第7話 武器屋 雷神(2)

 妹が木箱から武器を取り出そうとした。

 俺はそれに待ったをかけた。


「試す前に質問なんだが、武器無しで魔術の構築はどれくらいできるんだ?」


「えっとねぇ……威力とスピードは自由に調整できるよ。形状の変化は――苦手。だけど弾丸の形にするのだけは得意♪」


「なるほどな……だと、魔術の矢を使う弓やクロスボウはまずないな。魔術の形を自由に変えられるのが売りの武器も除外でいいだろう」


 杖や近接武器に魔術を併用するやり方もあるが、射撃術あるならそれを生かした方がいい。

 消去法的に後は銃系。

 変わり種だとスリングショットかな?

 後聞かなければいけないのは――、


「瑠璃は複数の魔術行使は得意か? いくつまでなら魔術を使える?」


「一つが限界、二つ雷魔術やろうとすると頭パンクする!」


「よし、大体絞れたな。連射タイプの銃を外すとなると――」


「スリングショット、ショットガン、スナイパーライフルの三つってとこだな。拳銃は嬢ちゃん持ってるようだし、今回はこれを準備してやる。ちょっと待ってろ」


 親方が木箱から取り出し、机にそれぞれ置いていく。

 瑠璃はその中からショットガンをまず手に取った。


「まずこれからやってみる」


「それじゃあ、あっちにある案山子に向かって撃って見てくれ」


 親方が奥にある鎧を着た案山子を指さす。


「ちなみに至近距離でな? じゃないと周りに拡散しちまう。一応周りは頑丈だから問題ないが、その距離で外すようならやめときな?」


「了解です♪」


 瑠璃が案山子に近づき、ショットガンを構える。

 魔力が銃口に集まり、雷球が生成された。


「いっくよ~! サンダーショット!」


 トリガーを絞ると炸裂音が響く。

 案山子を確認すると傷一つない。

 代わりに周りのレンガに複数の弾痕が刻まれていた。


「――ゼロ距離で外したか、むしろどうやってるんだ?」


「私が知りたいよ!」


「ま、まぁ気にすんな嬢ちゃん。次行こうぜ?」


 今度はスリングショットを取り出し。

 弾を保持する部分を引っ張る。


「今度こそ! サンダーショット!」


 手元に雷球が出現し、そのまま手を離す。

 雷球は螺旋を描き、案山子の足元へと着弾した。


「もう!」


 瑠璃が地団太を踏み悔しがる。

 この光景には流石の親方も苦笑いだ。


「――なぁ嬢ちゃん、疑うわけじゃないんだが、本当にスキル持ってるのか?」


「持ってますって!」


 瑠璃は怒りながら、スナイパーライフルを手に取った。

 親方が俺に耳打ちする。


「なぁ、探索者として他人のステータスを見るのは、マナー違反だが、嬢ちゃんのステータス一度確認した方がいいんじゃないか?」


「――そうですね。これでダメなら見せてもらいます」


 小声でそう返事すると親方がゆっくりとうなずく。


「ふぅ……」


 瑠璃は深く息を吐く姿を見てゾクリと寒気が走った。

 その姿は先程までとはまるで別人だ。

 いつも笑顔の瑠璃が、無表情で案山子をスコープに捉える。


 銃口部分に電気で出来た銃弾が形成される。

 瑠璃がトリガーに指をかけると銃弾がゆっくりと回転し始めた。


「――サンダーショット」


 トリガーを絞ると急速に回転が強まり、直線に射出される。

 ダンッ! という音と共に案山子の頭が地面に落ちた。

 俺は恐る恐る近づいて確認すると、銃弾は案山子の頭を的確に貫いている。


 瑠璃が他の銃でダメな理由がようやく分かった。

 恐らく、瑠璃は無意識のうちに銃のリコイルを計算しながら撃っていたのだ。

 ただ、瑠璃の計算は重量級の銃、つまりスナイパーライフルのような重たい物を中心に考えていた。


 だから、ハンドガンや他の軽い銃だと反動が軽すぎてあらぬ方向に行ったんだ……

 ショットガンは散弾の為、そもそも細かい計算などをしていられない。


 つまり、瑠璃の射撃術スキルは……

 一撃で仕留める魔術射撃特化だということだ。


 瑠璃はスコープから視線を外し、こちらに向き直った。


「すぅ……どうだった♪」


「お、おう――」


「す、すげぇな嬢ちゃん。才能あるぜ……」


「本当ですか! やった♪」


 俺と親方が笑顔を引きつらせる。

 二人共同じ事を思っただろう。

 眠れる獅子を起こしてしまったと……


 親方はゴホンっと咳払いをして仕切りなおす。


「そ、それじゃあ武器の適性分かったことだ。上に他のスナイパーライフル取ってくるからちょっと待ってろ」


「ありがとうございます♪」


「坊主も運ぶの手伝え」


「――うっす」


 階段を上がり、店内に戻ってくると親方が突然肩をガシッと掴んでくる。


「な、何すか親方……さっさと戻らないと――」


 親方は俺を無理矢理椅子に座らせ、正面に座る。

 正面から見た、親方の表情はこちらを本気で心配するものだった。


「お前、ずっと無理してるだろ」


 その言葉に自分の心臓が跳ね、呼吸が荒くなる。


「気づかないとでも思ったのか? 妹の前だからって明るく振舞いやがって、何かあったのバレバレだっての」


「や、やだなぁ……俺ならこの通りピンピンして――」


 俺は肩をグルグルと回して元気なアピールをした。

 だが、それでも親方は神妙な顔でこちらを見つめる。


「……なら、その頬に垂れてる液体は何だ?」


「えっ……?」


 俺は自分の頬を手で拭う。

 手には涙が付着していた。


 多分自分でも知らず知らずの内に、気持ちが張り詰めていたのだろう。

 クビになったショックを、必死に誤魔化そうとしていたのは、長年の付き合いで親方にはお見通しだったようだ。


「あ、れ……?」


 気が付くと俺の頬から涙がこぼれる。

 親方は俺の肩を大きな手で優しくつかむ。


「ガキのくせに、無駄な意地を張りやがって……こんな時くらい大人を頼れってんだ」


「親、方……」


 親方は俺の背中を擦り、呼吸が整うまで待ってくれた。

 しばらくすると大分呼吸が楽になった。


「ありがとう、ございます……親方……落ち着き、ました」


「気にすんなんな……それより正直に言え。――お前に何があった」


「じつ、は……」


 俺は正直に会社をクビになったことを話した。

 そして就職先が見つからず困ってることも……


 話し終えると親方がわなわなと手を震わせ、最後には机を強く叩く。


「あんのクソメガネ! 社員を何だと思ってる!! 前社長の顔に泥塗る真似しやがって!!! 今すぐ会社に乗り込んで――」


「やめてください親方、あなたが損するだけです。それに俺は前社長のいない会社にはもう未練はないんですよ。それに僕が残った所で何かできるわけでもないですし……」


 親方は頭をぼりぼりとかく。


「だが坊主、仕事はどうする。言っちゃなんだが……」


 そこで親方は言葉を詰まらせた。

 ――親方の言いたいことは分かる。


 中卒、しかも会社を二年でクビになった奴を就職させる企業は少ない。

 それに俺が今までやってきたのはダンジョン探索のみ。

 ダンジョン関係の企業だと、もっと門は狭いだろう。


 だけど俺はこの生き方しか出来ない。


「――何とか、します」


「お前なぁ……、はぁ……ったく、ちょっと待ってろ」


 親方が大きくため息をつくと、引き出しから一枚の紙を取り出した。

 そこには、武器屋雷神のバイト募集、と書かれている。


「これって!」


「仕事見つかるまで面倒見てやる。給料はあんま期待すんなよ」


「ありがとうございます親方! やったよ瑠璃!!」


 バイト先が決まったことを伝えに、地下へと走る。

 これで無職の肩書ともおさらばだ!


「おい坊主! 武器忘れてるぞ!!」


「あっ……そうでした! 嬉しくてつい――」


「当初の目的忘れんてんじゃねぇよ。――それにしても……ガハハッ!」


 親方が持っていく武器を俺に渡すと突然笑いだした。


「どうしたんですか親方? 急に笑って?」


「いやなに、今頃あの野郎が慌ててる頃だと思うと笑いが止まらなくてな?」


「……?」


「気にすんな! さっさと持ってけ、最初の店長命令だ!」


 親方に肩を叩かれ、地下へ行くよう促される。

 首を傾げながら、俺は地下への扉をくぐった。



 □□□



 元橙矢の職場、福田株式会社の社長オフィス。

 そこで頭を抱えた一人の男がいた。


「どういう事だこれは!!!」


 デスクに広がる紙の束を秘書に投げつける。


「僕が就任してから成績が減少してる! いじめか? 嫌がらせのつもりか!!」


「め、滅相もありません――」


 秘書はガタガタと震え弱々しく返答する。


「ならなぜ成果を出さない! 給料泥棒どもを排除したのに成績上がらないのは、お前らがまじめに働いてない証拠だろうが!!」


「そ、そのようなことは……ですが成績が下がった原因を聞くと、全員口をそろえて言うのです。葉賀をクビにしたせいだと……」


「葉賀だと……」


 いたなそんな奴、中卒のくせにこの会社に残りたいと未練たらしく、懇願してきた馬鹿が……


「そいつ一人が消えたから何だっていうんだよ!」


「か、彼が会社にいる探索者全員の、タンク役を一人で引受けてくれていましたし……おそらく――」


 デスクを思い切り殴りつける。


「だったら代わりの人材見つけて来いよ! たかだが、タンクの一人ぐらいすぐに見つかるだろうが!!」


「さ、探してはいるんです。ですが葉賀と同じ仕事内容を提示すると、首を縦に振ってもらえず――」


 言葉尻がだんだんと弱くなり、秘書は続く声も出ない状態だ。


「もういい! 下がれ!!」


「し、失礼しました」


 そそくさと秘書は逃げ出すように社長オフィスを後にした。


「どいつもこいつも使えんバカばかり! 僕の足ばかり引っ張りやがって!」


 椅子に深く腰掛け、こめかみを抑える。


 この男は知らない。


 彼がこの会社で歴代最強と呼ばれたパーティー。

【疾風迅雷】の元メンバーだったことを……


 この男は知らない。


 彼を手放した事で、会社倒産までのカウントダウンは、刻一刻と着実に進んでることを……


 まだ……知らない。

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