌポンと言いかけて佐藤さんは途中でやめる。

 この大通りでその名前言われるとバレちゃいそうだしね。

 それにしても俺が好きそうな店か、楽しみだな。


「着きました」


 佐藤さんがピタリと足を止めた。

 見るとそこはとある飲食店のようだが……


「ここは、はらこ飯という郷土料理を取り扱ってる店です」


「はらこ飯?」


 俺は聞きなれない言葉に首を傾げる。

 スマホで調べたら、鮭の煮汁でご飯を炊き込み。

 イクラや鮭の身などを上からかけたものらしい。


「美味しそうですね!」


「喜んでいただけたようで良かったです。ここで食事にしましょう。お金はこちらで払いますので」


「えっ!? 流石にお金出させるわけに――」


「い・い・で・す・よ・ね!」


 グイッと佐藤さんが俺に詰め寄る。

 勢いが怖い……

 ここは素直に従った方がよさそうだな。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます佐藤さん」


「いえ、感謝は私より会社に言って下さい。どうせ経費から出ますから」


 佐藤さんは腕組して人差し指を立てる。


「むしろタヌ――葉賀さんが格安ホテルに宿泊したり、新幹線じゃなくて夜行バス使ったりして、料金が異常に安すぎるんですよ」


 いや、だってその方が安いし。

 安くすむならそれにこしたことはない。


「いくら経費から出るって言われても使えないですよ……なるべく会社に迷惑かけないよう最小金額に――」


「一日で何百万と稼ぐ人が何言ってるんですか? もっと贅沢も覚えましょう?」


 瑠璃もそんなこと言ってたなぁ。


 基本的にお金は瑠璃に一括管理してもらってる。

 お金周りは瑠璃の方が詳しいからな。

 何でも家計簿アプリ? とか言うのに金額を全部入れれば、計算が簡単に出来るって話だったかな?

 機械に詳しくない俺には分からない話だった。

 

 その瑠璃が、もうお金の事気にしなくてもいいんだよ?

 むしろ稼ぎすぎだよ!?


 瑠璃はそう言っていた。


 でも、あれは絶対に俺を心配させないための嘘だろう。

 妹にこれ以上お金で心配させないために、俺がもっと稼がなきゃ。


 お金、大事。

 無駄、良くない。


 俺がそんなことを考えていると佐藤さんに手を引かれる。


「ほら、行きますよ」


 店の中に入ろうとした瞬間、


「あぁ~!! 昨日の鉄壁男じゃないデスか!!」


 俺は声のした方に振り向くと、昨日の襲ってきた金髪少女がそこには立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る