第19話 スダモの真実
東京恵比寿にあるオフィス街。
多くのサラリーマンやOLが道を行き交うこの街に、俺と龍巳さんは来ている。
そこで親方に俺は電話をしていた。
『それで? 助けた嬢ちゃんとデートするから、バイト抜けたいってことか? オレは構わないぞ! 坊主もやるじゃねぇか、ガハハハッ!』
「デートじゃないです! 龍巳さんが所属しているスダモの社長が今日直接お礼が言いたいってことで、急遽来ることになったんです! 勝手に決めてしまって本当に申し訳ないとは思っていま――」
『おい待て……今スダモって言ったか?』
「……? そう言いましたけど、何か気になることでも?」
俺がそう言うと親方が少しの間無言になる。
スダモがどうかしたのだろうか?
俺がそんなことを考えていると親方が話し出す。
『いや、スダモにはちょっと良くない噂があんだ。それに聞いた話だと、社長は、あのクソメガネの妻らしいんだ』
「吉田社長の?」
あまり思い出したくないのだが、あの人の奥さんか。
でも、旦那があれでも奥さんはまともってこともあるし。
先入観で勝手に決めちゃだめだな。
『……何もないとは思いたいが、もし何かあ――』
『すいませ~ん、武器屋雷神ってここですか?』
電話越しにお客の声が入る。
『あ゛? そうだが客か?』
『やっぱそうなんだ! お~い配信で言ってたの、ここだってさ!』
『やっと見つけた!』
『分かりづらかった~』
電話から複数の声とゾロゾロと店に入る足音が聞こえる。
『なんだなんだ!? いきなり客が集まってきたぞ!?』
配信の宣伝効果あったんだ。
良かった、これで少しは恩返し出来たかな?
――でも、今の音の人数からすると、親方一人で対応できるのか?
「だ、大丈夫ですか? お客さんかなり来たのなら俺戻った方が……」
『こっちの事は気にすんな! 午後の分の給料もちゃんと出すからそっちも心配ねぇ! 忙しいから切るぞ!!』
親方はそう言うとガチャリと音が切れる。
声からして全く余裕がなさそうだった。
それに仕事してないのにバイト代貰うのは忍びない。
急いで戻れるように努力しよう。
「本当に来ていただいてありがとうございます。」
龍巳さんが俺に頭を下げる。
「いえ、気にしないでください。それより行きましょう」
「はい!」
俺達はスダモ本社に向かって歩き出す。
□□□
すんなりと客室に通され、俺と龍巳さんはソファに座る。
待っている間、ネットでスダモの情報を調べたが、色々と出てきた。
探索者派遣やモンスターの素材売買などで、今探索業界トップに君臨している会社らしい。
ただ、黒い噂も多い会社で、不当解雇や労働基準法スレスレのグレーな雇用形態など、予測の域を出ない噂ばかりだが、確かにある。
親方が心配になるのも頷けるな。
少し、心配になってきた。
俺達が待っているとガチャリと言う音と同時に中年女性が入室する。
腕時計やアクセサリーがやたら派手な物を身につけ、言い方は悪いがすごく成金っぽい印象を受けた。
「待たせてしまってごめんね? これでも忙しい身分な者でね?」
「いえ、こちらこそ貴重な時間を割いていただきありがとうございます」
俺とスダモ社長は社交辞令の挨拶を交わす。
スダモ社長がこちらを値踏みするような目でじろじろと見てくる。
何か嫌な視線だなぁ……
せめて、分からないようにしてほしいんだけど。
俺がそう思っていると値踏みが終わったのか、ドカッと勢い良くソファに座る。
「今回はうちの大事な従業員を助けてくれたみたいね。感謝するわ」
「いえ、人として困っている人を見捨てられなかったので」
なんだ?
さっきからこの社長かなり態度が悪いぞ?
感謝してるようには到底見えない。
龍巳さんもそう感じたのか、少し顔が険しい。
「あなたの事は少し調べさせてもらったわ。タヌポン、いえ葉賀橙矢君? 福田を自ら辞めて、職に困っているそうね?」
「えぇ、まぁ……」
自ら辞めて、じゃなくて辞めさせて、だろ。
あんたの夫にクビにされたってのも聞いてないのか?
スダモ社長は薄気味悪く笑う。
「もし、良かったらうちに入る気はないかしら? これ契約書ね?」
間髪入れずにスダモ社長が紙の束を取り出し、テーブルに置く。
今回のお礼って、職の斡旋の事か?
まぁ仕事が決まるなら願ってもないけど……
「それでは拝見させていただきますね」
俺は契約書の内容に全て目を通す。
「なんだ、これ……」
俺は目を疑った。
ここに書いてる契約真面目に言ってるのか?
――だとしたら全くもって笑えない。
「あら、どうしたのかしら?」
「月五万、週休二日、ただし休みはダンジョン内で過ごすことって、ほぼ休みなしじゃないですか。……冗談ですよね?」
「職にもつけないあなたには、これ以上ない好条件だと思うけど?」
スダモ社長が白々しく笑う。
あぁ、やっぱりこの人最初から感謝何て、これぽっちもしてない。
そっちがその気なら俺から話す事はもうない。
「そうですか、ならこのお話はお断りします。貴重な時間をいただきありがとうございました」
俺は契約書を突き返す。
するとニヤリと気持悪い笑みをスダモ社長が浮かべる。
「残念ね。なら、貴方を訴えるしかないのだけど?」
俺が帰ろうとすると、スダモ社長が笑いながらそう言った。
「……何を言ってるのか分かりかねますが」
スダモ社長が嘲笑うようにこちらを見る。
「困るのよね~スダモが倒したレッドドラゴンの肉を窃盗したばかりか、自分が倒したと吹聴されるの。だからあなたを名誉毀損と窃盗の罪で訴える事にするわね?
……でも、もし正式な社員になるのなら、訴えは取り消すけど?」
スダモ社長はニヤリと笑う。
……最初からこれが目的だったってことか。
従えば飼い殺し、従わぬのなら制裁をってことね。
これがスダモのやり方か。
――最低だな。
目の前の机を龍巳さんが勢い良く叩く。
「社長、黙って聞いてれば何なんですか! 虚偽でも何でもなく、彼がレッドドラゴンを倒したのは事実で、彼が訴えれられるの何て間違っています! むしろ罰せられるべきは、実績も素材も取り上げた、こちらの方じゃないですか!!」
「……」
「お礼が言いたいというお話だったので、無理を言って来ていただいたのに!! 感謝どころか、脅迫なんて!!」
龍巳さんが俺の代わりに怒りを露わにする。
どうやら龍巳さんは、この話をすることは聞かされていなかったようだ。
つまり龍巳さんはスダモ社長に騙されただけか。
スダモ社長は舌打ちし、忌々しげに龍巳さんを見る。
「……本当うざいガキね? あの時ダンジョンで死んでれば、こんな手間かからなかったのに、全く」
スダモ社長の発言に龍巳さんが凍り付く。
「今、何と……」
「レッドドラゴンに食われてれば良かったっていったのよ。全く正義感だけ強くて、本当扱いにくいったらないわ」
俺はその発言で、ようやく理解した。
レッドドラゴンの討伐パーティーの割にダメージが一切入っていなかったこと。
そして龍巳さんを邪魔だと思っていたこと。
ここから導きだされる答えは……
「最初から失敗させるつもりだったんだろ? あんたが龍巳さんを貶めるために、弱い人材ばかりで組ませた。ダンジョン内であった事故なら、不慮の事故として、会社は責任取らなくて済むもんな? ……違うか」
俺が怒気を込めて、そう言うとスダモ社長が冷笑する。
それは肯定していると捉えていいだろう。
最初から龍巳さんを捨て駒にする気だったってことか。
――こいつ、本物の外道だ。
やはり吉田社長の奥さんっていうのも、うなずける。
どうしたら、ここまで人を貶めるのがうまくなるんだ。
ケラケラとスダモ社長が笑う。
「そうね、訴えるならこれがいいかしら? 龍巳陽子、人気配信者と共に窃盗、笑顔に隠された裏の顔、なんてゴシップが食いつきそうな話題じゃない? そうすれば貴方もまとめて処分できるわね♪」
「……」
龍巳さんは呆然として動けずにいる。
無理もない、こんな悪意を正面から受けたんだ。
むしろ、ショックを受けない方がおかしい。
龍巳さんが、自分の手を強く握り、俯く。
その目からは涙が零れ落ちた。
俺はその光景を見た瞬間。
自分の中の何かが……
――プツリと切れた音がした。
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