第98話 魔力体変貌症

 男は血塗れ状態で、フラフラと立ち上がった。


「フフフ、中々熱烈なアタックじゃないかお嬢さん。だが、我も激しい女性は嫌いじゃないぞ」


「……ガァァァ!!!」


「うわぉぉぉ!? やっぱ痛いのは勘弁!?」


 襲い掛かる女性から、弱々しく逃げる男性。


「何か……最初と雰囲気が全く違うやんけ」


 異様に落ち着いて、その鬼ごっこを見ている自分がいた。


 最初の恐怖感もなく、むしろ何故あれにビビッていたのかと思っている。


 そう言えば呪術とかいっとったな。


「呪術……あぁ、あれうちがビビッた状態付与されたんやな。どうりでいつもより弱腰やったわけや」


 呪術スキルは相手にデバフを与える珍しいスキル。

 さっきのはいわば恐慌状態のデバフと言った感じやろ。

 種が割れてしまえばなんてことはないやんけ。


「ちょっと君!? 見てないで助けてぇ!?」


 女性にマウントを取られ、ガードしながらこちらへと助けを求めてくる男。


 うちは呆れた目でその男を見やる。


「いや、明らかにあんたが呪術か何かでそこの女の人変えたんやろ。あんたが仕掛けたんなら、襲われても文句言えへんやん?」


「魔力体変貌症に関しては我の呪術ではないのだが!? むしろ我らは全員奴の被害者……あっ」


 しまったという風に口を押えながら殴られる男。


「魔力体変貌症? 聞いたことあらへん病気やな?」


「それは……いや、今はそれよりだずげで……」


 もう言葉が上手く出ない程にボロボロだった。

 この男を助けるか、正直迷うわ。


 まぁ、でも……。


「橙矢なら見捨てへんよな」


 お節介の仲間の顔を思い浮かべ、口角が緩む。


 静かに、だが素早く二人へ近寄り、ポーチから一つの瓶を取り出して振りかける。


 二人の肌に触れた瞬間、


「……ッ!?」


「あばばば!?」


 体が硬直し、動けなくなる。


「持ってると便利、菜月ちゃん特製痺れポーションや」


 男が女性を引きつけとってくれたおかげで容易に使えたわ、デコイ役ご苦労さん。


「さて、今のうちにっと」


 大きなモンスターの素材を持ってくための頑丈なロープで、二人を縛っておく。


「何故我も!?」


 ジタバタと縛られ暴れる男。


「いや、何で動けとんねん」


 このポーション確か八十層のボスモンスターさえ一時間動けなくなる薬なんやけど……ポーション腐っとんたんかな?


 それか橙矢が欲しがってた、全耐性のスキルか?

 いや、でもさっき痺れてたし、ないか。

 それにさっき殴られた傷はもう回復してる。

 多分、自動回復系のスキルやろか。


 自動回復、呪術……なんとも面白いスキル構成やな。

 まぁ、今はそれよりも。


 痺れた女性を抱えながら、男に繋がれたロープを持ってズルズルと転移ポータルまで歩く。


「ちょっ!? 痛い痛い!? 地面に擦れて痛いんだけど!?」


「男の子やろ? ちょっと我慢しぃ」


「これ男の子だから耐えられるものじゃぁぁぁ!?」


 男の抗議を無視して転移ポータルで階層を移動する。


 ネクロダンジョンゲート前の受付。

 そこで、事情を話そうとしたんやけど……。


「……何やってんですか支部長」


「はっはっは! ちょっと特殊なプレイをな!」


 受付の人は縛られた男を見てそう言った。

 こいつがダンジョン協会の支部長?


 男を見ると先程までの不健康さがない肌の色に変わっており、女性も耳などの部分が元に戻ったように見える。


 擬態のスキルか?

 いやでもここダンジョン外やぞ?

 スキルが使えるわけあらへん。


 ……一体どうなっとんのや。


「その子もこの変態支部長の特殊プレイに巻き込まれたんですね……可哀想に……」


 うちが考え事していると受付の人はかわいそうなものを見る目で肩をポンと叩かれた。


 それを見て男は高笑いする。


「はっはっは! 君、減給するよ?」


「あはは――そんなことしたら支部長の奥さんに言いつけますからね?」


「それだけはやめて!?」


 和気藹々と話す二人。


 そして、ボソッと受付の人に何か呟いたかと思うと、うちと女性の人を交互に見て、奥にあるダンジョン協会の支部長室へと通された。


 うちはソファーに女性を寝かせる。


「さて、支部長にこんな仕打ちしたお嬢さん? 君の処罰を決めたいのだが」


「処罰て……うちはあんたを助けてあげただけやで? それとも、うちが見捨ててあんた放置されても良かったん?」


「うむ、確かに一理どころか百理あるな。そこには感謝しよう」


 拘束を解かれた男は支部長室への椅子へと座る。


「だが、あれを見られたからには君をただで帰すわけにはいかない」


 男はテーブルに肘をついて偉そうにそう言った。

 あれ、というのは人間が異形に変わる現象の事やろ。


 この男の口ぶりからして、世間にも発表されてへんようやし、バレるのはまずいんやろな。


 せやけど……。


「勝手に巻き込まれた上に超理不尽なんやけど」


 うちはこいつ助けたことを今更後悔してきた。


「まぁ、そう思うのも無理はない――だからこそこちらも誠意をみせるべきだろう」


「……具体的には?」


 男はうちに苦笑しながら、話を続けた。


「こちらの事情を全て君に話そう、その上で提案がある」


「提案?」


「あぁ、君が取れる選択肢は多いに越したことはないからな」


 そして男は真剣な顔つきに変わり、事情を話し始める。

 内容は驚くべきものだった。


 この男、名前をベルフェゴールといって、どうやら異世界から来たらしい。


 異世界では魔力体変貌症という病気が流行していた。


 魔力体変貌病はかかると人間や動物の肉体を別の生き物の姿に変える病気らしく。


 ソファーに寝かせている女性のように、病気に体が慣れるまでは暴走状態に陥るらしい。


 そんな病気にかかった人達は健常者達にひどい迫害を受けていたらしいのだ。


 変貌してしまった人を魔族といい差別した。


 魔族と言われた人達は国から追われ、郊外で国を作った。


 だが、それを気に食わない追いやった国民達が戦争を仕掛けてきたのだ。


 だが、魔力変貌症にかかった者は誰もが強く、ベルフェゴールのような魔力の扱いを極めた者【魔王】達が六人もいて、戦争は魔族側の圧倒的勝利……かに思えた。


 異界より召喚された【勇者】が来るまでは……。


 渋い顔をしながら、ベルフェゴールは語る。


「勇者はあっという間に我らが用意したダンジョンを突破し、最奥にいる我らの元まで来た。我々もこのときばっかりはもうダメかと思われた……だが、神は我々を見捨てなかったらしい」


「もしかしてやけど……」


「あぁ、この世界への転移が起こったのだ」


 魔王全員と一部の魔族達がこの世界へ転移し、ここに魔王たちはそれぞれ新たなダンジョンを生成し、魔族達の城を作り上げたのだ。


「これがダンジョンが出来た理由だ、これで分かっただろう? 我々魔族の存在が知られればまた戦争が起こる。だからこそ、君の口を封じ――」


「許されへんなぁ……」


「うん?」


 ガンッと勢い良く机を叩く。

 ビクッとベルフェゴールは目をむく。


「あんた達は何も悪いことしとらんやんけ! 何であんた達がコソコソ隠れなきゃあかんねん! 悪いのは異世界の連中やんけ! それにこっちの人全員がそんな奴らばっかりやあらへん!」


 頭が沸騰しそうな程、怒りに震えた。

 誰かに迫害される恐怖は痛いほど理解してる。


 うちは誰かに合わせることが苦手やった。

 だから頑張って合わせようとしても、上手くいかない。

 そんなうちをみんなは避けた。


 だからうちは悪い子なんやと、ずっと思っとった。


 でも、これがうちの誇るべき個性なんやと受け入れてくれる友人が出来た。


 二人がいなかったら、うちは今頃一人ぼっちやった。


 だから、そんな理不尽な目に合ってるこいつらをほっとけへん。


「決めた……」


「へっ?」


 間抜けな顔でベルフェゴールはこちらを見やる。


「うちはあんたらを救ったる!」


 ニカッと今の現状を笑い飛ばした。


 うちは誰に向けて言ったのか分からへん。


 もしかしたら、自分に言ったのかもしれへんな。


 これが、うちが魔族達を救う理由。


「成程面白いお嬢さんだ――なら改めて提案をしよう」


 ベルフェゴールは茜に手を差し伸べる。


「我の後を継いで魔王になってくれ」


 これが、うちが魔族達を救う魔王を目指すことになるまでの話や。

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