第69話 接敵

 ウェイトレスの顔は笑ってはいるものの、その瞳はこちらをただ無機質に見つめていた。


「参考までに聞いてもいいかな? いつ気付いたの?」


「最初から、ですわよ。新幹線の中でも、こちらに視線を向ける人がやたら多かったのが気になって、念のために鈍亀に探らせたらドンピシャでしたわ」


「なるほどね、彼をマークしすぎて、君を軽視し過ぎてたのが敗因ってわけだね。流石、元最年少で二つ名を獲得したレコードホルダー様は言うことが違う」


 見破られたというのに、表情が全く崩れていない。

 むしろ、面白がってるようにも見えた。


「答えたのですから、あなたも操るのやめてこちらにいらしたら? それとも、顔を出せない程の臆病者ですの?」


「あはは、何とでもいいなよ? 前回みたいに僕のスキル付与した人形を魔族どもに奪われるわ、ドロシー様にそのことで怒られたりするわで散々だったんだ。もう、僕は怒られるのは懲り懲りさ。確実に君達を捕らえて、仕事を果たさせてもらうよ。それか、僕の人形にするしかないよね――あまり、人を人形化するのは気が進まないけど、魔族殲滅の大義のためだから許してね♪」


 ウェイトレスが指をパチンと鳴らすと、店内にいた客がフォーク片手に立ち上がり、奥で調理をしていたコックも手には包丁を携えて出てくる。

 この店舗にいる全員が無機質な瞳でこちらを見ていた。

 囲まれたというやつだろう。


「何の力もない人形達だけど、君達もスキルが使えなきゃただの人、いくらそっちのお兄さんが強くても、殺さず、しかも不殺でなんて無理な話でしょ? 数の暴力には誰も勝てないんだよ」


 操られたウェイトレスは勝ちを確信した笑みを浮かべる。

 だが、宇佐美は全く動じず鼻で笑った。


「あらあら、低く見積もられたものですわね。この程度の人達で、このバカが止められるとでも?」


「――強がるなよ。ダンジョン外でのお兄さんの強さは、二人から報告を受けてる。あの二人を宮城に留まらせるって命令された時は肝が冷えたけど、この様子だと全く問題はなかったようだね」


「あはっ♪」


「……?」


 宇佐美はこの逆境を笑い飛ばす。

 その笑みにウェイトレスは顔をしかめる。


「な、何がおかしい!」


「ごめんなさい? でもあまりにもおかしくって――ここまで計画通りにことが進むと、ね?」


「何の……」


 宇佐美はニヒルに笑うと俺の後ろに下がる。


「じゃあ、詠唱の時間稼ぎはこれくらいで――鈍亀!」


「鈍亀言うなっての!! 【怠惰の杖スペル・アケディア】!!!」


 バチバチと俺は手元の怠惰の杖で雷撃を放つ。

 細い稲妻が店内に走り、バチリと操られた人達に当たる。

 瞬間、バタバタとウェイトレス以外の人達は倒れた。

 もちろん、倒れた人達全員、生きてはいる。

 そういう風に魔術を調整したからな。

 これ覚えるのに何度宇佐美の罵声浴びたことか。


 ウェイトレスが無機質な瞳を見開いて、凝視する。


「魔術スキル!? 聞いてないぞ!!?」


 うろたえているのを見ると意地悪く宇佐美は笑う。


「あらあら、この情報はどうやら初耳のようね? 人形達は倒れたようですし、一度逃げ帰ったらよろしいのでは?」


「くっ……覚えてろよ、腹黒チビ女!」


 そう言うと、ウェイトレスの目に光が戻り、キョロキョロと辺りを見渡す。

 どうやら、操られた状態から解放されたようだ。


「えっ、えっ、えぇぇぇ!!?」


 周囲には倒れてる人達、動揺して状況が分かっていない様子、さっきまで操られた記憶はなさそうだな。


 動揺してるのは、ウェイトレスさんだけではなかった。

 陽子さんも目を見開いて驚いている。


「橙矢君が魔術スキルを使った? ……いや、それよりここダンジョン外なのに、何で使えてるんですか!?」


「これには、お姉さんもびっくり」


「そのこと含めて、後で説明しますわ。それよりも今はこの場を離れますわよ。新手が来たら、ここじゃ対処できませんわ――先輩は鈍亀背負って下さいまし。出来ますわよね?」


 宇佐美は会計レジにお金を叩きつけながら、そう言った。


「えっ、出来るけど……何で橙矢ちゃんを運ぶの? だって、こんなに元気――」


 先輩が体に触れられた瞬間、力なく体が前方に倒れる。


「「橙矢君(ちゃん)!?」


 俺を起こすように、二人とも体を揺する。

 眠ってるわけじゃない、意識ははっきりしてるんだ。

 だが、体が金縛りにあったように動かないだけ。


 俺が説明できない代わりに宇佐美が話す。


「さっきの魔術の代償ですわ。しばらく眠ってれば時間経過で勝手に起きますから、今はこの場から離れる事だけ考えてくださいまし。駐車場にレンタカー停めてありますから、先輩はそこまで急いで運んで欲しいですわ」


「わ、分かったよ」


 先輩は俺を軽々と背負い、車を停めた駐車場まで走る。

 男を一人背負っても余裕って、流石先輩だな。


「お、お客様!?」


 制止するウェイトレスを振り切り、俺達は車に乗り込む。

 俺と陽子さんが後部座席、助手席に先輩。

 そして運転席には……。


「さぁ、飛ばしますわよ!」


「「えっ、その身長で運転出来るの(んですか)!?」」


「二人とも、失礼ですわね!?」


 宇佐美がペダルを踏み込み、車を走らせる。

 二人はドキドキとした表情でそれを見ていた。

 ――だが、二人の不安は杞憂だ。


 以前、茜と俺も宇佐美の運転する車に乗ったが、普通に上手いのを知っている。

 まぁ、今の俺にそれを伝える手段がないんだけど。


 恐る恐る先輩が宇佐美の話しかける。


「えっと、どこに向かってるのか聞いてもいい?」


「近くのダンジョンですわ、ここからだとネクロダンジョンより――ビーストダンジョンの方が近いですわね。そこに向かいますわ」


 その回答に先輩は目をパチクリとさせる。


「何でダンジョン? 警察とか……」


 はぁ……と宇佐美はため息をつく。


「あの状況をどう説明しろと? それに、スキル使ってくるのを相手に、警察は無意味ですわ。だったらスキルが使えるダンジョンまで逃げるのが吉ですわ」


「な、なるほど……」


 納得したようにポンと手を打つ。

 ここまでの展開は、宇佐美の予想通り。

 ダンジョンに着く頃には、この金縛りも解けているだろう。


 ”さて、ここからが本番だな。”


 俺は心の中でそう思いながら、車に揺られて移動する。

 

 

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