第68話 俺達の先輩は〇〇です
京都にある和風な喫茶店。
その一角で、男女三人がテーブルを囲んで座る。
怪しい人を見る目の宇佐美菜月。
その視線を受けて苦笑いしか出来ない龍巳陽子。
間に挟まれ居たたまれない俺という謎な構図。
何この状況……。
「で? どうして、あなたがいるんですの?」
「な、夏休みの旅行で……たまたま……」
「ふ~ん、こんな中途半端な時期に? 新幹線もわたくし達と、た・ま・た・ま、一緒……ねぇ~」
「うっ……」
追い詰めるような質問攻めに冷汗をダラダラと流す陽子さん――というか、何で宇佐美はそんな喧嘩腰なんだよ。
「宇佐美、流石にピリピリし過ぎじゃないか? 陽子さんも本当にたまたま一緒になったのかもしれないだろう?」
「お人好しは黙ってなさい! 全部のことを疑ってかかるべきですわ! この前も知り合いに裏切られたの忘れましたの!」
「いや、あれは裏切られたうちに入らないって……所属してる組織が怪しいってだけで……」
「ちょっとは疑うことも覚えなさいな!」
宇佐美の視線がこっちに向かうように話をそらした。
これ陽子さんが落ち着く時間を稼げるといいんだけど。
俺は宇佐美から視線を逸らすと何やら、見知った影を見つけた。
「大体、あんたはいつも!」
「な~に話してんの~お姉さんも、は~めって♪」
宇佐美の背後から手が伸びる。
その手が、宇佐美の体全身をさわさわと触っていく。
「~~~~っ!!?」
瞬間、宇佐美の顔がゆでだこのように真っ赤になり、背後にいるだろう人物の顔面に思い切り肘鉄を喰らわす。
「ひでぶっ!?」
ゴロゴロと地面に人が転がっていた。
宇佐美と俺はそれを冷めた目で見る。
「虎尾先輩……会った初手からセクハラって、本当にあんた何やってんのさ?」
俺がそう言うとデヘヘと照れたように先輩は笑う。
「いや~可愛いツルペタボディが見えたもんだからさ? つい♪」
「誰の胸が、ぺったんこですのよッ!!」
「ぼんじょるのっ!?」
宇佐美に踏まれた先輩が、奇声を上げる。
どことなくその顔が喜んでいるようにも見えた。
「うわぁ……」
俺の口から思わずそんな言葉が出るほど呆れ果てる。
その様子を俺と先輩を交互に見る陽子さんが、目を白黒させた。
「えっと……これはどういう……その女性は?」
話についていけない、陽子さんがポツンと取り残される。
俺は仕方なく嫌々説明することにした。
「え~と、一応紹介すると、この人は虎尾美幸さん、俺達が元いた会社の先輩的な人、かな? 変態だけど探索者としての実力もあって、こっちに就職が決まったからって理由で、今は京都にいるんだ。基本的にはいい人だよ――変態だけど……」
「二回も言った!? お姉さん悲し~よ~」
そう言いつつ俺にすり寄ってきて、体をベタベタと触ってくる、――この人、昔から男だろうと女だろうと堂々とセクハラするんだよなぁ……。
容姿はいいのに、変態言動のせいで誰もこの人の事を女性として見ないんだよ。
――非常にもったいない人だ。
俺は、呆れつつ無視して言葉を続ける。
「それで、先輩はどうしてここに?」
「ぐへへ~こんなに堂々とセクハラしてもスルーして許してくれる優しい橙矢ちゃん、ちゅき~♪」
「――茶化さないでもらえます?」
「いや~ん、マジになんないでよ~」
俺が圧を強めて言うと、ヘラヘラと笑いながら先輩は降参といった態度をとって離れる。
「菜月ちゃんに呼ばれたんだよ~頼みたい事あるから、お願い聞いてくれたら、私の体を自由にしていいか――らぁぁぁッ!!?」
無言で宇佐美は先輩に関節技を決める。
これには流石の先輩のニヤケ面が歪む。
「いたたたッ!? ごめんって菜月ちゃん、もうふざけないから~このままじゃお姉さんさんの腕があらぬ方向にぃぃぃ!!? セクハラが出来なくなるぅぅぅ!!!」
「……折った方が世のためな気がしますわね」
「――そうだな」
「橙矢ちゃんまで!?」
先輩はブルータスお前もかと言わんばかりに、裏切られたという表情を浮かべる。
何でその発言して助けてもらえると思ってるの、この人。
「あの、流石に可哀想な気が……」
「よく言ったそこの巨乳ちゃん!」
「きょっ!?」
陽子さんが顔を真っ赤にし、体を隠すように後退りする。
菜月の目からハイライトが消え、関節技の絞めをきつくした。
「ぎゃぁぁぁ!!? ごめんってばぁぁぁ!!?」
そうしてしばらくの間、先輩は意識が落ちない程度に、宇佐美に関節技を決めら続けた。
数分後、ようやく解放された先輩が肩をぐるぐると回し痛まないように柔軟運動をする。
「いやぁ……死ぬかと思った。お姉さん危うく天国行くところだったよ……」
「あなたが行くのは、地獄でしてよ?」
「辛辣!? お姉さん泣いちゃいそう……」
しくしくと噓泣きを始める先輩。
それを無視して、宇佐美は話し始める。
「本当は他の人を巻き込みたくはなかったのですが……もう、そうも言ってられませんわね」
宇佐美は陽子さんの方を見ながらそう言った。
それを不思議そうに首を傾げる。
「……? 私がどうかしましたか?」
「いえ……ですが、ここにいる全員は約束して下さい。これ以降の会話は他言厳禁、秘密でお願いしますわ」
そう言って宇佐美は二人に今までのことを話した。
ダンジョン協会のこと。
魔族の存在、そしてそれを潰そうとしてる組織の事を。
この話を聞いて、先輩は興味深そうに、陽子さんは信じられないといった風に、それぞれ反応を示す。
話し終えた際、最初に口を開いたのは陽子さんだった。
「信じられません……それって、本当に現実のこと何ですか?」
「全て事実ですわ。現に鈍亀は双方から接触されて、わたくしもカメラ越しに確認しましたもの……」
俺も同意の意思を示すため、無言で頷く。
宇佐美は視線を先輩に移す。
「それで、この話を聞いてどう思いますの? 現公安所属の虎尾先輩?」
そう切り出すと、先輩はニヤリと笑う。
「なるほどね~菜月ちゃんが珍しく頼ってきたのは、そっちが理由ってわけね? 頼ってきてもらえるのは悪い気はしなかったけど♪」
「現役の公安なら危ないことに突っ込んで行っても問題なさそうですし。話を聞くのなら身内の方が一番都合が良かっただけですわ。それに巻き込まれたとしても、あなたならどうでもいいですし」
「最後のセリフは正直聞きたくなかったかな!?」
「――もちろん、冗談ですわよ?」
フフフと宇佐美は黒い笑みを浮かべる。
完全にさっきのこと根にもってるな……。
宇佐美は話を続ける。
「それで? 公安零課って言葉に聞き覚えは? オズの一人がそう名乗っていたのですけど、」
そう聞くと、あぁ……と訳知り顔で先輩は語りだす。
「たしか大昔に廃止されたダンジョン内専門に取り締まる課だったかな? 公安の先輩がそんなこと言ってた気がする」
「廃止された?」
「そうそう、ダンジョン協会がダンジョン内の犯罪を取り締まるようになってからは解散したらしいけどね」
得意げに先輩はそう話す。
仕事を追われたから恨んでいる。
いや、あの憎悪は普通じゃなかった。
だとしたら、零課は関係ない……ってことか。
「気になるのなら、お姉さんが戻ったら調べとくよ。後でその人の情報スマホに送って」
「えぇ、お願いしますわ。これで何か情報が出ればいいんですけど」
「あ、あの……」
二人が真面目なやり取りをしていると、弱々しく陽子さんが声を上げる。
「今更ですけど、こんな話を部外者の私がいる中でしてもよかったんですか? 何か話の規模が大きすぎて……」
宇佐美は両目を閉じて、答える。
「えぇ、むしろ知っといた方がいいですわ。あなたはもう既に巻き込まれてますもの、知る権利がありますわ」
「えっ? それはどうい――」
「あれあれ、僕らの尾行に気付いてたんだ?」
陽子さんは、突然の声にばっと振り返る。
そこには店のウェイトレスがクスクスと笑いながら立っていた。
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