SS:お礼はモンスター料理で(3)
ワタシは待っている間に出来上がったキャセロールを石窯から取り出す。
チーズの焦げる香ばしい匂いが辺り一帯に広がり、空腹感を刺激する。
「ちゃんと出来てるデスね♪」
「美味しそう……」
「ジュルリ♪」
「おいおい瑠璃……はしたないからやめなさい」
四人ともキャセロールの香りに釣られる。
もうみんな空腹で限界みたいデスね。
「じゃあ、先に食べてていいデスよ」
「あっ、そっか。全部そろってから食べる必要ないもんね♪」
「すっかり……忘れて、た」
全員、料理が全て揃ってから食べる気でいたようデスね。
出来立てが一番美味しいデスから、出来上がったら食べるのが常識デスよ。
ワタシはやれやれと首を横に振る。
「これは配信じゃないんデスよ? みんなタヌポンの配信見過ぎデス」
「「「「お前が言うな!」」」」
全員に総ツッコミを食らう。
後輩達からともかく、お兄さんにまで言われるとは……。
ワタシはタヌポンの配信見る頻度を減らそうかと悩んだ。
一日二回から一日一回くらいに……ちょっと無理デス。
考え事をしながら、キャセロールの皿をセーフエリアの机に並べる。
「さて、冷めないうちに召し上がれデス♪」
「いつも作る側だからなぁ、こっち側は初めてだ。さて、早速いただきます」
待ちきれないお兄さんがスプーンでキャセロールを一口すくい、そのまま口に運ぶ。
口に入れた瞬間、パァとお兄さんは笑顔になる。
「美味い! チーズの濃厚さとサワークリームのさっぱりとした味が絶妙にマッチし、さらにベジナイトのシャキシャキとした食感も残しつつ、チーズのとろっと舌触りのコントラストが最高! アメリカンのジャンクな料理さがよく表現された一品だ!」
「な、何かそこまで褒められると照れますデスね」
照れくさくてポリポリと頬をかいていて、ふと気が付く。
「今の食レポ、すっごくタヌポンっぽいデスね♪ 流石ファンなだけあって再現が忠実デス♪ ワタシも見習いたいデスよ♪」
「そ、ソウダヨ~オレ、ファンダカラ~」
お兄さんはキャセロールをパクパクと美味しそうに食べる。
さっきお兄さんの目が泳いでいるが、照れているんデスかね?
ワタシは腕を捲る。
「さぁ、次はいよいよブラックスネークやってくデス♪」
ピンク色の肉が露わとなったブラックスネーク。
そこに再現スパイスを振りかけて柔らかくする。
「それを――ぶつ切りデス♪」
両手に包丁を持って、構える。
すると、食事に夢中になってるお兄さん以外が、すごい勢いでワタシから距離をとった。
「何でみんな逃げるんデス!?」
三人が目をそらす。
「いやぁ……特に意図はないですよぉ」
「そうそう、私……達、先輩……信じてる」
「手が滑ってこっちに包丁が飛んでくるハプニングを危惧したわけじゃないよ☆」
「信じてないじゃないデスか!?」
肩をガクリと落とす。
うぅ……信じてくれるのはお兄さんだけデスよ。
「もぉいいデス……そこで見ているといいデスよ!」
ワタシは両手を勢い良く大きく振り上げる
「ワタシはいつまでもドジっ子じゃ……って、あれ?」
振り下ろそうとした包丁が空を切る。
いや、空を切るというか……しっかりと掴んでいたはずなのに、いつの間にか消えていた。
「―――!? 部長避けて!」
上を見上げると、空中で回転する包丁がこちらに落ちて来ようとしている。
「
咄嗟の事で判断が遅れて避けられないデス。
後輩達も焦ったように近づくが、さっきまで離れてたせいで距離が遠い。
せめて腕だけで済むようにと、手でガードする。
ギュッと痛みに耐えるように目を瞑ったが……。
「おいおい、いくら料理に慣れてても、流石に刃物持った時は油断禁物だぞ?」
突然風が強く吹いたかと思うと、フワリと体が宙に浮くような感覚に包まれる。
目をゆっくりと開けると、お兄さんの顔がすぐ近くにあった。
「えっ、あっ、えっ!?」
男の人とこんなに接近することが無さ過ぎて、頬が熱くなる。
慌てて顔をそらしてよく周りを見ると、先程いた位置から少し離れ、地面には包丁が刺さっており、そしてワタシはお兄さんにお姫様抱っこされた状態になっていた。
あそこからここまで距離があるのに、しかも人を抱えた状態を一瞬で移動するって、どんなステータスしてたらこんな芸当出来るんデスか。
改めてお兄さんの顔を見ると、ホッとしたようにお兄さんは笑う。
「とりあえず怪我なくて良かったよ」
お兄さんはゆっくりとワタシを降ろし、ビシッと指をさす。
「感情的になるのはいいけど、作業中にはそっちに集中」
「はい……ですぅ」
シュンと体を縮こめさせると、頭にポンとお兄さんの手が置かれる。
「次は気をつけろよ」
「~~~~!?」
年上特有の抱擁ある暖かな笑みを向けられ、ボンと顔がより一層熱くなる。
ナニコレナニコレナニコレ!?
まるで、ジャパニーズ少女漫画のワンシーンみたいデス!!?
お兄さんはハッとした様子で手を離す。
「す、すまん! 瑠璃と一緒にいる時のノリでやってしまった!」
「い、いえ……ダイジョウブデスヨ。むしろありがとうゴザイマスデス」
お兄さんから顔をそらす。
流石に、まともに顔を見られる気がしないデェス。
顔をそらした先で後輩達がジーとこちらを見ていた。
「お姫様抱っこ……いいなぁ……」
「頭ポン……羨ましい……瑠璃ちゃんも、して……貰ってるんだ? ――許す、マジ」
「あれ!? こっちに飛び火した!?」
ユラユラと藍ちゃんが、瑠璃ちゃんを追い回す。
そして、桃ちゃんがワタシの肩に手を置く。
「それで落ちるとか、チョロ過ぎ☆」
「誰がチョロインデスか!?」
プンプンと怒ると顔の熱も引いた気がするデス。
ある意味顔の熱を引かせるには効果的だったデスね。
ワタシは咳払いする。
「アクシデントが起こりましたが、料理を再開――」
バッと、振り返ったらブラックスネークの姿は消え、代わりにバラバラになった肉塊が綺麗に洗われた状態で、机の上に並べられていた。
肉塊の前には包丁を二本持って立つ、お兄さんの姿。
「解体作業だけなら慣れてるから任せてくれ、あっ、でもここから先は自分でやりたいだろうから任せるよ」
ニコッと笑うお兄さん。
あれだけの量を一瞬で解体するのは結構時間がかかるはずデスが……さっきの動きといい、この作業時間といい。
「……ねぇ瑠璃ちゃん。お兄さんって一体何者なんデス? 結構強い探索者だと思うデスけど、名前をあんまり聞かないデスけど……」
「さ、さぁ? 仕事の内容まではシラナイデスネェ」
瑠璃ちゃんが露骨に目線をそらす。
まぁ、秘密が多い職業の人ってことなのかもしれないですね。
気にはなりますが深くは聞かないこととします。
それより今は料理デスね。
「じゃあ、再開していきましょう♪」
ブラックスネークの肉塊をミンチにし、エッグ、ソイソース、マヨネーズ、ソルト、ペッパー、フロールを入れて混ぜマ~ス。
良く混ざったら、メダル……小判のように成形していく。
鍋に大量の油を入れ、適温まで温める。
そこに……。
「投入デ~ス!」
ジュワァァと油で揚がる音が一帯に響く。
「いい音♪」
「揚げ物って言ったらこの音だな」
「蛇……なの、除けば」
黄金色になったら、トレイにあげて油をきる。
器に盛りつけたら……。
「完成デ~ス♪」
黄金色の輝き、ジュワジュワと肉汁溢れるナゲット。
油がテラテラと光り、美味しそうに仕上がった。
「サワークリームをディップして食べても美味しいデスから、良かったらどうぞデス」
「美味しそう! いただきます!」
サワークリームを別皿に入れて渡すと、お兄さんはいの一番にディップして口にほおる。
キラリと目が輝く。
「美味い! 蛇独特のコリコリとした歯応え! だがそれが癖になり、肉の油が喉を潤す! だが、後味がサワークリームでさっぱりし、口の中がリセットされる! いくらでも食える、食の無限ループだ!!」
「おかわりはいっぱいあるデスからね」
お兄さんの食レポが終わると、ゴクリと後輩たちは喉を鳴らした。
瑠璃ちゃんが先頭を切り、意を決したようにパクリと食べるた――瞬間、顔がほころぶ。
「美味しい!? 蛇なのに!?」
「だから言ったじゃないデスか?」
ワタシは得意気に胸を張る。
パクパクと瑠璃ちゃんが食べ始めると、二人も勇気を振り絞って食べる。
「おい、しい……」
「言われなければ鶏肉だよコレ☆」
全員がバクバクと食べる姿を見て、いいなと思った。
これがタヌポンさんの見た景色。
人に料理を作るって、こんなに楽しいんデスね。
「牛山さんも食べなよ――って言っても作ったの牛山さんだから俺が言うのはおこがましいけど」
お兄さんは子供みたいにヘニャっと笑う。
ワタシは思わずクスッと笑ってしまった。
「えぇ、ワタシもいただくデスね」
さっきの包容力ある大人っぽさと、子供みたいな無邪気さが、あの二人を虜にさせたのかもしれないデスね。
瞬間、あの時のお兄さんの横顔が頭をよぎる。
茶髪が揺れ、普段ニコニコとした笑顔が真剣な表情になる。
強者特有のビジョンを持った瞳。
大きいワタシを軽々と持ち上げたがっしりとした体。
その姿がとても……。
「
「……? 何か言った?」
お兄さんが首を傾げる。
「い、いえ何でもないデス!?」
ワタシは首をブンブンと横に振る。
この人に惚れたりしたら、二人に殺されるデスよ。
多分気の迷い……気の迷いデス!
早歩きでワタシは席に座る。
こうしてまた知らず知らずのうちに一人。
年下の少女を落とす橙矢なのだった。
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