第20話 逆転の一手
「――ふざけんじゃねえよ」
「何か言ったかしら?」
俺がそう言うとスダモ社長がギロリとこちらを睨む。
龍巳さんとは、ついさっき知り合ったばかりだ。
――だけど、そんな短い付き合いだけどわかる。
彼女がこんな仕打ちされる人間ではないということを!
こんな事がまかり通っていいはずがないだろうが!!
俺はスダモ社長に構わず、スマホを操作する。
「人と話してるのにスマホ操作するなんて、これだから中卒は……」
スダモ社長がこちらをバカにするように笑う。
前の俺だったら、何も出来なかった。
大した発言力もなく。
この理不尽を――ただ受け入れるしかなっただろう。
だけど、今の俺には彼女を助けるだけの力がある!
リスナーのみんな。
俺に力を……貸してくれ!!
スマホでの操作を終え、スダモ社長を睨みつけた。
「良かったよ……あんたが人でなしで」
俺は自分のスマホ画面を見せつける。
「あんたを叩き潰すのに何の躊躇もいらないってことだからな!!!」
スダモ社長が俺のスマホを覗きこむ。
「何? ただ明日の配信枠とっただけじゃない。それがどうし――」
「ダンジョン協会規則第十条!!」
「は~?」
スダモ社長が呆れたようにこちらを見る。
「ダンジョン関連企業が討伐の虚偽報告を行った場合、その企業はダンジョン事業が永久停止する!」
「中卒のくせによく知ってるじゃない? それが?」
「まだ分からないか? 虚偽の申告だってバレたら、ダンジョン事業に頼りきりのあんたの会社は終わるってことだよ」
スダモ社長は俺の考えを鼻で笑う。
「どうやって証明する気? 証拠でもあるわけ?」
「さっきの発言でも録音でもしとけば、証拠には充分だったかもな? けど、残念ながら録音はしていないし、さっきの書類もあんたが持ってる。……だが、証拠ならまだある」
「まさかライセンスの討伐記録でも見せるの? そんなのうちの社員にもあるわ。そんなもの証拠には……」
そう言いかけた瞬間、俺の思惑に気づいたのか。
スダモ社長が焦りを見せ始める。
「さっきの配信、まさかあなた……」
俺は意趣返しにスダモ社長を笑い返す。
「確かに討伐記録じゃ詳しくは分からない。だが、もし生配信の中でレッドドラゴンを倒す映像があったとしたら? 俺が倒せるって証拠はそれで十分だよな?」
「なっ!?」
スダモ社長は空いた口が塞がらないようだ。
俺は言葉を続ける。
「あんたはどうだ? レッドドラゴンを倒せる人材を用意できるのか? 出来ないよな? 今から雇用しても、あの時点で現存戦力じゃ倒せないって、自分で言ってるようなもの、そんな中で龍巳さんを行かせたとしたら、あんたの――いや、会社の責任問題なのは明白だ!」
「くっ!?」
悔しそうにスダモ社長がこちらを見つめる。
スダモ社長は声を震わせながら強がった。
「運よく倒せただけのガキが、うまくいくはずがない。あなた一人で何が――」
「一人じゃ……ないです」
龍巳さんが自分で涙を拭って、立ち上がる。
その目には強い決意が宿っていた。
「私も一緒に戦います。元はといえば私が巻き込んだのが原因なんですから」
「あんたはスダモ所属でしょ! 会社を裏切る気!?」
スダモ社長がヒステリック気味に切れる散らかす。
それを龍巳さんは冷めた目で見ていた。
「元々出向していただけですから――ですので、今日限りで元の会社……ドラプロに戻らせていただきます!」
スダモ社長は強い憎悪のこもった目線で龍巳さんを見る。
「……後悔、するわよ」
龍巳さんは踵を返した。
「後悔するとしたら、この会社に入ったことですよ」
俺達は社長室から退出し、スダモ本社からも足早に去る。
去り際にスダモ社長が言葉になっていない暴言をまき散らしていたが、俺達は無視して進む。
本社を出たところで、龍巳さんがこちらに向き直った。
「こんなタイミングになってしまいましたが、来る途中で話していた件。了承していただけないでしょうか」
「龍巳さんが所属している会社に俺が入るって話だっけ?」
龍巳さんはコクリと頷く。
ドラゴンプロダクション株式会社。
瑠璃から前に聞いたことがある。
確か。配信者の活動支援やイベントなどを多くやっている会社で、配信者がそこに所属するのは一つの目標でもあるとか。
私もドラプロ入ってみたいな~と言っていたが、まさか俺にその話が来るなんて……
それに小規模ではあるが、ドラプロもダンジョン事業を展開している。
つまり、探索者としても配信者としても活動が出来るという事だ。
龍巳さんは話を続ける。
「私の父の会社、ドラプロに所属していただければ、あなたを会社が守ります。例え、訴えられようともです」
確かに俺としてはありがたい。
仕事も配信も続けられる。
願ってもない環境であることは間違いないだろう。
――だが、迷惑ではないだろうか。
「本当にいいのか? 倒せなかったら会社に迷惑をかけることになる。……そもそも龍巳さんの父親は俺の所属を認めてくれるか……」
龍巳さんは首を横に振る。
「配信者であるのなら、資格は十分です。それに父に先程あった内容を全てメッセージで送りました。返答は――」
龍巳さんは自分のスマホ画面を見せる。
そこには、お前の判断と直感を全て信じよう。
――という一文が書かれていた。
すごいな、龍巳さんのお父さん。
娘の話を一切疑わないで信じるって、言いきれる人はそうそういない。
それだけ龍巳さんが信頼されている証拠でもあるだろうけど。
龍巳さんが不安そうにこちらを見つめる。
「……引き受けていただけますか?」
俺は龍巳さんの不安を少しでも和らげようと笑いかけた。
やっぱり泣いているより、笑っていてほしいから。
「答えは最初から決まってるよ」
龍巳さんの手を握り返す。
「これからよろしくお願いします」
断る理由は全くない。
龍巳さんは満面の笑みになる。
「――はい、タヌキさん♪」
こうして、俺はドラプロに就職が決定した。
就職先は決まった……だが、問題はまだ残っている。
□□□
俺達は今後の話し合いと就職先が決まったことを報告するため。
武器屋雷神に戻って来た。
表にはまだ営業時間だというのに、CLOSEの看板がかかっていた。
おそらく売れ行きは好調だったようだ。
俺は扉を開ける。
中にはぐったりとした様子の親方が、椅子に座っている。
親方は気だるそうにしながら、こちらを見た。
「表の看板が見え……って坊主か!」
俺だと分かると先程の疲れた様子から、いつもの親方に戻る。
「バイト出られなくてすいません」
頭を下げ、俺は謝罪する。
それを親方は笑い飛ばす。
「気にすんなって言っただろ? ――それよりお前の方こそ大丈夫だったのか?」
「……ちょっと色々ありました」
俺が親方から目線をそらす。
親方は俺の態度から何かを察したのか、俺の肩に優しく手を置く。
「大変、だったみたいだな」
俺はゆっくりとうなずく。
「はい……だけど、いいこともありました」
「へぇ、それは後ろの嬢ちゃんと一緒にデート出来たことか?」
「だからデートじゃないですって!」
「照れんなよぉ」
親方がニヤニヤとした表情で俺の頭をなでる。
どんだけ俺に彼女作って欲しいんだこの人。
「あのぉ……お邪魔します」
俺の後ろから龍巳さんが顔を出した瞬間。
親方が唖然とする。
「田貫の……嬢、ちゃん……いや、まさか……」
「たぬき?」
二人とも混乱した様子だったので、俺は首を横に振って違うとアピールする。
「親方、この人は龍巳さんです。――似てはいますが、茜ではありません」
「そ、そうか……悪いな嬢ちゃん、間違えちまって」
「い、いえ……」
親方が頭を掻きながら謝罪する。
仕切り直そうと親方がごほんっと咳払いした。
「立ち話もなんだ、奥の方で話し合おうぜ。そっちの嬢ちゃんも一緒にな」
「いつもありがとうございます親方」
「気にすんな。困った時は頼れって言ったのオレだしな。ガハハハッ!」
親方は豪快に笑って、奥の方へ足を運ぶ。
俺と龍巳さんはその後ろをゆっくりとついていく。
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