第67話 動き出す者達

「……め、……がめ…………聞いてますの鈍亀!」


 俺は、その耳障りな声で目を覚ます。

 声のした方に振り向くと、宇佐美が偉そうに、隣に座っていた。


「う~ん……あぁ、すまん……聞いて、なかった」


「寝惚けてますの? 駅弁を意気揚々と食べ始めて、食べ終わったらすぐ寝るとか、まるで子供ですわね」


「駅弁、美味かった……」


 寝惚け眼を擦りながら、返事した。

 その返事に不満あり気に、ジト目でこちらを睨んでくる。


「――いい加減にしないと、頬をぶちますわよ?」


 宇佐美が手を振りかぶる動作をしたので、仕方なく背伸びして眠気を覚ます。

 はぁ……と深いため息を宇佐美がつく。


「緊張感なさすぎですわ。これから、敵の総本山行くんですのよ?」


「だけど、まだここ新幹線の中だろ? 警戒しすぎだって」


「……そう言って、宮城で襲われたの忘れましたの?」


「……」


 俺は、視線をそらすように窓から外の景色を眺める。


 そう、俺達は京都に向かっている最中だ。


 何で、宇佐美と一緒かというと――ありていに言えば、こいつの店とタヌポンとのコラボ企画として、組まれたからだ。


 本当は京都には俺一人で行くつもりだったんだが、宮城県での出来事もあって、一人になると鈍亀は無能すぎるからついていってあげますわ! とか言ってついてきた。


 仕事として依頼されているから、断るわけにもいかず。

 俺はこいつの同行を承諾せざるをえなかった。


「――というか、店長が長い間店を開けてもいいのかよ?」


「問題ありませんわ。前からわたくしがしばらく抜けても大丈夫なように、しっかりと人材育成はしてましたから、それに鈍亀とした料理対決配信の影響で、奇しくも店は大繫盛ですから」


 しばらく抜けてもいいように、つまり長い間留守にすることを前提で動いていた。


「――ちゃんと、約束のために準備はしてたんだな」


「えぇ、あなたと違ってね? でも、結局は――いえ、この話はやめておきますわ」


「……」


 宇佐美は途中で口が噤む、多分続きの言葉は……。

 茜がいないから約束を果たせない、だろう。

 それだけ茜とした最後の約束を大切にしているということだ。


 ――無論、俺も気持ちは同じだ。


「「……」」


 二人の間に、無言の時間が流れる。

 しばらく、黙っていた時だった。


「あっ……」


 ゴロゴロと缶ジュースが、俺の足元に転がってくる。

 そのジュースを俺は拾い上げ、辺りを見るとマスクとサングラスを掛け、深く帽子を被った女性が近づいて来たのが見えた。


「す、すいません……」


 近くに来ると女性はペコペコと謝ってくる。

 俺は手を横に振った。


「いえいえ、揺れるのでそういうこともありますよ」


 俺は缶ジュースを手渡す。

 女性は、恐る恐るといった感じで受け取った。

 ……俺、もしかして怖がられてる?


 すると、隣から宇佐美が女性を睨むように見てきた。


「あなた、もしかして……」


「……っ!」


 女性がその場を離れようとした時、ガタッと揺れて、女性のサングラスが取れ、顔があらわになる。


「あっ……」


 俺はこの女性の顔には見覚えある。

 ――というか、よく見知った顔だった。


「陽子さん!? 何でここに!?」


「あ、あはは……バレちゃいましたね」


 陽子さんが、罰が悪そうに笑っていた。



 □□□



 同時刻、東京にある刑務所の面会室。

 そこに、ガラス一枚を隔てて面会している男女三人が、喋っていた。


「私の計画は完璧だったはず、全部邪魔したあいつらが悪いのよ」


「そうだ……僕は悪くない……あいつが悪いんだ……」


 吉田明子、吉田大輔の二人が、恨みつらみを話している。そんな中、向かい合って微笑んでいる若々しい女性がいた。


「分かりますぅ~分かりますよぉ~辛いですよねぇ~妬ましいですよねぇ~」


「「そうなんだ、私は(僕は)悪くない!」」


 二人の言葉を聞いて女性はニヤリと微笑む。


「でしたらぁ~アスちゃんと契約しませんかぁ~」


 二人の何もない空間に契約書が現れる。


「何だこれ!?」


「何が起こってるの!?」


 その光景を見た看守が、目を見開く。


「おい! 貴様ら何をしてる!!」


「ぼ、僕たちは何も!?」


「言い訳はいい! ちょっとこい!」


 看守は二人を独房に戻そうと引っ張る。

 その様子をクスクスと女性は笑う。


「あらぁ~このままじゃ~罪が重くなりますよぉ~でもぉ~契約さえしてくださればぁ~助けられますし無罪放免にできますけどぉ……どうします?」


「「する! だからこの状況を何とかして(くれ)!」」


「――契約成立ですぅ」


 契約書が燃えると、ガチャンと二人の腕に腕輪がはまる。

 そして女が口を開く。


「らぁ~♪」


 それは甘美な歌声だった。

 耳を溶かすような甘い声色が耳に心地よく響く。

 だが、同時に人類にとっては猛毒以外の何ものでもなかったようだ。

 バタリと看守が地面へと力なく倒れた。


 その様子を見ていた吉田夫妻は目を白黒させる。


「一体……何が……」


「いいじゃ~ないですかぁ~細かいことわぁ~」


 女性が手を振るうと目の前のガラスが音もなく消え去る。

 まるで最初からなかったかのように……。


「そ・れ・よ・りぃ~♪契約ですからぁ~ちょ~と力貸して下さいねぇ~♪」


 その言葉に明子はピクッと眉間にしわを寄せる。


「……一体私達に何をさせたいの」


「そう怖がらなくてもいいですよぉ~あなた方にもぉ~

 嬉しい話ですからぁ~」


「ふん! そう言って騙そうと――」


「目的が葉賀橙矢の抹殺、だとしてもですかぁ~♪」


「「……!?」」


 二人の反応を見て、益々凶悪な笑みを浮かべる女性。


「もちろん、あなた方がどんな手段をとって殺そうとぉ罪に問えないようにぃワタクシが手をまわしますぅ~」


「……なぜそこまで?」


 女性は遠くを見つめる。


「実はワタクシもこの人に恨みがありましてぇ~それは深い深い因縁ですぅ~あなた方と一緒なんですよぉ……同じ人を恨む者同士、ご協力いただけますかぁ♪」


 その提案は二人にとっては願ってもないチャンスだった。


 橙矢が抜けただけで、会社を倒産させられた男。

 橙矢さえ来なければ、作戦が上手くいっていた女。


 提案を断る理由が二人にはなかったのだ。


 二人はコクリと頷くと、三日月のように口を広げて女性は高らかに笑う。


「さぁ、始めましょうか! 美しき復讐劇を!!」


 橙矢のいない所で、復讐者達は動き出す。


 彼らは止まらない。


 例え、筋違いの復讐劇だったとしても……。

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