第39話 はらこ飯と予期せぬ再会

 佐藤さんの視線が鋭くなる。


「お知り合いですか?」


「昨日ちょっと絡まれまして……ダンジョンウォリアーって知ってますか?」


「確かここ限定のイベントでしたよね? 葉賀さんには関係ないと思ってお伝えしなかったのですが――まさか戦ったんですか」


「騙されて……ですけどね」


 佐藤さんの鋭い視線が金髪少女に向く。


「ひっ!? だ、騙される方が悪いんデス! 初心者狩りはPVPゲームじゃ常識デス!」


 ガタガタと金髪少女は震えだし、物陰から顔だけ出す。


「き、昨日の借りは返すデス! お前たちやっておしまいデス!」


 金髪少女が物陰にいる人に指示を出す。


「完全に、悪役の……セリフ」


「部長、負けず嫌いもここまで来るとストーカーレベルですよ♪」


「それな☆」


 うん?

 何かすごく聞き覚えある声が物陰からするな?


 物陰から少女三人組が顔を出す。

 その顔に見覚えある。

 いや、むしろない方がおかしい。


「お兄ちゃん!? 何でここにいるの!?」


「それはこっちのセリフだよ瑠璃」


 物陰から出てきたのは、瑠璃と猫宮さん、藍ちゃんの三人組だった。

 俺だと分かると猫宮さんと藍ちゃんが真っ直ぐに駆け寄ってくる。


「お兄さん、おっひさ☆」


「お久し、ぶり……です」


「二人とも相変わらずでよかったよ。えっと……藍ちゃんは、叔父さんの件大丈夫だった?」


 親戚とはいえ、捕まる原因作ったの俺だし。

 もしかして、家に押しかけてくる人とかいたかも……


 俺がそんなことを考えていると藍ちゃんは首を縦に振る。


「父が、全部……対応して、くれました。父は弁護士、やってます……から。だけど……叔父の弁護は、しません……でした♪」


 藍ちゃんがニコリと笑った。

 吉田元社長、身内にも嫌われるってよっぽどだな。

 自業自得だけど。


「あの、またお知り合いですか?」


 佐藤さんが腕を軽く引く。


「はい、妹とその友人達です」


「……女性の知人多いんですね」


 あれ?

 何で佐藤さん俺に対する視線が厳しくなってるの?


「……その人、誰ですか……お兄さん」


 藍ちゃんも何故かこちらをジト目で見る。


「俺のマネージャーさん。仕事の打ち合わせで来てるんだけど……」


 何で藍ちゃんまで俺への視線が厳しいの?

 俺なんかした?


「――って、それよりあの女の子誰なの? あと何で瑠璃たちがいるの?」


「あの人うちの部長☆ うちら、部長の実家に泊まり来てて☆ ついでに強化合宿? 的な☆」


 猫宮さんが元気よく答える。


 合宿って、フォレストダンジョンの方だったのか。

 てっきり、ネクロダンジョンの方だとばかり。

 瑠璃もそういう事は先に言っといてほしい。


「あれ? さっきから瑠璃がいないけど……」


「あぁ……気にしない、で? それより、店に……入ろう?」


「ゴーゴー☆」


 俺は藍ちゃんと猫宮さんに店へ入るように促される。


「打ち合わせしたかったのですが……この状況じゃ厳しそうですね。せっかくの二人きりが――」


 佐藤さんはため息をつきながら店に入った。


「瑠璃ちゃん!? 何かさっきから顔が怖いんデ――えっ? 何で、今ダンウォの申請!? ちょ、無言で迫ってこないでほしいデス!?」


「牛山部長♪ 私のお兄ちゃんに、手、出したんだ♪ ちょっと、お話ししましょうか♪」

  

「や、やめ……ギャァァァ!?」


 外では金髪の少女が、まるでマンドラゴラみたいな悲鳴を上げているようだった。



 □□□



 店内で俺達が注文を済ませた後、げっそりした部長さんと瑠璃が席に座る。


「瑠璃ちゃんのお兄さん……誠に申し訳ありませんでしたデス……」


 部長さんがしおらしく俺に謝罪する。

 いや、あの元気な子がこんなになるって、どんな事したんだよ。

 瑠璃、恐ろしい子……


「牛山さん、でしたっけ? 謝ってくれるのなら俺からは特に言うことはないですよ。だけど、これから騙しうちはやめた方がいいですよ。――こうなりますから」


「はいデス……ごめんなさいデス……」


 シュンと牛山さんは肩を落とす。

 そんな会話をしてるうちに、料理が届く。


 イクラがキラキラと宝石のように光り。

 鮭の切身は脂がのっていてとても美味しそうだ。

 醬油の香りも相まって、食欲をそそられる。


「あれ? ワタシの分は!?」


 キョロキョロと牛山さんがテーブルを見る。

 

「部長お金ないって言ってたじゃないですか? ポイント取り戻せばノープロブレム♪ とか言ってましたけど、お兄ちゃんからカツアゲしようとしただけじゃないですか♪ 私はおごりませんよ?」


「自業……自得」


「うける☆」


 ガーンと音が出そうな程、牛山さんはショックを受ける。

 自業自得とはいえ、ちょっとかわいそうだな。


「すいません。追加で、はらこ飯注文いいですか?」


「はい! 少々お待ちください!」


 店員さんに声をかけ、はらこ飯を追加で頼む。


「葉賀さん?」


「あっ、これは個人的に注文した物なんで、俺が払いますから気にしないで下さい」


 しばらく待つと、はらこ飯がもう一つ届く。

 それを牛山さんの前に差し出す。


「えっ……」


 牛山さんと俺とはらこ飯を交互に見る。


「俺のおごりです。まぁ、日頃妹と仲良くしてもらってるみたいですし。合宿の宿を準備してもらった。お礼、とでも思って――」


「ほ゛ん゛と゛こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛」


 俺が言い切る前に、牛山さんが涙を流しながら謝罪する。

 えっ……どうした?

 泣くほど、はらこ飯が食べたかったの?


 瑠璃たちが半笑いで牛山さんを見る。


「あぁ……部長の良心が罪の重さに耐えられなくなっちゃった」


「いい人、騙すから……こうなる」


「相手が悪すぎたっしょ☆」


「ですね」


 佐藤さんも何故か三人に同意する。

 いや、俺言うほど、いい人かな?

 妹が世話になってるから、優しくしてるだけだぞ?


 吉田夫妻とか完全な悪意の場合は容赦しないが、反省してるのなら、これ以上責めるのも可哀想だろ。


「あっ、後で実家の人にも何か手土産でも持って――」


「もうやめたげてお兄ちゃん。部長の良心が粉砕寸前だから」


「……?」


 俺は不思議に思いながら首を傾げる。

 その後みんなで楽しく、はらこ飯を堪能した。

 味の感想?


 鮭のほろほろした食感とプチプチとしたイクラの食感!

 醬油と鮭の煮汁が、ご飯を更なる高みへと押し上げ。

 長年受け継がれてきた歴史を感じさせる味だった!


 ――と言いたかったが、流石に人前でやるには恥ずかしかったので割愛した。


 俺と佐藤さんの分は経費で、他の四人分は俺が払って、みんな満足そうに飲食店を出る。


「私達の分まで奢ってくれるとは思わなかったよ♪ ありがとうお兄ちゃん♪」


「ごちそう、さまです」


「ごちです☆」


「ごちそうさまデス!」


 四人にそれぞれお礼を言われる。


「一応これでも社会人だし。子供に払わせるわけにいかないよ」


「大人ぶっちゃって♪ お兄ちゃん、私と二つしか違わないじゃん♪」


「「えっそうなの!?」」


 猫宮さんと牛山さんがかなり驚いた様子だった。

 藍ちゃんは知ってるのでリアクションはない。

 俺そんなに老けて見えるかな……


 瑠璃が首を傾げる。


「言ってなかったっけ?」


「「聞いてない!?」」


 二人は声そろって驚く。

 猫宮さんと牛山さん仲いいな。


「落ち着いてるから、てっきり童顔の人なのかと……ワタシと一つしか違わないデス」


 良かった、老け顔なのかと心配になった。

 年相応に見えてるのなら……

 いや、社会人として、それは問題か?


「俺も佐藤さんみたいに社会人の威厳が欲しいな……」


「年を取れば自然とつくものですよ」


 佐藤さんが慰めてくれる。


「――って、打ち合わせ! すいません、自分の事情で大事な打ち合わせの時間潰してしまって……」


 首を横に振って佐藤さんが否定する。


「いえ、あくまで簡単な流れの確認だけだったので、分かっていれば問題はないと思います」


「そ、そうですか……」


 一応流れは移動中に頭に叩き込んだし、大丈夫だとは思う。

 俺のゴタゴタに佐藤さん巻き込んでしまって、非常に申し訳なかったなぁ。


「今度この埋め合わせ必ずしますので……」


 手を合わせて俺が謝ると佐藤さんがボソッと何かを呟く。


「推しとの約束キタコレ」


「……?」


 佐藤さんの声が小さくてうまく聞き取れなかった。

 俺が首を傾げていると佐藤さんが咳払いする。


「いえ、何でも――楽しみにしてますね。本日の仕事は以上ですので、私は先に戻ってます。それでは――」


 そう言って佐藤さんは嬉しそうにホテルに帰っていく。

 佐藤さん怒ってないようで本当に良かった。


 スマホで時刻を確認するとまだ昼過ぎ。

 時間の余裕はある。


「さて、これからどうし――」


「お兄ちゃん仕事終わったの♪ だったらちょっと付き合って欲しい所あるんだけど♪」


 瑠璃がキラキラした瞳でこちらを見る。

 何か嫌な予感が……

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