第57話 オズとの取引

 全員が落ち着くまでしばらく待った。


 部屋には寝たきり状態の瑠璃。

 俺に騙されて、端でバームクーヘンを食べていじけている、オズのライオンこと、猫宮さん。

 畳に座り、頬杖をつくオズのブリキこと、牛山のおじいさん。


 そして俺含む四人がこの場に揃っている。

 ……なんだこの絵面?


 俺が猫宮さんを見ると、そっぽを向けられる。


「こっち見んな……バカ、アホ、女たらし」


 語彙力が小学生並みに落ちてるぞ……猫宮さん。

 クソ兎に比べれば、罵倒のレパートリーも少ないから逆に微笑ましく思える。


 でも、素の猫宮さんって、こんな感じなのか。

 何かショックだな……ていうか。


「元々あんたらが悪いんだろ? 俺の監視のために、瑠璃に近づいたっていうのなら許せるわけないよな? 瑠璃の気持ちを考えろっての」


「それには返す言葉もねぇよ。お前さんの監視は一年前から決まっててな? 潜入するのなら歳が一番近いライオンが抜擢されたんだが……」


「うち、お兄さんが生理的に嫌いだし☆」


「――ってな具合で、まともに小僧に接触しやがらねぇから、放置してたんだ」


 牛山のおじいさんが頭を抱える。


 組織の命令無視してるのに、そんな軽くていいのかよ。

 会社なら、社長の命令無視してるようなもんだぞ。

 真っ当というより、組織に問題あるんじゃないか?


「よく上がそれ許したな?」


「基本放任主義なんだよ。命令無視しようと魔族に与する行為さえしなきゃ、許されてるんだよ。それにこんなんでも、ライオンはうちのメンバー内では強いからな。多少の我儘も通るのさ」


「へぇ……」


 俺と戦った時は手加減されてたってわけね。

 おじいさんと同等の戦力またはそれ以上と考えた方がいいな。


「まぁ……いいや。その命令無視してる奴が、何で今回に限って監視をするようになった?」


「は? 何のことだ?」


 白々しくおじいさんがとぼけたようにこちらを見る。


「とぼけんなよ? こんなんまで用意して、しらばっくれるのもいい加減にしろ? どうせオズの指示だろ?」


 畳にそれを出した。

 それとは、小型カメラと盗聴器のことだ。

 俺は弱点看破を使った際、袖に何か付いてることに気が付き、外してみたらこんなのが取り付けられてた。


「今日、俺の袖に触ったのは、瑠璃を運ぶ際に一緒にいた猫宮さんだけだ。他に言い訳あるか?」


「……おい、ライオン。お前がやったのか?」


「――やったよ。お兄さんが去った後に、カカシに会って、そこで仕事しろって言うから、ドロシー様からの直接の命令だって仕方なく」


 猫宮さんがそっぽを向きながら、そう返答する。


「カカシ?」


「儂たちの仲間の一人なんだが――ちょっと、きな臭くなってきたな」


「……? どういうこと?」


 牛山のおじいさんが目配せしてくる。

 あぁ、あれをしろってことね。


 俺は目を見開く。


「【凶化:弱点看破】」


 視界が切り替わると、それがはっきりと見える。

 黒い靄……しかも、牛山のおじいさんと同じ所に。

 やっぱあるか……


 俺がコクリと頷くと、牛山のおじいさんが目を閉じる。


「ライオン、ちょっと腕見せてみろ」


「えっ……何……セクハ――」


 そう言い切る前に、俺は腕輪を猫宮さんの黒い靄部分に当てた。


「ちょ!? この変――いっ!?」


 瞬間、猫宮さんが頭が痛むのか、必死に押さえる。

 しばらく経つと、痛みが引いたようだ。


 こちらに顔を上げる。


「思い……出した。うちが会ったあいつ、カカシ何かじゃない。あれは、魔族! 何で気付かなかったし!!」


「……やっぱ、そうか。儂も気付かずに接触していた可能性があるということか」


 二人は、はらわたが煮えくり返る程の怒りを、その顔に浮かべる。

 よっぽど、魔族にやられたことが屈辱だったのだろう。


「一つ聞くが、記憶を書き換える何て強力なスキルなんてあるのか?」


「本物のカカシはそういうのが得意だ。だからこそ魔族にも、似たようなスキルを使える奴がいるかもしれないと、警戒すべきだった」


「……そうなのか」


 かなり強力なスキルだな。

 もし、オズと戦うような事態になったら、俺も警戒した方がいいかもな。

 それより……俺が持ってるこの腕輪が魔族のスキルを打ち消したことの方が、不思議でしょうがない。


 まじで何なんだ、この腕輪。

 なぁ、教えてくれよ、茜。


 そう心の中で思っても、もう幻聴は何も答えてはくれない。


 プルル♪ と、突然誰かの着信音が鳴る。

 牛山のおじいさんが、着物から古い携帯電話を取り出す。

 ガラケーって、今でも使えるんだ……


「はい、はい……ドロシー様自らですか!? はい、では変わりますので」


 牛山のおじいさんが丁寧な口調で対応している所を見ると、上司の人かな?

 元二つ名持ちが低姿勢になるって……一体どんな怪物なんだろうか?


 そんなことを考えていると、ガラゲーを差し出される。


「小僧、変われ。オズのリーダー、ドロシー様から直々の電話だ」


 俺は素直に受け取り、耳に当てる。


「もしもし?」


『やぁ、葉賀橙矢君』


 電話口から聞こえたのは、幼い少女の声だった。

 声の太いおっさんみたいな奴でも出てくるかと思ったから拍子抜けだ。


『まずは感謝を、うちの二人を魔族の手から、救って貰ったことに心から感謝するよ』


「そりゃ、どうも」


『君さえよければ、今度じっくり話でも……』


「一応最初に言っておくのが礼儀だと思うから言っとく。俺はオズに入る気はないから、そっちの誘いの話をするつもりだったのなら諦めてくれ」


 最初からそのことを断っておく。

 くすっと笑う声が聞こえる。


『一応理由を聞いても?』


「色々理由はあるけど……一番の理由は、誰かの手を借りて復讐する気はないってことだ。いつか俺が……いや、俺達がこの手で倒すから、あんたらの協力はいらない」


『あはは! やっぱ君いいね! 最っ高!!』


 やけに電話先の少女のテンションが高い。

 望む答えを返せたってことでいいのだろうか?


『でも、こっちとしては貸し借りは無しでいきたい。望む物があれば、用意しよう』


「じゃあ……ライオンとブリキの二人、今だけでいいから貸してくれないか?」


「「はっ?」」


 二人が俺の声に反応する。

 俺に何か言いたそうな二人を無視して会話を進める。


『――いつまでだい?』


「こっちにいるカカシって奴に擬態した魔族を倒すまで」


 さっきの話聞く限り、明らかにそいつが襲った奴を誘導したのは間違いない。

 一応魔族がどんなのかを確認するのも兼ねて、話を聞きたいし。

 それに、この提案なら両者にとって悪くないはずだ。


 しばらくの沈黙……そして。


『まぁ、元々魔族を殺すのは決定事項だったし。別にいいよ』


 そう冷たく、言い放つ。

 殺すって言葉に何の躊躇もしてないな。

 やっぱ、この組織とは価値感が全く合う気がしない。


『ちょっと、ブリキに変わってくれるかな?』


 俺は牛山のおじいさんに携帯を返す。

 しばらく話し合ったのに電話を切った。


 こちらをマジか……と言わんばかりに牛山のおじいさんが見てくる。


「小僧、魔族の殺しは反対じゃなかったのか?」


「俺はあくまで殺す、じゃなくて倒すだよ。ボコボコにした後で話すだけさ。話すくらいの知能があるなら、あっち側の意見も聞いてみたくてね?」


「……お前さん、頭いかれてんのか?」


 それは復讐相手と話をしようとしていることに対してか?

 別に茜を殺した魔族を許しはしないけど。


「そもそもあんたらの話が本当かどうかが怪しいんだよ。自分の目で見るまでは判断しないことにしてるんだ」


「……好きにすりゃいいさ、納得するまで調べればいい。どうせ、ろくでもない結果しか出てこないとは思うがな?」


 そう言って、牛山のおじいさんはくるりと背を向ける。


「魔族を見つけたら、そこのライオンにでも連絡しろ。すぐに駆けつける」


 部屋からそそくさと出て行ってしまう。


「やっぱ怒らせちゃったかな?」


 ジト目で猫宮さんはこちらを見てくる。


「そりゃ、そうっしょ。完全にうちの組織に喧嘩売ったようなもんだし」


「だよな~。魔族と敵対してる組織に魔族との対話持ちかけたら、そうなるわな」


「……分かっててやったの?」


「まぁ~ね――て言いたいが、俺はあのクソ兎の筋書き通りに動いただけだからな。おかげで針のむしろだっての」


「……?」


 数分前に俺は宇佐美にメールで魔族の一件を全て話した。

 別にオズや魔族のことが秘密だとか言ってなかったし、まぁ、言ったところで信じてもらえないって捨て置かれてただけだと思うけど。

 それならそれで、遠慮なくその隙を利用させてもらうとした。


 普通の奴なら、与太話で切り捨てるところだろうが、あいつは俺の話を絶対に信じる。

 だが、あいつは俺自身をバカにはするが、一度も俺が言ったことを信じなかったことはなかったからな。


「大っ嫌いなあいつが、俺の一番の理解者ってのも、笑える話だけどな」


「……さっきから何の話してるんだし」


 猫宮さんが気味悪そうにこちらを見る。

 独り言多くてすみませんね。


 でも、これで協力者を取り付けることが出来た。

 覚悟しろよ魔族!

 瑠璃を傷つけた代償は必ず払ってもらうからな!!

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