第80話 汝、罪なる者
男はやれやれといった風に首を横に振る。
「避けられた、か……どうやら君は優秀な探索者なようだな。だが――吾輩ほどではない」
茜を持った手とは反対の手が手刀を何度も振るう。
人を抱えた状態であの速さ、明らかに今まで会ったどんな二つ名持ちよりも動きが早い。
「少年、意外と素早いな。攻撃が拙い所を見ると支援系の探索者か」
「……」
答えてる余裕はない。
一瞬でも相手から目を離した瞬間にやられる。
それ程までに俺とこの男の戦力差は歴然だった。
茜を取り返すどころの騒ぎじゃない。
まだ、力が……いる!!
もっと速く、より鋭く!!
よこせッ!! 俺は力が欲しい!!
体の奥底から沸々とこみ上げてくる感覚。
瞬間、体の痛みが激しくなるが無視して体を動かす。
スマホからピコンという音が鳴る。
『【スキル:罪なる者】のレベルがアップしました』
「レベル……アップだと!? そんな、ありえんだろう!? レベルが上がってなお人間の体を保っていられるとは、まさか……お前は探し求めた抗体持――」
質問に答えず持ちうる全ての力を込めて、男の顔面を殴った。
「ぐはっ!?」
吹っ飛ぶ男から左手で茜をひったくる。
茜の体を触った瞬間、ひやりと冷たかった。
まずい……このままじゃ……茜が!
「急いで戻ろう!!」
俺は足が千切れんばかりにひたすら走る。
「ま……くれ……君は……かん……」
遠くから叫ぶ声が聞こえるが構ってる暇はない。
転移で一階まで降り、探索者達の前へと顔を出す。
「誰か!! 回復魔術かポーションを!!」
大声で叫ぶと周囲にいる回復魔術を使える探索者が近付き、茜を見てくれる。
だが……探索者の顔は重苦しそうにしていた。
「なぁ……治るんだよな? 治るって言ってくれよ!!」
俺が詰め寄るとギュッと目を瞑ってその探索者が口を開く。
「回復魔術をかけても意味はないわ……」
「なん、で……いや、そんなこと言わ――」
「――もう死んでるわ彼女」
「………………噓、だろ?」
噓だと言って欲しかった。
冗談だと言って欲しかった。
きっと悪い夢か何かであって欲しかった。
「……」
それを否定する無慈悲な解答は――死という現実だった。
茜の手に触れる。
昨日まで俺のことをポカポカと叩いていた温かい手は氷のように冷たく、ぴくりとも動かない。
いつもニコニコと笑っていた顔に生気がない。
茜が死んだのだと嫌でも分からされる。
俺が選択を誤ったせいだ。
あの時、無理やりにでもついていけばこんなことにはならなかった。
俺があいつから早く助け出せていれば、回復が間に合って助かったかもしれない。
全部……俺が弱いから……失ったんだ。
俺が……選択を……間違えたから。
「ぁ……アァァァァァ!!!!」
俺はただ、その時は泣き叫ぶことしか出来なかった。
それ以降の記憶は曖昧だ。
東京にどうやって帰って来たのかも、記憶にない。
ただ、唯一覚えてるのは……地面の冷たさと殴られた体の痛み、そして――宇佐美の痛烈な叫び声だけだった。
「あんたがついていながら、どうして!!」
宇佐美の鋭い視線が俺を見下ろす。
当然か……大切な幼馴染を失ったんだ。
こうでもしなければ、やりきれないだろうからな。
俺は全く抵抗せず、ただただ宇佐美からの憤りのない怒りを受け止める。
――今の俺にはこれくらいしか、出来ないから。
「……悪い、全部俺のせいだ」
「何で……謝るんですのよ……いつもみたいに言い返しなさいよ!! 俺のせいじゃないだろって!! 何でこんな時に限ってあんたは!!」
拳を振り降ろそうとしたが、ピタリと俺の体の前で止める。
「もう……いいですわ……腑抜けたあなたを殴っても、こっちが虚しくなりますもの……」
俺はゆっくりと立ち上がり、地面の砂を落とす。
「これから……どうするんですの」
「――探索者は続けるつもりだ……でも、パーティーは抜けるよ。今の武器も使えない俺じゃ、疾風迅雷の足手まといにしかならないからな。」
「……そう、じゃあわたくしから言っておきますわ」
宇佐美は吐き捨てるように言ってその場を去った。
こうして、俺は疾風迅雷をやめたのだ。
以降もパーティーメンバーと交流はあったが、もう元のようにパーティーを組むことは一度もなかった。
しばらく時間が経つと宇佐美も前と変わらず――いや、それ以上に仕事に没頭していた。
俺は、未だにあの日から変わることが出来ずにいる。
自分で自分が情けなくなった。
数ヶ月後、いよいよ親方と風音さんの独立の日が来たのだが……何故か、宇佐美まで店を出すと言い出した。
元々店の資金を稼ぐために入っていたが、どうやら仕事を多くこなしたお陰で、予定より早く独立することが出来ることになったのだ……もしかしたら、茜との思い出がある所から遠ざかりたいと言う意思もあったのかもしれないがな。
親方と風音さんに挨拶をした後、何故か会社裏に呼び出された。
俺を見つけると宇佐美はケラケラと人を小バカにしたように笑う。
「これでようやくあなたの顔を見なくて済むと思えばスカッとしますわね♪」
「呼び出しといて第一声がそれかよ……まぁ、これが最後なんだしどうでもいいか。それで? 俺に一体何の用――」
俺の言葉を遮るように宇佐美は何かを投げつけてくる。
身に付いた反射でそれを掴むと、ポーションのようだ。
「これは?」
「ステータスアップポーション、最後の餞別として特別にあげますわ♪ 貧乏人にはもったいない代物でしょうけど、まぁ売れ残りですから、ありがたく受け取りなさい鈍亀♪ 売ってお金にすれば、多少はその貧乏顔がまともになるんじゃないかしら♪ あっ、そしたらワタクシに一生感謝しなさいね♪」
宇佐美があえてこちらをバカにするように、無理に明るく振舞った笑顔で笑う。
こんな希少なポーションが早々売れ残るかよ。
明らかにとって置いた物だというのが一目で分かる。
――今更なんのつもりだよ。
俺が絶対に売らないことを、自分ためには使わないと、分かっているような口振りだ。
つまり、これを使って前のように誰かを守るため戦え、守れなかった分誰かを助けろと、暗にそう言ってるのだろう。
でも、俺はこんなものを使うほど強い相手と戦うつもりはない――それに人助け何かして、また親密になってしまったらと思うと怖くて仕方がない。
――もう、大事なものを作って、目の前で失うのなんて俺はこりごりなんだ。
「……」
俺は無言で突き返そうとするが、宇佐美は首を横に振って、拒否する。
「もう返品受け付けませんの♪ ではまた会う日まで、ご機嫌よう~♪」
そう言って有無を言わさず、笑いながら逃げるように宇佐美は走り去ってしまう。
「最後まで相容れない奴だったな」
俺は押し付けられたポーションを眺めてボゥとする。
「これを使って戦うことなんて、もうないとは思うけど一応持っておくか」
探索者としていつも持ってるポーチにポーションを突っ込み、仕事に戻った。
これが疾風迅雷との出会いと終わりの物語の全てだ。
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