第75話 強襲

 配信が終わり、俺達は配信で作った物の後片付けを始めていた。

 ちなみに先輩は既に酔っぱらって、地面に寝転んでるからあてにならない。


「……はぁ」


「そ、そんな落ち込まないで下さい。私は美味しかったですよ? オークバーガー」


「ほっときなさい、どうせ食べる人のことも考えず突っ走った自責で、しょげてるだけですわ」


 今回ばかりは、俺も反論出来ない。

 食べる人のことを考えず、配信重視の料理をした。

 それで負けてたら世話ない。


「今度は勝つ」


「はいはい、いつでも挑んで来なさいな。返り討ちにしてあげますわ」


 俺達は片付けを再開させる。


「俺の料理一人分余ったがどうしよう……タッパーにでも詰めて置くか?」


「あっ、じゃあ私食べてもいいですか♪ まだ食べられるので♪」


「じゃあ、お願い出来ますか?」


 陽子さんはコクリと頷いて、料理を受け取った。

 その瞬間だった。

 いきなり、途轍もないプレッシャーがこちらへと迫ってくるのを肌で感じとる。


「「……!?」」


 俺と宇佐美は、即座に構えた。

 陽子さんはゆっくりとテーブルに料理を置き、杖を構える。


 先輩は……起こしてる時間はなさそうだ。


 カツ……カツ……カツ、靴音のような音が響く。



「鈍亀……一応確認しますわ。あれは……」


「あぁ、この感じは覚えがある……魔王だ」


 全員が息を飲んで、一点を見つめる。

 暗闇から、それは姿を現す。


 全身をボロボロのローブで覆い、男なのか女なのかはっきりとは分からない。

 だが、その体から出ている魔力が、俺達に触れただけで恐怖を駆り立てる。


 そして極めつけは……。


「狸の面……」


「完全にこちらが誰か分かった上で煽ってますわね」


 宇佐美はローブの人物に銃を向ける。


「目的は? 交渉なら受け付けますけど?」


「……」


 ローブの人物は答えない。

 交渉に応じるつもりはない……ということか。


「【スキル:弱点看破、鉄壁、挑発、叛逆者】」



 俺はスキルを全て発動状態にする。


 凶化スキルや大罪解放の方が強いが、魔王相手だとそれは全部無意味になる。

 強制的に眷属にされた俺は魔王に攻撃が出来ない。

 だが、裏技がある


 それが叛逆者のスキル。

 俺があの時、サタンを蹴り飛ばせたのが引っ掛かって一つの仮説を立てた。

 スキル発動中は俺も攻撃が可能となるという仮説。

 結果は成功、さっきまでの抵抗感が無くなった。

 代わりに凶化スキルも大罪解放も使えないが、今は魔王と戦うのならこれしか方法がない。


 ユラユラと揺れたローブが、ピタリと止まった。

 瞬間、魔王がこちらへと向かってくる。


「宇佐美ッ!! サポートッ!!」


「言われなくても!!」


 俺は真っ直ぐ魔王に突っ込む。


 距離が五、四、三メートルと迫り、互いに拳が届く間合いに――入った。

 足を踏み込み、拳を全力で前に突き出す。

 俺の仮面を狙った拳は軽く躱された。


 だけど、それは想定済みだ。


 踏み込んだ足でそのまま蹴りを繰り出す。

 もう既に避けてるのなら二撃目は想定してないなだろ。

 しかも叛逆者でDEXとSTR上げた攻撃だ。


 事前に攻撃が分かってない限り避けるのは不可能。

 今度こそ、攻撃が当たる!


「……は?」


 そう考えていた……。


 俺の二撃目をまるでどこから蹴りがくるのか分かっていたように体を捻って軽々と避けられてしまう。


「うっそだろ……」


「呆けていないでくださいまし!」


 ダダダという射出音が響くと、無数の水の弾幕が俺と魔王を包み込む。

 宇佐美は俺に当てるの前提で、逃げられないよう圧倒的な弾幕を展開、絶対に逃げようがない。


 だが、魔王はそれすら分かっていたといわんばかりに俺の元へと近付く。


「マジ、かッ」


 俺は近付いた魔王を迎撃しようと拳を振るうが、攻撃の隙間を縫うように懐まで入られる。


「……」


 瞬間、俺を手で突き飛ばす。


「ぐはっ!?」


 俺は後方へ吹っ飛び、背中で弾幕を受ける。

 パリーンと鉄壁が割れ、俺はゴロゴロと元いた場所へと戻される。

 その開いた穴に向かって魔王は走って弾幕を回避した。


「なっ!?」


 流石の宇佐美も、これは予想外だったようだ。

 水の弾丸の方向を急激に変え、落下させ水溜まりを生成する。

 いつもの宇佐美の十八番、水溜まりからの弾丸で、再び追従しようとするが、もう既に遅かった。


 魔王の周りに轟轟と燃え盛る炎が突如として出現する。

 滞留した獄炎が周囲の水を蒸発させ、追撃させる隙を与えない、いよいよ手が届く範囲にまで迫ってくる。


「わたくしの攻撃手段すら、お見通しってわけですの、ねッ!!」


 至近距離で魔力を込めた弾丸を放とうとするが、風を切るとともに宇佐美の銃が宙を舞う。


 風切り音の正体――それは槍だった。


 魔王の手にはどこから取り出したのかも分からない、紅黒く染まった血のような槍が握られている。

 弾丸生成速度の速さで有名な宇佐美より速いって、どういうことだよ。

 しかも、今の一撃で宇佐美の腕が力なく下がる。


「……」


「少し……まずいですわね……」


「俺がいるの忘れんなよッ!! 叛逆者の矛リベリオンッ!!」


 魔王の背後から俺の唯一の遠距離攻撃を放つ。

 だが、紅い槍を事前に投擲されて攻撃を逸らされた。

 攻撃に耐えられなかった槍は破壊することには成功したものの、魔王自体は無傷。


 しかも、叛逆者がこのタイミングで切れた。


 もう一度、今度はDEXを犠牲に発動させようとするが、それよりも速く、陽子さんの元まで近付く。


「私も足手まといではありませんから」


 陽子さんは魔王に杖を向けると雷電が走る。

 光の速さにまで迫った攻撃速度、流石にS級だ。

 至近距離でこの速度なら普通は避けることが出来ない。


 ――相手が普通のモンスターだったら、だ。


「なっ!?」


 あり得ない柔軟性で体を曲げて、陽子さんの一撃をすんでの所で避ける。


「―――」


「えっ……?」


 魔王が何かを言葉を発した後、陽子さんは目を見開く。

 そして、魔王は陽子さんへと手を伸ばす。


 瞬間、その伸ばした魔王の手が拳で弾かれる。


「お姉さんの後輩達に手……出さないでくれるかな?」


 先程まで倒れていた先輩が陽子さんを庇うように後ろに下がる。


 魔王は手を伸ばすのをやめ、隣の机を凝視していた。

 そして何故か机の上に置いてた料理皿を手に取ったかと思うと、姿を跡形もなく消す。


 先程までのプレッシャーはなく、完全に魔王はいなくなった。


 損害は軽微で俺が作った料理以外は被害もない。

 ただ、何も出来なかったという現実だけが虚しく残った。

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