第3章:ネクロダンジョン編

第66話 今は遠き、夢見た誓い

 少女は、モンスターの死体を前に笑ってこう言った。


「ま~た、うちの勝ちやね♪ もう少し頑張りや橙矢」


「はぁ…はぁ……だから、俺は……タンク、だつうのに……無茶、言うな」


 少年は息を切らしながら、少女に毒づく。

 気にしていない様子の似非関西弁少女は、ニシシと笑う。

 少年を見下ろすように、もう一人の少女が立つ。


「全く、だらしないですわね。体力しか取り柄がないのに、これじゃ使い物になりませんわね」


「はぁ? 後ろから撃ってるだけの動いてないお前にだけは言われたくないんだが? お前こそ動いてないと太るぞ?」


 少年とお嬢様口調の少女が睨み合う。

 関西弁の少女は間に入り、仲裁する。


「はいはい、いちいち喧嘩せぇへんようにな?」


「だけど、茜。こいつが……」


「茜、わたくしは悪く……」


 言い訳を続けようとする二人の頭に茜はチョップする。


「喧嘩両成敗や」


「「う~」」


 二人共頭を抑えながら、目で抗議する。

 やれやれと茜はポーズをとった。


「喧嘩する程仲が良くて羨ましいわ~」


「「仲良くない(ですわ)!!!」」


「あはは! やっぱ仲良しやなぁ」


 茜はいつものように俺達をからかう。

 いつものダンジョンでの風景……何気ない日常の景色。


 こんな日々がいつまでも続くと思っていたんだ。

 続けばいいのにと、願わずにはいられなかった。


 あぁ……これは夢か……。


 俺は薄っすらとそんなことを思いながら、この光景を見ていた。


 夢の中の茜が、笑って俺達に問いかけてくる。


「二人とも夢ってあるん?」


「夢?」


「夢……ですの?」


「そうや、あんま聞いたことあらへんかったと思ってな?」


 昔にそんな事を茜が聞いてきたなと懐かしく感じる。


「うちは、ダンジョンを全制覇するのが夢や!!」


 そう高らかに宣言する茜に俺は苦笑いで返す。


「ダンジョン制覇って……一つのダンジョンですら、今だに人類が攻略出来てない偉業なのに、流石に無理があると思うぞ?」


 宇佐美は、ジト目で茜を見ながら答える。


「無謀以外の何ものでもないですわね。寝言は寝てから言った方がいいですわよ?」


「二人ともひどいっ!?」


 俺と宇佐美が無理だというと、ガーンと言った表所をする茜。


「そ、そやけど! 三人でなら絶対に攻略出来ると思うねん! 最強の矛のうちと、最強の盾の橙矢、天才銃使いにして軍師の菜月が揃えば――」


「攻略するための物資を揃えるだけのお金、今ありますの?」


「うっ……ない……」


 茜は渋い顔をする。


 食料、水、武器、防具、金はとにかく必要だ。

 未知の領域の挑戦ともなれば、かなりの金額がかかる。

 もちろん、会社がそんな無謀なこと了承するはずないので全て実費だ。


 やれやれと宇佐美がポーズをとった。


「ちなみにわたくしはお金貸せませんわよ? 店の運営資金まで、もうちょっとで貯まるんですわ。それに店を始めたら、店が軌道に乗らない限り、長期間開けるのは難しいですわね」


「俺も、お金稼がないと妹の学費が……それに、生活の余裕が出来ても、一緒にいられるか分からないし。俺はこの会社の所属探索者だから、会社から雇う分のお金が必要になると思うぞ? その条件さえクリア出来れば、ついていくのは可能だ」


「うぅ……二人のいけず……現実みせんといて……」


 茜がぷぅと頬を膨らませ、俺たちに詰め寄ってくる。


「じゃあ、そんな現実主義のお二人さんは、さぞかしいい、夢持ってるんやろうな?」


 はぁ……と宇佐美がため息をついて嫌々答えた。


「わたくしは自分の料理店を持つことですわ。そのために今はここでお金を稼いでる最中ですし――別に有名になりたいとも思ってませんが、赤字じゃなければ別に気にしないですわ」


「つ~ま~ら~へ~ん。世界一の店にするくらい言うてもえぇやん、菜月の料理美味いやからそれくらい言いや?」


「世界一って……どれだけ大変だと思ってますの?」


 宇佐美がそう言うと、茜が俺に目配せしてくる。

 あぁ、つまり俺が言えと……了解。

 俺はわざとらしく笑う。


「そうそう、こいつには無理無理。冒険できない臆病兎だし、現実的でいい夢じゃん? 出来ないことは出来ないで良いんだぜ?」


 そう言うと、カチンときた宇佐美が俺を睨む。


「誰も出来ないとは言ってませんわ? ――やりますわ、やってやりますわよ! わたくしの店を世界一の店にしてやりますわ!!」


「そうそう、その意気や!」


 二人で盛り上がってる所で、俺に視線がくる。

 ――俺も話せってことだよな。

 でも、この時の俺は悩んだ。


「俺の夢って何だろうな? 親みたいな探索者になるって夢はもう叶ったし、最低限のお金を稼いで生活できるだけで幸せだし……そもそも、夢とは何だ?」


「何や、哲学みたいなこと言い出したやん?」


「無欲なこの男らしいですわね」


 二人とも呆れたように俺を見る。


 夢……夢……。


 今を生きるので精一杯で考えたこともなかった。

 二人はしっかりと夢、ちゃんと目標があって、そのために頑張って日々を生きてる。


 じゃあ、俺は?


 茜のように偉業を成したいとは思っていない。


 宇佐美のように、才能があるわけでもない。


 二人のようなキラキラとした夢は持ち合わせてはいない。


 なら、俺は何がしたい……俺は何を成したいんだ……。


 いや、そうか……俺の願いは……。


「俺の夢は――――――だ」


 そう言うと、茜は面白そうに、宇佐美は鼻で笑う。


「随分と思い切った夢ですこと」


「うるせぇ……これしか思いつかなかったんだよ」


「えぇやん? うちはそういうの好きやで」


 茜はそう言って、小指を目の前に出す。


「じゃあ、約束やで――絶対にお互いの夢を叶える。破ったらハリセンボンや♪」


「指切りって……子供じゃないんですわよ?」


 はぁ……とため息交じりに宇佐美も小指を出した。


「そう言いながら出してるじゃん?」


「うるさいですわよ。さっさと終わらせますわよ」


 俺も小指を出して、重ねる。

 茜は満点の笑顔で、全員の指を握った。


「じゃあ、指切り~げんまん~噓ついたら~♪」


「……ハリセンボン」


「の~ますっ!」


 それが、三人での約束。

 夢を叶えるための誓い。


 だけど……この約束が、完全に果たされることは……。

 ――絶対に無くなってしまったのだ。

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