第6話 武器屋 雷神(1)

「美味しかったねお兄ちゃん♪」


「……」


 蝉の声がうるさいダンジョンからの帰り道。

 俺はこの後どうしようかと、ぼんやりとしながら歩く。


「――えっと、もしかして怒ってる?」


「……」


「勝手に探索者になったこと? それとも今日のダンジョンで全く役に立たなかったこと? 当てたのはわざとじゃないの! だから……」


 気がつくと、妹が泣きだしそうになっていたので、俺は慌てて首を左右に振った。


「怒ってないよ――探索者ライセンス取ること自体も今日の事もな?」


「じゃあ、なんで無視するの……」


「ちょっと考え事してたんだ。――ほんとごめん」


「な~んだ良かった♪」


 前をスキップしながら妹は進む。


 楽しそうにしている妹に俺は伝えなければいけないことがある。

 探索から帰って上機嫌な所に水を差したくないが、言わなければならない。

 先輩探索者として、兄として……、


「――なぁ瑠璃」


「何~? お兄ちゃん?」


「お前、探索者続けるつもりなのか」


 そう言うと妹は足をピタリと止め、振り返る。

 妹の目は怒気をはらんでいた。


「それは、向いてない――って言いたいの?」


 俺は妹の質問に首を横に振る。


「いや……射撃術と雷魔術のスキルも持っていて、外れはしたが、魔術の威力は現役のB級探索者とほぼ遜色ない。――正直に言えば、俺より向いてるよ」


「だったら!」


「瑠璃は、ダンジョン探索に命を懸けられるか」


「え……?」


 俺の質問に妹は戸惑った顔を見せた。


 そりゃそうだ。

 誰だって、いきなり命を懸けられるか?

 何て聞かれたら誰だって戸惑う。

 ――でも、重要なことだ。


「ダンジョン探索は常に危険と隣合せ……死ぬことだってある。今回だって俺がいなかったら、モンスターに殺されてたかもしれない」


「それ! ……は」


 反論出来ず押し黙る。


「遊び半分ならもうやめておけ。――半端な覚悟で挑むとダンジョンに食われるぞ」


「食われ……」


 瑠璃の顔が苦渋に歪む。

 心苦しいが、それでも話を続ける。


「別に探索者になったからってダンジョンに行く必要もない。そのライセンスあるだけで公共交通機関が割引になるとか他にも特典は多い。探索に行かず、その特典だけ使い続けるっていうことも出来る」


「……」


「だからこそ、もう一度聞く。本当に探索者を続けるのか?」


 俺が捲し立てるように喋ると妹は黙ってしまう。

 しばらく沈黙が続き、妹は意を決して、俺を真っすぐに見つめる。


「――やめない、私には続けたい理由があるから」


 その目には一切の迷いはなかった。

 

 俺は静かに笑い、妹の頭を優しくなでる。


「ならばよし! 俺も出来る限り協力するぞ」


「ちょとお兄ちゃん、外だと恥ずかしいからやめて! あと、さっき言ったの私のパクリでしょ!」


「オマージュと言え、オマージュと」


「意味一緒じゃん!」


 俺の手から離れ、妹は乱れた髪を整える。

 仕事ばっかりであまり構ってやれなかったが、妹も年頃なんだと改めて思った。

 いつか、お兄ちゃんと一緒に洗濯物洗わないで!

 ……とか言われるのだろうか。


 ――想像したらちょっと心が痛い。


 まぁ、それは置いといて……、


「それじゃ、行きますか」


「行くって、このまま帰るんじゃないの?」


 妹は首を傾げる。


「瑠璃が探索者になったお祝い買いに行くぞ。もちろんお金は俺が払う!」


「やった♪ お兄ちゃん、早く行こう!」


「ちょ、引っ張るなって!」


 俺の腕を引っ張りながら、妹は元気に前を歩く。

 さっきの恥ずかしい発言は何だったんだと思いつつ、苦笑しながら目的地に足を進める。



 □□□



 東京の秋葉原にある裏路地。

 そこには雷のマークがチカチカと電光掲示板が光る、主張の激しい武器屋があった。


「ねぇ、お兄ちゃん……本当にここなの? 腕利きの鍛冶屋がいるっていうの……」


「確かに店自体怪しく見えるが、店主の腕は確かだからさ?」


 俺達は店のドアを開け、店内に入る。


 店内には武器が小奇麗に並べられており。

 隅々まで掃除が行き届いていた。

 店主の性格がよく表れている。


 奥には二メートル近い大男が椅子に座っていた。

 大男がおよそかたぎとは思えない人相でこちらを睨む。


「あ゛?」


「ひっ……」


 妹は大男の視線に怖がって、俺の後ろに隠れる。

 俺のシャツを掴み、プルプルと震えている。

 ――ちょっと可哀想になってきた。


 妹の震える手を優しく握る。


「大丈夫、俺の知り合いだから――親方、お久しぶりです!」


 俺が元気よく声を掛けると、親方は先程のしかめっ面が満面の笑みになる。


「葉賀の坊主じゃねぇか! 何ヶ月ぶりだ?」


「ご無沙汰しています。三ヶ月ぶりですかね?」


「そんなに経つのか、それで、今日はどうした? 武器使わないお前が来るなんて珍しい」


「実は今日は武器を買いに来たんですよ。使うのは俺じゃないですが――」


 俺は後ろの妹を指さす。

 親方がノッシノッシと、こちらにゆっくりと歩いてくる。

 親方が後ろの妹を見つけると顎に手を当てて、何かを納得したかのようにニヤニヤと笑う。


「なんだ彼女にプレゼントか?」


「武器を彼女に送るのなんて親方くらいですよ? こいつは俺の妹です。今日は妹の武器を選びに来ました」


「なるほどな……客ってんなら大歓迎だ! 武器の事なら任せろ嬢ちゃん!」


「……あ、その、よろしく、お願いします」


 親方が親指を立てて豪快に笑う。

 だが、妹は顔を引きつらせて苦笑いを浮かべている。

 懐かしいなぁ……

 俺も昔はあんな反応だった気がする。


 ――だって親方、堅気には見えないし。


 親方が武器が入ったショーケースに手を置く。


「よし、それじゃあどんな武器をお求めで?」


「それなんですが親方。実は妹はまだ適性武器分かってなくて、武器の試し撃ちってさせてもらうことって可能ですか?」


「まるっきりの初心者ってわけだな。よし、なら地下の練習場使わせてやる」


「ありがとうございます」


 親方が奥にある重い扉を開くと、地下に続く階段が続いていた。

 階段を降りると広いところに出る。


 周りをレンガで囲まれたおり、ダンジョンの壁のような造りになっている。


「簡易ダンジョン……訓練所以外だと初めて見た……」


 簡易ダンジョンとは一層で構成された、小規模なダンジョンの事だ。

 国が直接管理しているダンジョンと違い。

 これはお金さえ払えば誰でも所有する事ができる。


 所有者はお金とは別に数ヶ月に一回出るモンスターの討伐の義務が発生するが、それもほぼコボルトやスライムなどで脅威ではない。

 お金とC級レベルの実力さえあれば、いつでもダンジョンに潜れる環境が手に入る。


「普通は使用料を取るんだが、坊主の頼みだ。タダでいいぜ」


「本当ですか! ありがとう親方さん♪」


 タダという言葉を聞くと妹は配信の時の営業スマイルで親方に笑いかける。

 さっきまで親方を怖がってたくせに、現金な奴だな……、


「さて、それじゃあ――」


 親方は武器が入った木箱を取り出す。


「色々試していこうか?」

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