第24話 レッドドラゴン討伐配信(2)

 階層ポータル前に着くと、何やら騒がしい。

 遠くから見ると、そこには集団でポータルを占拠している者達がいるようだ。


 周りの探索者に圧をかけ、近寄らないようにしている。

 十中八九、スダモの社員だろ。


 龍巳さんはその光景を見て、俺に耳打ちする。


「ここは見張られてます。諦めて階層内部から進みましょう」


「そうですね。余計な戦闘は避けた方がいいですから」


 俺達がその場を去ろうとした瞬間だった。


「タヌポン! いるのは分かってんだよ! さっさと出てこいや!」


 集団のリーダーのような奴が俺を呼ぶ。

 幸い位置はバレてないようで、キョロキョロと周囲を見ながら、ただ叫んでいるだけのようだ。


 途中で俺はタヌキの仮面を外してるし。

 龍巳さんは逆に龍の面をつけてるのでバレていない。


 多少は目立ってはいるだろうが、タヌポンと龍巳さんとは誰も思わないだろう。


 集団に背を向けて、ダンジョンの階段を登ろうとした時。

 後ろからリーダー男が叫ぶ。


「福田の社員がどうなってもいいのか!」


 俺の足をピタリと止めさせた。

 振り返って集団の中を見ると、確かに見覚えのある男性社員がいる。


「僕の事は気にしないで行ってください!」


「黙ってろ!!」


 鈍い音が響き、男性社員が吹っ飛ぶ。

 俺が戻ろうとした時に龍巳さんに手を掴まれる。


「今行ったら相手の思うつぼです。――辛いとは思いますがここはどうか……こらえてください」


 震える手で龍巳さんに懇願された。

 ――龍巳さんだって悔しいんだ。

 自分の手を強く握りしめる。


「分かって……ます……」


 俺は階段を一歩一歩、足取り重く上る。


「は~い、出てこないのなら。こいつ脱がしま~す♪ ――おい、そいつ押さえとけ」


「うっす」


「やだ……いやだ!」


 悲痛の叫びに思わず振り返ってしまう。

 男性社員は逃げようとするが集団に抑え込まれる。

 周りは助けようとする者もいるが、集団で阻止されて近づけない。


 このままでは元同僚がひどい目に合ってしまう。

 状況を変えられるとしたら、それはこの場にタヌポンが出るしかないだろう。


 俺はタヌキの仮面を被る。


「ごめん、龍巳さん……でも、見捨てては行けない」


「はい……あなたならそう言うと思いました」


 龍巳さんは嬉しそうな声音でそう言った。

 俺は階段の上から飛び降り、集団のど真ん中に着地する。


「来たな! タヌポン!」


「ごめん、なさい……」


 泣きながら脱がされかけの男性社員は謝る。

 俺は首を振る。


「あなたは悪くありませんよ」


 リーダー格の男を俺は仮面越しに睨む。


「来てやったぞ。さっさとその人を解放しろ」


「ば~か! 素直に渡すとでも思ってんのか?」


 リーダー格の男が男性社員を起き上がらせ盾にする。


 こいつ、躊躇もなく人を盾にするあたり、こういう事したのは一度や二度じゃないな。


「随分と大胆な犯行だな? スダモの社員がこんな事していいのか?」


「スダモ? さて何のことだ? 俺は福田所属の社員だぜ!」


 舌を出して、こちらをバカにする。


 俺は元社員だから分かるが、こんな社員を知らないし、見たこともない。

 ――あぁ、そう言う事か。


「スダモから福田に移籍させたんだな。全ての責任を福田に押し付けて、会社が倒産したらスダモに再雇用って流れか……」


「何言ってるか分からねぇな?」


 リーダー格の男はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる。


 吉田社長、思いっきり妻に見捨てられてるじゃん。

 天罰が下ったと喜ぶべきところなんだろうけど。


 スダモ社長が罰をまだ受けていないから、まだ素直に喜べないな。


 リーダー格の男が顎で指示し。

 集団の一人が剣を持ってゆっくりと歩いて来る。


「知ってんだぜ? お前今ステータス下がってんだろ? あのバカな副社長もよくやったぜ。そんな事したって、クビは変わらねぇのにな?」


「……なんだと」


 もしかして、さっき頭上から降ってきたのはステータスを低下させるポーションだったのか。

 どうりで体が重いと思った。


 いや、今はそれはどうでもいい。

 問題はクビがどうという話だ。


 リーダー格の男は笑いながら話し続ける。


「クビも何も会社自体無くなるから意味ないっての! スダモに雇ってもらえるとでも思ったのかよ。本当に最後の最後でいいはたら――」


「――少し黙れ」


 俺は怒気を強めて言葉を発する。


 あの人は俺がクビになる時も何度も何度も謝ってくれた。

 力になれなくて申し訳ないと泣きながら。

 こんな一社員に副社長が、だ。


 なのにこいつは!


 リーダー格の男がバカにしたようにこちらを見る。


「はぁ? 何いきってんの?」


「笑うな。会社を守ろうとした副社長の覚悟を――お前なんかが笑うな!!」


「うるせんだよ! おい、もうやっちまえ!」


 剣が振り下ろされ、俺の頭に刃が迫る。


「脳みそぶちまけろ!!」


「遅すぎる」


 俺は剣を振るってきた手を掴む。


「あ?」


 掴んだ反対側の手で俺は男に掌底を打つ。


「がっ!?」


 顎に当て脳が揺れた男は、力なく地面に突っ伏した。

 その光景を見たリーダー格の男は、何とも間抜けな表情だ。


「……は?」


「まず一人っと」


「おい! ステータス下がってるんじゃなかったのかよ!!」


「下がってるよ。久しぶりだよこんなに体重いの」


 あのポーションの効果はよく知っている。

 ――というか何度も食らってるせいで、誰が作ったダウンポーションなのか分かった。


 宇佐美印のダウンポーション。

 浴びた相手のステータスを一段階下げる効果があり、市販の物より何倍も強力な物だ。


 それにデメリットのデバフ二倍の効果で、俺はステータスダウンポーションの効果は二倍になる。

 つまり二段階ステータス値が下がるというわけだな。


 でもある意味このポーションでよかったよ。


 何度も食らってるおかげか、体が重くても感覚的にどう動けばいいかが分かる。

 怪我の功名ってやつだな。


 リーダー格の男が冷汗をかきはじめた。


「お前のステータスはオールBになってる。なのに今の動きはそんなもんじゃ……」


 動揺が見て取れるほど焦っているのがリーダー格の男から伝わってくる。


 流石に俺のステータス情報は福田から奪われてるか。

 だけど、こいつ……、


「あんた……もしかして俺のスキルの効果勘違いしてないか?」


「はぁ?」


 リーダー格の男は、困惑した表情を見せた。


「ステータスを二段階引き上げるだろ? だったら元々のステータスに戻ってBになるだろうが!」


「やっぱ間違ってるよ」


 あぁ、そうか。

 こいつステータスが上がってSだと思ってたのか。

 俺はリーダー格の男を鼻で笑う。


「スキル無しのステータスが今表示されてる数値だよ。つまりスキルありの時は――」


「まさか……SSS!? そんなもん、レッドドラゴンのステータスとほぼ変わらねぇじゃねか!?」


 リーダー格の男は、こちらを化物でも見るような目で見る。


 Sが人間の限界地点。

 それ以上超えるとボスモンスターとそう変わらないステータスだ。


 二つ名持ちとは、そんな人間の限界を、武器やスキルで上回る者達ばかり。


 俺はこのスキルで人間の限界を上回ったからこそ。

 そんな化物の二つ名持ち達と同じような動きが出来ている。


 親方や風音さんと肩を並べて戦っていたのは、伊達じゃないってことさ。


 リーダー格の男は引きつった笑みで俺を指さす。


「だ、だが……お前、俺達に手を出したな! 周りの連中も見たろ! タヌポンが暴力を――」


「周りって誰の事かな?」


 俺が笑ってそう言うとリーダー格の男が辺りを見渡す。


 周りに先程までいた探索者はおらず。

 俺とポータル占拠集団しかいない。


「ど、どこ行ったんだ!」


「周りに逃げるように言ってもらったのさ。俺に注目しすぎたな?」


「龍巳陽子ぉぉぉ!!!」


 リーダー格の男が吠える。


 昨日の作戦会議でよく話し合ってよかった。

 こんなもしもの時も、すぐに動いてもらえるからな。


「さ~てと♪」


 指の節をパキパキと鳴らす。


「これで思う存分暴れられる。先に手出したのはそっちだ、正当防衛だよな?」


 リーダー格の男は男性社員を掴む。


「う、動くな! こいつがどうなって――」


 俺は転がってた男をリーダー格の男に蹴り飛ばす。


「な!? ちょ、ま!?」


 慌てて男性社員を突き飛ばして回避しようとするが、間に合わず。

 リーダー格の男はそのまま押しつぶされる。


 その間に男性社員を俺は横からかっさらう。


「歩けますか? 歩けるのなら、入口まで逃げてください」


「は、はい! ありがとうございます!」


 おぼつかない足取りで男性社員は入口まで走る。

 あっちに行けば回復魔術か回復ポーション持ってる人がいるはずだ。

 後の事はその人たちに任せよう。


 だから俺は……


 俺は集団に振り返る。

 びくついた目でこちらを見つめ返す集団。


「さぁ、今度は俺の――」


「あら? 鈍亀ま~だこんな所にいましたのね♪ 流石のろまの亀ですこと♪」


「この声……まさか……」


 後ろから耳障りの音が聞こえると同時に複数の銃声音が響く。


「やっば!? 【スキル:鉄壁】発動!!」


 俺がスキル発動が完了すると同時に、水の弾丸が無差別に襲い掛かってくる。


「ぎゃああ!!?」


 俺も含め集団は水の弾丸に襲われ、バタバタと倒れていく。


 銃声が鳴りやみ、立っていたのは俺だけだった。


 奥からコツコツと身長誤魔化すためのヒールを鳴らし。

 ゴスロリを身に纏った、俺の天敵にして宿敵が現れる。


「クソ兎、何でここにいやがんだよ」


「先輩に対して、口の利き方なってませんわね?」


 そう言って、宇佐美菜月はニヒルに笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る